「爺さん、ここが最後だ」
俺の言葉に、無言の返事をする爺さんは、プレゼントを抱え立ち尽くす。
子供達へプレゼントを配り終えた俺たちは、最後の届け先のドアを前に集まっていた。
最後の届け先、それはもちろんアーニャの家だ。外泊する事になっているのだから、本人は居ないはず。
しかし、それでも爺さんにとって、初めてサンタとしてではなく、爺さん本人からプレゼントを渡す相手なのだから、緊張しているのだろう。
「いっそ、このネコミミを外して、“悪い子はいねえがー!!”って入ろうか?」
「鬼若君、それ色んな意味で冗談にならないからやめようね?」
「アーニャは“悪い子リスト”に入ったって、悪い子なんかじゃねえよ……」
「なら、何をためらう必要がある? さっさと行って、置いてこいよ」
ちらりと俺を見る爺さんは、憎らしげで、けれど助けを求めるような目をしていた。
俺ができるのは、カオリ様の言うなまはげとやらのマネをして、爺さんを茶化すくらいだ。
あとは爺さん本人が、サンタという役割を超えて行動できるかどうか。それだけだった。
ちなみにクロは、サンタの仕事に疲れ、夜も遅いこともあって寝てしまった。
一人にさせられないし、俺がおぶっているが、これでなまはげごっこをするのは、少しばかり絵面がおかしい気がする。
「大丈夫、あんなに悩んで選んだんですよ。きっと喜んでもらえます」
「あぁ、そうだな。お前ら、手間かけさせた。ありがとう」
覚悟を決めたのか、爺さんは小さく息を吐くと、そっとドアを開け、中へと入った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それで、帰ってくるのを待つんですか?」
「そうだね。おじいさんが出てきたら、一緒に帰ってお疲れ様会しよっか」
「いいですね。作業着着ているとはいえ、冷えますから。何か温かいもので乾杯しますか」
「うんうん、それがいいね」
他愛の無い話をしている間も、雪はしんしんと降り続き、世界を深く、白く染めてゆく。
どのくらい経っただろうか、吐息で手を温めるカオリ様の後ろの戸が、ゆっくり開いたかと思うと、思わぬ人物が顔を出した。
「皆様、お疲れ様でした。外は寒いでしょう、どうぞ中へ」
「チヅルさん、起きてたんですか?」
「えぇ、これでもサンタの娘ですから。のんびり寝ていられませんわ」
やさしく微笑み、彼女は中へと誘う。どうやら俺達が来ることを予想していたようだ。
しかし、誰がそれを教えたのだろう? 悪い子の家にサンタは来ないはずなのに……。
ぼんやりとそんな事を考えながら案内され、俺達は柔らかな光の漏れる戸をくぐる。
そこには、大きな垂れ幕に『お爺様いつもありがとう』と書かれ、綺麗に飾り付けられたパーティー会場があった。
机には溢れんばかりの豪華な料理が並び、中央には巨大な3段重ねのケーキが鎮座している。
「さぁ、体も冷えている事でしょう。
あたたかいシチューもあります。どうぞお召し上がりください」
「うぅん……、んん……? いいニオイがするのです……」
「あ、ありがとうございます……。えっと、それで……、これはいったい……」
「毎年人知れず頑張る、サンタさんへのサプライズパーティーですよ」
カップに注がれたシチューを渡しながら、微笑みながらもしたり顔で語るチヅル。
そのシチューの匂いに釣られ起き出したクロは、寝ぼけながら受け取り、ゆっくりとふぅふぅ冷ましている。
そしてふと目をやれば、サンタの爺さんは孫のアーニャに抱き着かれ、今にも泣きそうな顔をしわくちゃにして、ぐっと耐えていた。
「ふふふ。サプライズは成功したようですね」
「もしかして、最初からこのために、わざと“悪い子リスト”に?」
「えぇ。アーニャが言い出しましてね。なかなか大変でしたよ。
外泊扱いにするために、日をまたぐまで、お友達の家にお邪魔させていただいたんですもの」
「はぁ……。去年に引き続き、人騒がせな家族だな」
「皆様、大変ご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ、迷惑だなんてそんな……」
「お詫びと言ってはなんですが、どうぞパーティーに参加してくださいな」
すっと人数分の椅子を引き、招き入れるチヅルは、俺達がプレゼント配りもしている事を知っていたようだ。でなければ、料理の量や、椅子や食器の数などの説明が付かない。
バウムたちが戻ってから、チヅルは工場から離れたはずなのに、誰からこちらの話を聞いていたのだろう?
そんな風に様子を見ていたが、カオリ様は料理に手を付ける前に、プレゼントが入っていた袋から、何枚かの色とりどりの紙を取り出す。
「あの、チヅルさん。もしかして、これも皆さんが?」
「あら、それは存じ上げませんわ」
「なんですか? それは」
「プレゼントを配ったお家からの、お礼の手紙だよ」
「あっ! それなら、クロも貰ってきましたよっ!」
「そういえば俺も何通かあって、後で爺さんに渡そうかと思ってたんだよ」
それぞれが机の上に手紙を出す、それは少なく見積もっても、50通はあった。
俺達が代わりに行った家の数などたかが知れている。けれどその中でお礼の手紙を用意した子供がこれだけいるのは、やはりサンタという存在が慕われている証拠だろう。
それぞれに皆、手書きで「サンタさんへ」と書かれており、中には読めないような字もあったが、かなり幼い子が、頑張って書いた様子が見て取れた。
「アーニャ、こちらへ。御父様、皆様からお礼のお手紙が届いてますよ」
「はーい、今行きます」
「お前ら……、本当にありがとう。今年は、今までで最高のクリスマスだ」
手紙を受け取り、我慢がきかなくなった爺さんは、ついに泣き出してしまった。
けれど、ひとつひとつの手紙を丁寧に封を切り、愛おしそうに目を通すその姿は、多くの子供達に慕われるサンタそのものだった。
「はじめまして、アーニャちゃん。今日はパーティーに呼んでくれてありがとう。
私はカオリっていいます。こっちがクロ、そしてこっちが鬼若君」
「はじめましてアーニャです。皆さんがお爺様のお手伝いをしてくれたと聞いて、お会いしたいと思っていました。どうぞ楽しんでくださいね!」
「しかし……、すごいな。これを一人で準備したのか?」
「ううん。お父さんもお母さんも手伝ってくれたし、お友達も手伝ってくれたの。
それに、まくらを持った、女神様も手伝ってくれたんだよ」
「まくらを持った……」
「女神様……????」
その人物像に心当たりはある。あるにはあるが……。
少なくとも心当たりの人物は女神ではない。断じて女神ではない!!
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