前回のあらすじ
「まくらとベルがログアウトしました」
ガチャ神の今日のひとこと
「雪道は冬用タイヤで走るんじゃぞ」
ベルが主様とアルダを連れ出た後、店内の空気は冷え切っていた。
誰もが発する言葉を失い、この空気を打ち破る救世主を求めるようだった。
「あれだ、爺さん。アイツの言う事は気にすんな! いっつもあんなだからさ」
「へっ……。お前だって内心俺の事を、孫のことしか頭に無いバカだと思ってんだろ?」
「おい爺さん……。お前いい加減にしろよ!」
この反応には俺も我慢の限界だ。
俺だって不器用なりにもこの空気を変えたかったし、爺さんの事もちょっとは分かろうとしてた。
けどコイツはもうダメだ。自分以外は何も見えてない。
俺はこんな自分勝手なヤツに憧れて、そして目標にしていたのか? 俺は何を見ていたんだ。
「お前にとってのサンタは! お前の志は! そんな事で折れるようなちっぽけなものだったのかよ!!」
「鬼若君待って!」
「止めないでくれ。俺は爺さんに聞いてるんだ」
胸ぐらを掴み爺さんを睨み付ける俺。制止するカオリ様を振り切り、爺さんが本当に孫のせいでこんなつまんねえ奴に成り果てたのか、それを俺は知りたかった。
「どうなんだよ! お前にとってサンタは、誰かのせいで止めるようなことなのかって聞いてんだよ!」
「うるせぇ……」
「あ? 何だよ! 聞こえねーぞ!」
「うるせえって言ってんだよ! どいつもこいつも俺の気も知らずによ!!」
俺の腕をふり解き睨み返す。その刹那、店内の空気が変わる。それは真冬の大寒波よりも冷たく、触れている空気全てが、氷水に置き換わったかのような錯覚を覚える。
いや、これは雰囲気が変わったわけじゃない。
「うわっ!? 寒い! ってなんですこれは!? オレンジジュースが凍ってますっ!?」
「俺はサンタをやめたんだ……、もういいこちゃんでいる必要もねえんだよ!!」
言葉と共に、爺さんの周りにキラキラと光る粒が集まる。それは次第に大きくなり、白い拳大の玉に成長した。
その一つが動いたかと思えば、目で追うのもやっとの速さで俺の頬をかすめ、後ろにある照明を砕く。
玉自体も砕けており、その欠片は雪玉のようだった。けれど、その威力は、雪玉のものではないだろう。
「今のは肩慣らしだ。次は当てるぜ……」
「バウム! 店主を避難させろ! クロはカオリ様を守れ!」
さっと飛び退き、指示を出す。
「はいっ!」と短く返事をしたバウムは、重力を無視するかのような軽やかさでカウンターへと飛込み、店主を引き連れ店を出た。
クロも「言われずともですよっ!」などと言いながら主人の前に立ち、自身が盾になるつもりのようだ。
できれば店を出てもらいたかったが、クロも特訓しているようだし、その成果を見せてもらう事にしよう。
「ほう、不利と分かっていても立ち向かうか。無謀さも変わってねえな!」
「周りの変化についていけなくて、泣言言ってるお前と一緒にすんな!」
「口だけは達者になったもんだ! なら受けてみろや!」
それを合図とするように、白く硬い雪玉が、爺さんを中心にあるゆる方向へと発射される。
それは店内のどこに居ようとも当たるであろう密度だった。俺達を逃がすつもりなどないのだろう。
「きゃぁっ!」
「ごしゅじん! クロの後ろに居てくださいっ! 特訓の成果を見せてやるのですっ!!
必殺百烈イヌパンチですっ! おんどりゃー!!」
頭を抱え伏せる主を守るため、クロは雪玉を殴って破壊してゆく。その姿は番犬にふさわしく、ただの一つの雪玉も通す事はなかった。
俺も雪玉を叩き落すが、雪玉と侮っているとかなり痛い。硬くて脆い雪玉は、叩けば簡単に砕けるが、ダメージも大きかった。
「クロ! 手は大丈夫か!?」
「雪玉くらいなんともないですよっ!」
その答えに、俺は違和感がった。なぜクロは痛がらない?
バトルであれば属性の影響を受けるが、今はバトルのルール外だ。ならばクロの方がよりダメージを受けると思うのだが……。
雪玉を落としながら俺はチラりとクロを見る。その手には、水色の手袋がはめられていた。
「カオリ様! この服を着て、フードをしっかり被ってください!
ベルの羽衣製なら、多少の事なら耐えられます!」
「ありだとう、でも鬼若君は……」
「俺は大丈夫、全身羽衣製なんで!」
そう、ベルの羽衣。嫌味と皮肉のカタマリのような女だが、そんなアイツの羽衣は魔力のカタマリだ。強度と断熱、双方に最強と言っていい性能である羽衣ならば、身を守るくらいたやすい。もちろん武器とするにも。
俺は、今はいている靴すらも羽衣製であることを思い出し、雪玉を蹴り落とす事にした。素手で叩き落すよりは難しいが、全く痛みを感じさせない。さすがの羽衣だ。
「ほう、やるじゃねえか。けど、これならどうかな?」
再びそれを合図とするように、雪玉は動きを変える。
爺さんから放射状に直線で発射されるのは変わらないが、それぞれの雪玉が意思を持つかのように、速くなったり遅くなったりとバラバラな速度で動きはじめる。
さらに同じ軌道上に3つ、4つ……。いや、それ以上の連続した雪玉の隊列を成したのだ。
「うわぁっ!?」
クロの声に振り向けば、急に遅くなった雪玉を殴り落とそうとしたクロが、空振りしてそのまま転ぶ所だった。その雪玉は再び加速し、守るべき主人へと襲い掛かる……、が。
「そうはさせませんよっ! クロキックですっ!!」
こけた時、地に着けた手をそのままに、逆立ちの要領で雪玉を蹴り落とす。
そしてその手で地面を蹴り、クロはさっと主人の前へと立ちなおした。
「いったーい! 足に当たると痛いのですっ!」
「ベルの手袋以外に当たると……、っておっと!」
明らかに雪玉の密度が高くなる。俺も既に余所見できる量ではなくなっていた。
できるならば、このまま爺さんの魔力切れまで粘りたいところだったが、そうもいかないな。
「埒があかないな! カオリ様! バトルを宣言して下さい!」
「でもっ! 鬼若君は不利なんじゃないの!?」
バトルの宣言。それは契約主に与えられた、大きな権限のうちのひとつ。これを行えば、来訪者はその意思に関わらず、強制的に“運営のルールに支配されたバトル”で決着を付けることになる。
「大丈夫、俺を信じてください!」
「……うん、分かった。バトルを宣言します!」
宣言と共に、雪玉は元々存在しなかったように姿を消す。そしてそれらを形作っていた魔力は、仮想障壁、いわゆるHPと呼ばれるものへと変換された。
これを破壊した側の勝ち。いたって単純なルールだ。そしてバトルでの攻撃は、その障壁を破壊する以外の事はできない。
つまり店内が荒らされる事も、雪玉をたたき落とす時に痛い思いをすることもない。
なのに、そのバトルの宣言をためらった理由、それは火属性の俺が、水属性の爺さんに対して、圧倒的に不利になるという事を心配しての事だった。
しかしそれも、普通ならばの話であるが……。
オレンジジュースが凍るって冷凍庫かよ。
「夏場に、アイスキャンデー製造機の仕事をさせてはどうじゃ?」
もしくはスキー場で、人工降雪機として働いてもらうとか。
「全知全能たるおぬしなら、異常気象も余裕じゃがの」
神の能力は安売りしちゃダメですよ?
権限外の能力を悪用するガチャ神ちゃんなら、やりかねないけど。
「ひどい言われようじゃ。ワシもそんなことせんぞ?」
どうだかー? ホントかなー?
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