爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

印南翼の見る世界 [2]

公開日時: 2021年4月14日(水) 18:05
文字数:3,360

「長々と、退屈な話を聞かせてしまいましたな……」



 話しながら昼食も食べ終えた古市先生は、マイ湯のみから湯気を立てる緑茶をすする。

その姿はまさに「ご隠居様」といった様子だ。



「いえ、参考になりました。今の僕は、まだ教科書通りの授業しかできなくて、興味を持ってもらえませんから」


「先生としてならそれで十分ですよ。それに理系の授業なら、そのまま教えた方が良い場合も多いでしょう」



 確かに教科によって、うまくいく方法も違うだろう。

けれど、古文ほど興味を持たせる事が難しそうな教科もないと思い、もっと詳しく聞きたくなった。



「それで、今はどういった授業をされているんですか?」


「むむ……。それを聞きますか……」


「あっ、聞くと何か問題があるようでしたらいいのですが……」


「いえ、ただですね……。お恥ずかしながら、授業らしい授業をしていないんですよ」



 少し気まずそうに、ほぼ白一色になりかけているグレーの髪をかき、苦笑いした。



「私の授業は、皆事前に塾で学習している事を前提に、班ごとに現代語訳させているんです」


「え? それで授業になるんですか?」


「えぇ、班員同士で教えあう事で理解はできているようですし、私も見回りますからね。

 発表もさせるので、意外なほど皆ちゃんとやってますよ。

 ただ、ひとつ条件を付けていて、必ず流行語というか、『本当の現代語』として訳させているんです」


「興味を持ってもらうためですか?」


「それもありますが、私が彼らの話す『今生きている言葉』を知りたいから、という理由の方が大きいですな。

 再び面白い回答を貰った時、今度こそ読めるように、ね」



 そう笑うご隠居様は、今では教職を心底楽しんでいるようだ。

定年を迎えても再雇用に応じたほどなのだから、彼にとっては天職なのだろう。

そして、その生徒との向き合い方は、教える事、教えられる事が等価値なのだと言っているように見えた。


 そうしていると職員室のドアがノックされた。

それは女生徒だったようで、落ち着いた声で「古市先生いらっしゃいますか?」と言うのが聞こえる。

気付いた彼は話を切り上げ、しばらくその女生徒となにやら話し合っていた。


 戻ってくれば「昼休みも休めないのが辛いところですな」と笑いながら、冷めた緑茶を淹れなおす。

そして、わざわざ僕の席に再び来たのだった。



「何かあったんですか?」


「あぁ、あの子は文芸部の部長でね。文化祭の件で来たんですよ」


「へぇ、文芸部の……。古市先生は、顧問をしてらっしゃるんですか」


「まぁね、名前だけといった様子だけどね。あと……、天文部も」


「え? 二つも持ってるんですか!?」


「二つ持っているというか……、臨時でね。前に顧問をしていたのが、失踪した先生だったんですよ」


「そうだったんですか……」



 彼は湯飲みのお茶をすすりながら、少し目を泳がせた。

その先生の事を思いだしているのだろうか。



「若いのにやる気のある子でね、彼女が赴任してきてすぐ立ち上げたのが、天文部なんですよ。

 その様子を見てきたのもあって、このまま廃部になんてさせたくなくてね……」


「廃部って、何か問題があったんですか?」


「いえ、活動自体は問題ないんですがね……。

 近頃失踪事件が多発しているのもあって、夜の観測は禁止になったんですよ。

 これでは実質的に休部状態で、どうしたものかと……」



 まるで無いひげをさするように顎に手をやりながら、ぼんやりと天井を見つめた。

そのまま無くすのは惜しいと思いながらも、専門分野でないために扱いに困っているのだ。

他人事のように聞いていた僕に、彼は突然こう言った。



「そこで、印南先生に顧問をお願いできないかと思っているんですよ」


「えっ!? 僕がですか!?」


「専門外の私では、部員を遊ばせるだけになりますからね。無理にとは言いませんが……」


「う、うーん……。お力にはなりたいのですが……」



 渋る僕に対し「ゆっくり考えてくれればいいですよ」と言い残し、彼は自分のデスクへと戻っていった。

どうやら元々顧問をまかせるつもりだったようだ。

ゆっくり考えたらいいなんていう言葉も、時間を置けばそれだけ断りにくくなるだけだ。

本来の目的のためにも、あまり仕事は抱え込みたくないのだが……。ただ、少し気になる所もある。


“僕たち”の関与しない失踪者である前任の理科の教師と、時を同じくして失踪した生徒の共通点、それが天文部だった。

それを調べるのに、天文部の顧問というのは、おあつらえ向きの立場である。

そう考えた僕は、正式に引き受けると答えなかったが「今までの活動の様子を知りたい」と、放課後に天文部の部室を訪れた。



 ◆ ◇ ◆ 



 廊下やグラウンドから響く生徒たちの声や、吹奏楽部の練習する音で溢れていたにも関わらず、天文部の部室はカーテンが締め切られており、ひどく静かに感じた。

部屋の中には向かい合わせにされた長机と、四脚のパイプ椅子。

本棚には天文学に関する本が整然と並べられ、管理していた者の性格が滲むように、ピシッと背の順に整列させられていた。


 定期的に部員が訪れているのか、机等は綺麗に保たれているが、部屋の隅に置かれた望遠鏡等が入っているであろうキャスターのついた箱は、しばらく使われていない事を示すように、うっすらと埃を被っている。

その中で、臨時の顧問である古市先生は棚や引き出しを指し示し、説明を始めた。



「活動記録等はこの棚に、名簿等も入ってます。

 天文部はできてそんなに年数が経ってないので、全ての資料がここに揃ってますよ。

 私は文芸部を見ないといけないので、鍵はお渡ししておきますね。

 何かあれば、文芸部の部室までお願いしますよ」


「ありがとうございます」



 説明と言っても、資料の場所を教えられただけだった。本当に彼は、名前だけの顧問のようだ。

天文学の書籍が並んだ本棚とは別の、引き戸が付いた書類入れの鍵を開け、中を覗く。

そうすればきっちりと書類名を書かれ、年度順に並べられたファイル達が姿を現す。

どうやら、この部屋が神経質さを感じるほどに整然としているのは、前任の顧問の影響のようだ。


 それらを取り出し、ひとつひとつ確認していると、ドアがノックされる。

そして返事をする間もなく、扉は開かれた。



「こんな所にいたのね、イナバ」


「あ、アリサさんでしたか」


「あなた、天文部の顧問をするんですって?」


「いえ、まだ正式に返事してませんよ」



 その声は落ち着いているが、顔は必死に感情を隠そうとしている時のそれだ。

怒っているのか、スネているのかは分からないけれど、不機嫌であろうことは長年の付き合いで分かる。



「やりたいのなら、やればいいじゃない。先生姿もお似合いでしてよ」


「僕が先生をやっているのは、ただの潜入調査ですよ」


「そんなこと分かってますわ!」



 やはり不機嫌な様子。何か気に障る事をしてしまっただろうか?

どう答えるべきか悩み、互いに見つめあったまま沈黙が寂しげな部室を覆った。



「何か、怒らせるようなことしましたか?」


「……いいえ。ただ……、もし普通に先生をしたいなら、調査なんてしなくてよろしくてよ。

 今のあなたなら、どこでだってうまくやっていけるのだから……」



 どこでもうまくやっていける、様々な集団に潜入できるという能力だ。

それは、僕がこの世界にやって来る時に得た能力。

誰とでもうまくやれるというものではないが、違和感なく入り込む事ができる能力。

雑な言い方をすれば、相手に人畜無害と思わせる能力。


 それはまるで、前の世界で人外と人間、どちらにも馴染めなかった僕へのあてつけのような能力……。


 そうして対象に入り込み、必要な情報を集め、時には中から集団を崩壊させ、もしくは望む方向へと誘導する。それが僕の役目。

今回だって、この学校で覚醒者が多い事や、例の失踪した教師などの調査を行うために、教員として入り込んだのだ。


 けれど、彼女の目には僕がそういった事情抜きに、好きで教員をやっているように映ったのだろう。

事情を知っている者でさえ騙すほどの能力なのだろうか……。


 そして彼女はいつもそうなのだ。

離れていってしまうかもしれないのなら、自から手放すそうとする。

「失う」のが怖いから、自分で「棄てる」のだ。

また僕は、不安にさせてしまったのだ。あの時と同じように……。



「僕はアリサさんの隣に居ます。たとえが終わったとしてもずっと……」

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