爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

月堕ちる世界

左近鉄也の見る世界 [1]

公開日時: 2021年2月22日(月) 18:05
文字数:3,608

今回の更新は、小説家になろうにて以前に投稿した

短編「星空と角砂糖」の加筆修正版となります。

今夜も静寂の中、一人空を見上げる。

雲ひとつ無い空に、いつもと変わらぬ星座の瞬きと、一際大きく僕を見つめる月が浮かぶ。

持ってきたラジオを付け、水筒のコーヒーをカップに注ぐ。

香り立つ湯気に、星空と角砂糖を溶かし一口飲むと、星々は白い吐息となって夜空に還る。

ラジオはどこも未来の不安を騒ぎ立てるが、僕はただ一人彼らが朝焼けに身を隠すまで語りかけるのだ。



 ◆ ◇ ◆ 



左近さこん、寝るなー」



 その声と共に出席簿の角が襲い掛かる。それ自体は痛くはない。

けれど退屈な授業を受ける方が僕にとっては苦痛だ。

今夜のために寝ておきたい、ただそれだけなのに理解される事はない。



「次寝たら無理やりウチの部活に入れるからなー」



 口ではそう言うが本気でない事は口調が物語っている。

僕にとってもそれは脅しにもならないし、本当にそうなったら、高校自体辞めるつもりだ。



鉄也てつやの夜型は、ホントに筋金入りだな」



 そう言って帰り道さえ僕を責め立てるのは、幼馴染……というよりは悪友の上二じょうじだ。



「昨日は徹夜してない」


「いや、徹夜したかどうかは聞いてねえよ。まだ頭寝てんのか?

 やっぱお前さ、部活でも入って朝型に叩き直してもらった方がいいんじゃねえの?

 お前なら引く手数多だろ。なんなら文化系でもいいしな」



 確かに僕は人よりは運動もできる方だろうけど、そんな事に体力を使う気は無い。

文科系の部活だって天文部があるなら入ってもいいが、それ以外は寝てた方が有意義だ。



「そんな事より今日も頼みたいんだけど」



 部活の話なんてどうでもいいので、いつものアレを頼むフリで話題を変えよう。

そうすると上二はため息で一拍置いて、言葉を選ぶように喋りだす。



「お前、牛みたいな図体に似合わずロマンチストだよな。毎日星なんて見上げて何が面白いんだ?」



 どうやらあの一拍は悪い方の語彙を検索していたようだ。

牛みたいなとはあんまりな言いぶりだ。そりゃ身長も平均よりは高いけれど……いや、それは置いておこう。


 それよりも上二が天体観測の良さを聞いてくるとは珍しい。明日は雨でも降るんじゃないだろうか?

だが、雨が降ると観測できないので、降るなら月が降ってほしいところだ。

それに普通の天体観測が趣味の人なら、ここぞとばかりに沼へ引きずりこもうとするだろう。

けれど残念ながら、僕は月にしか興味が無い。むしろ月との二人きりの時間は邪魔されたくない。

ここはスルーしておくのが正解だと結論付けた。



「ま、俺は興味ないからいいんだけどさ。その代わり課題写させてくれよ。

 あと、いつも言っるが、夜の森には近付くなよ」



 こっちはいつも通りの内容だ。夜の境内に入れてもらう代わりに宿題を見せる。

これが二人の間の取引だ。


 そして夜の森に入らない。

これは神社の敷地にある“社山やしろやまの森”に入るなということ。


 上二の家、神宮口家かみやぐちけは代々続く古い神社で、森はその御神体らしい。

そんな森で事故があれば縁起が悪い。だから近づくな、それだけの話である。

そんな簡単な約束だが、必ず毎回言われるのだ。


 ちなみに名前に山が付くが、丘程度の山だ。

大きな木が生い茂っていて、観測には不向きな場所なので、言われるまでもなく森に入るつもりはない。


 そういった二つの約束だが、月を見るのにもってこいの場所を得られるのだから、安い取引だ。

なんたってかなり広い敷地だ。街の明かりはほとんど入ってこない。

同じ趣味を持つ者なら泣いて喜ぶ立地だろうね。


 そんなわけで、今夜もコーヒーとカメラと各機材を持っていつもの場所へ向かった。



 ◆ ◇ ◆ 



HRホームルーム始めるぞー。左近は起きろよー……って起きてる!?」



 まるで幽霊でも見たかのようなその反応はさすがに失礼じゃなかろうか。僕だってたまには起きてる事もある。それなのに授業の前には体調不良を心配される始末だ。

そんなに部活に入るのが嫌なのかと残念がられたが、本気で言ってるとは思ってないと応えると、輪をかけて残念そうな顔をされた。

起きてるだけで仕返しできるのならもう少し頑張ってみようかな、なんて気にはならないけど。



「お前、本当に大丈夫なのか?

 体調悪いなら帰って寝たほうがいいんじゃ……、って寝れないなら帰っても仕方ないか」



 昼休みに中庭のいつもの場所で待っていると、やってきた上二にまで心配された。

いや多分これは上二なりに心配してるんだよな? からかってるようにしか聞こえないけど。


 それよりも上二まで知っているって事は、別のクラスでも噂になってるレベルの非常事態なんだろうか?

僕が起きているというのは、全テレビ局が特番組む中、アニメを流すのが通例のあの局が、特番に差し替えるくらいの異常事態だと思われているんだろうか?


 寝てないせいで思考回路が飛んでしまった気がする。話を戻そう。

とりあえず上二には寝てない理由を説明しておこう。



「この写真見て、どう思う?」



 そう言って2枚の写真を渡す。



「お? まさか気になる子でもできたか!?」



 上二は期待とゲス心が混ざったような顔をして写真を奪い取るが、写真を見るとSNSで流れてきた“なんとかスナギツネ”の画像のごとく真顔へと変わった。



「お前に浮いた話を期待した俺がバカだとは思うけどさぁ……。

 なんで同じ月の写真を2枚も見せられるわけ?」



 ため息混じりにそう言うのだが、僕にとっては“同じに見える”事が重要だった。



「よく見てみなよ。こっちの方が、少しはみ出てるだろ?」



 指差して説明するが、ハテナを浮かべるだけだった。まぁいい、話を進めよう。



「夜は大抵写真も撮ってるんだけど、ギリギリはみ出ない設定をしてるんだよ。

 けどその写真は、いつもの設定なのにはみ出しちゃってさ。

 それが気になって、寝れてないってわけなんだよ」



 そういう僕に対して、上二は呆れを通り越したのか、まるで大仏のような慈悲溢れる顔をしている。

とりあえず手を合わせて拝んでおこうかな。



「そういう事ならさ、俺じゃなくて八木やぎちゃんに聞いてみればいいんじゃね?」



 昼食の5個入りチョコパンのひとつをお供えしようとした所で、大仏様はため息と共に喋りだした。


 八木ちゃんというのは、この春やってきた新任の理科の先生だ。

ついこの間までは女子大生だった人が教師というのは不思議な感じだ、と僕は冷めた感想だった。

けどそういう先生というのは、どこの学校であっても男子からは絶大な人気を誇るものだ。

もちろん八木先生も例に漏れず人気の先生である。



「3限目八木先生だったから、授業終わりに聞いてみたんだ。

 『月は地球の周りを回っているけど、その軌道きどうは真円じゃなくて楕円なのね。

 だから地球との距離が近い時に撮ったから、大きく写ったんじゃないかしら?』

 なんて答えしか返ってこなかったんだよ。

 それよりも、天体写真に興味があると思われて、天文部を作ろうって話をされたから逃げてきたんだよね」



 コーヒー牛乳をすすりながらそう話すと、上二は仏のような穏やかな顔は一転、怒りに満ちた表情に変わった。

今度は不動明王像かな? いや、ころころ変わるから顔がいくつもある阿修羅像か?



「お前! 八木ちゃんに誘われておいて、逃げたってなんだよ!

 八木ちゃんが顧問なら俺も天文部入るし、なんなら境内を天文部に提供するぞ!?

 しかも、部活というタテマエで八木ちゃんと夜中のデートできんじゃん!

 めっちゃええやん天文部!!」



 こんな欲にまみれた奴を仏像に例えるとは……、天罰待ったなしだな。

というか口調がおかしくなってるぞ?


 けど境内開放はありがたいいし、天文部作っちゃおうかな。

昼に寝てる言い訳にもなって一石二鳥だ。

ついでに言えば写真のフィルム代もバカにならないから、部費から出るとお財布にもやさしい。

一石三鳥だな。



「だろ!? んじゃ、お前が部長で部を作るから、他の部員集めは任せとけよ!」



 うっかり考えていた事が口に出ていたようだ。

どうせ部員は集まらないだろうし放っておくとして、結局問題は解決には至っていない。



「八木ちゃんの答えで合ってんじゃねぇの? 月のナントカってヤツ」



 これだから素人は困る。僕が何年月を見て、何百枚写真に収めたと思っているんだろう。

そんな問題を考慮に入れない程度のヤツだと思われていたのだろうか。



「八木ちゃんでも分かんないって事なら、ネットの掲示板で質問すればいいんじゃないか?

 ヒマをもてあました、エライ人が答えてくれるかもよ?」



 正直、その掲示板というのはあまり使いたくないのが本音だ。

あの例の某大手掲示板サイトは、常に罵詈雑言が飛び交うと聞く。



「それじゃ代わりに書き込んでやるからさ、夜にウチ来るまでに質問内容まとめておけよ。

 あと午後の授業はばっくれてでも寝とけ。お前、考えてる事全部だだ漏れになってんぞ」



 あぁ、確かに眠気で話す事と考えてる事が混ざっている気がする。

上二の言うとおり、このままここで寝てしまおう。

昼食も食べ終わったし、昼寝にはうってつけのいい天気だ。

僕は横になると、昼下がりの心地よい風を頬に感じる間もなく眠りに落ちた。

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