(まくら様、見込みどおり戦闘が始まったようです)
(そうか。って、そういうの分かるもんなのか?)
(我の魔力の断片である羽衣を、鬼若とクロに身に付けさせてますので)
(そのための手袋だったのか? 親切心かと思ってたのに……)
(半々といった所ですわ。何も見返りの無い行動はいたしません)
(ベルらしいと言えるけど……。それで、問題なく勝てそうか?)
(相手は一人ですので、バトルであれば鬼若の初撃で決着かと)
(上方修正後の鬼若のチート感すげぇ)
(こちらもまもなく到着のようです。まくら様、お願い致します)
アルダが亜空間トンネルをゆがめると、その先にサンタ工場が見えてくる。
俺達はそのままトンネルを抜けるが、アルダは工場の扉の前でしばらく立ち止まった。
「どうした? チヅルと会いたくないのか?」
「えぇ。今さらどんな顔をして会えばいいのか、と考えてしまって」
「そんなに思いつめる事でもないだろ? 事情を聞くだけなんだし」
「いえ、今まで私は自身の気持ちばかりで、チヅルやアーニャの事をちゃんと正面から見ていなかったのではないかと……」
完全に自信喪失しちゃってるなぁ。無理もないか。
ベルの「人形遊び」発言は、そういう所を非難してるわけだしなぁ。
「では、今さら逃げると仰るのですか? 所詮、その程度の愛でしたか」
「追い討ちをかけてやるな……」
「その通りです。私はチヅル達を愛していると言いながらも、一番に大事にしていたのは、自分自身だったのかもしれません。
けれど、だからこそ、ケジメは付けたいと思います」
「それって、俺達邪魔になるよな。どっかいってようか?」
「いえ、事の行く末を見守っていただきたいです」
ちょっとかっこいい事言ってると思ったら、最後へにょりやがったな!?
いやでもね、俺はオチがなんとなく見えてるんで、この後修羅場にならないと思ってるけどね。
なにせ「10歳の女の子が、クリスマスイブに例の6時間を過ごす」なんて展開さ、ゲームにできると思ってんの!? そんなんしたら通報もんですよ!?
というか、プレイヤーから顰蹙買いまくって、運営本社爆破案件だよ!!
というのが、メタい異世界人目線の推測だ。
まだガチャに登場させてない、アーニャの商品価値を落とす理由もないしな。
幼女キャラは、それだけでかなりの額が動くと聞くし。
さて、それはともかくだ。アルダは深呼吸をして覚悟を決めたようだ。
すまぬアルダ、俺にとってはゲーム感覚だが、お前は本気なんだよな……。
この後まさかの展開からの修羅場が訪れないよう、祈る事にしよう。
力なくドアをノックするアルダは、この寒い風に少し汗ばんでいるようだった。
「はい、どちら様でしょうか」
「私です。アルダです」
「あら、あなた。バウムは見つかりましたか?」
「えぇ、それは問題ない。……。少し、話せないか」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「このたびは、娘の事で大変ご迷惑をお掛けしました」
「いや、なんとなくこんな事だろうと思ってたし、俺は大丈夫。
それよりアルダの方が心配なんだが……」
「心配には及びません。しばらくすれば立ち直るでしょう」
俺達はサンタ工場の休憩室で、チヅルと今回の顛末を話していた。
結局、爺さんの話は半分本当で、半分は嘘だった。爺さんのせいではないけど。
アーニャが外泊するため“悪い子リスト”に入ったのは本当だった。
どうやらこの世界では、クリスマスの夜に親類以外の家で過ごすのはご法度らしい。
サンタの仕事が煩雑になるからという理由が、チヅルの見解だ。
そのため、外泊予定のある子は“悪い子”と判定し、プレゼントを配らないそうだ。
そして、そのシステムを利用して、サンタを家に来なくさせたのがアーニャだ。
なぜそんな事をしたかと言えば、毎年サンタとして飛び回る爺様に、サプライズパーティーをしたいらしい。
あの爺さんの爺バカっぷりを考えると、嬉しさのあまりショックで死にかねんぞ……。
そういう訳で、チヅルとアルダが不仲だという訳もなく、チヅルがアルダに教えなかったのも「あなたが嘘をつけると思ってませんもの」なんていう理由だ。
それに、「秘密を知る者は少ない方がバレにくい」というのも大いにある。この事は口外しないように、と口止めされたしな。
この話を聞いたアルダは、嬉しさと安心感からか泣き出してしまい、今ではトイレの住民と化している。
いや、泣くためなんかにトイレ占拠すんなよ……。
あと、俺の勝手な想像だが、教えなかった本当の理由って「アルダが爺さんに嫉妬するから」ってのもありそうなんだよなぁ。
「事情は分かったが、これからどうするつもりだ? 何か手伝う事はあるか?」
「そうですね……。私はここでの仕事を切り上げて、一度娘の所へ帰ろうと思うのですが、工場の業務が遅れている事が気がかりですね」
「しかしなぁ……。爺さんの様子次第では、このままクリスマスが中止の可能性もあるよな」
「いえ、中止になどさせる気はありませんわ。私にはサンタの能力はありませんが、既に私財を投じて作業は行わせております。進捗は芳しくありませんが……」
どうやらチヅルもちゃんと動いていたようだが、個人でできることには限界があるようだ。
詳しく聞けば、期間工エルフを雇い、プレゼントの入荷、分別、包装などは進めているらしい。
けれど出せる資金の問題で期間工エルフが少なく、例年より大幅に遅れているようだ。
さらに言えば、バウムの訓練もできておらず、爺さんが戻らなければ届ける人も居ない。
“やれる事はやったが全て無駄だった”なんて結末が見え隠れしている状態だ。
この展開には俺も少しの不安を覚える。
さきほどまでは去年と同じ感じで、サンタの爺さんを説得してクリスマス中止は撤回。
その後何らかの手伝いが必要になり、それが周回イベントになる……。
なんてストーリーではないかと考えていたのだが、この様子ではもう一つの可能性として、俺達がサンタ工場で準備をする事が、周回要素になるのではないだろうか。
いや、それ以前にプレイヤーが不在にしたせいで、サンタの爺さんの結論が変わってしまい、現在このような状況に陥っている可能性もある。
だとすれば、俺はどういう選択をするのが正しいのか……。
少なくともイベントを正常に進めなければ、ストーリーが破綻してしまう。
ゲームだったら選択肢を選べば勝手に進むし、その選択肢すらどれを選んでも問題がなかった。
うーむ……、困ったなぁ。
チヅルの話を聞きながら、考えを巡らせていると、工場に新たな来客があった。カオリ達だ。
「お疲れ様です、チヅルさん。ご心配をお掛けしました」
「おかえりなさいバウム。話は聞いています。父が迷惑を掛けました」
チヅルはやさしくバウムを抱きしめ労っている。
アルダより、よっぽどバウムを心配していたんじゃないだろうか。
まぁ、この際トイレの住人アルダの事はどうでもいいか。それよりカオリ達だ。
「みんな、お疲れ様。いきなり本題で悪いが、爺さんはどうするって?」
「えっと、どこから説明すればいいのかな? とりあえず、クリスマスはやることになりました」
「そっか、それはよかった。……ってどうしたバウム? じっと俺の事見ちゃってさ」
「まくらがシャベッタァァァァ!?」
バウムは全身の毛を逆立ててうろたえる。いや、その反応に俺の方がびっくりするわ!
そういえば、バウムは俺の事をただのまくらだと思っていたのか。説明してやらないとな。
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