『姉がこの除毛剤を使い始めてから、みるみるうちに綺麗になりました!
肌に優しい成分のおかげなのかな? トラブルがないどころか、いつもツルツルです!
私もこっそり借りて使ってみようかなって思ったんですが、隠されちゃってるので当たると嬉しいな〜(*⁰▿⁰*)』
築山美沙は、冬に行われるイベントに出品する漫画を描く手を止め、スマホで姉、関谷雫の使う化粧品の口コミを書いていた。
口コミを書くと賞品が当たるキャンペーンに、まんまと乗せられたのもあるが、少し息抜きをしたかったのだ。
「嘘は書いてないし、欲しいっていうアピールもばっちり。
ふふふ……、当たったら雫に買い取ってもらおっと」
不穏な心のうちを独り言で漏らしながら、凝り固まった肩を回す彼女。
運命を変える来客はそんな時だった。
ピンポーンと言う音に、「はいはい、いま行きますよ〜」と答え、玄関へぱたぱたと向かう。
その家は地下都市の居住区エリアにあり、彼女は姉の雫と二人で暮らしている。
無事受験を終え二人共教育大に進んだため、二人暮らしをして大学に通っているのだ。
大学も地下に移転したため、周囲は同じような学生が多く住む半ば寮暮らしのようなものだ。
そのため、不審な人がいないか学生達で見回りしてるのもあり、美沙は何を警戒するでもなく扉を開けた。
「こんにちは……」
「おっ? 江美ちゃんじゃん! どしたの?」
扉の前に立っていたのは新ノ口江美。
美沙達の高校の後輩で、今は同人サークルの仲間である。彼女が原作を書き、美沙と雫が漫画化するのだ。
そんな仲になったのは、元々顔見知りだったからだけではない。
初めて世に出した江美原作の「スライム ×ゴーレム」の漫画は、美沙が悪ふざけで作り、そのままSNSにアップロードした。
そうすれば、異様なまでに多くの反応があった。
それに気を良くした美沙が、その内容に引き気味の雫を巻き込んで三人でサークルを作ったのだ。
その後の江美の話は鳴かず飛ばずであるものの、美沙は「彼女には狂気がある」と期待している。
雫には理解不能だったが「世の中には竜×車の需要もあるんだから、このくらいは普通」という謎理論によって美沙に丸め込まれていた。
そして、先ほどまで描いていた漫画も彼女が原作者である。
「話貰った時以来だね〜。あ、もしかして新作のストーリー変更?」
「そうじゃないんです……。雫先輩、居ますか?」
自室へ案内しようとした美沙だったが、その切羽詰まったような彼女の様子にただ事ではないと感じた。
「どうしたの? なんかあった?」
「どうしても……、伝えたいことがあるんです」
よくわからないが、その真剣な眼差しを無碍にする美沙ではない。
とりあえず雫の元へ案内し、それから話を聞こうと姉の部屋をノックした。
「雫〜江美ちゃん来たよ〜」
その声に扉を開け出迎えた雫は、何の用だろうかと疑問符を浮かべた表情だった。
なぜなら彼女はサークルの手伝いこそすれど、その原作に理解があるわけではない。
ならば、直接原作者と顔を合わせることは、美沙ほどには多くないのだ。
「いらっしゃい。私に用なんて珍しいわね」
「はい……。先輩、どうしても最後に言っておきたいことがあって……」
あのおぞましい話を書く人とは思えないしおらしさだと雫は考えていたが、「最後」というワードにそれはかき消された。
なんの最後なのか。それが指すのは「世界」だということは、二人とも分かっていたのだ。
「最後なんて……」
「そだよ美沙ちゃん、大丈夫だって!」
「もう会えないかも知れないから……。
だから、だから言います。先輩、ずっと好きでした!
わたし、先輩のために行きます!」
ただそれを言い放つと、彼女は身を翻し風のように出て行ったのだ。
残された二人は呆然と立ち尽くし、顔を見合わせる。
「……え? どういうこと?」
「雫は女の子にモテるからねぇ……」
「は? そんなの初めて聞いたんだけど……。
ってそうじゃないわよ! 私のためになんとかってなに!?」
「それは……。わかんないや」
「と、ともかく、何かするつもりなら追いかけないと!」
雫は半ば強引に美沙の腕を引っ張り、外へと駆け出す。
それは、あの暴走妄想文学少女が、なにやら自らにとって良からぬことをしでかすのではないかという不安からだった。
◇ ◆ ◇
黄色いボールを抱え帰路に着くカオリの表情は暗い。
会議で聞かされたこと、それは最悪の事態の上塗りだった。
隣を歩く涼河もまた、初めて聞かされたそれに、ひどい不安を覚えた。
そんな二人を局長は叱咤する。
「そんな顔してても仕方ないんだぜ!」
「だけど……、私たちでどうにかなるの……?」
「やらなきゃわからないんだぜ!」
「手も足も出ない局長が、それ言うのかよ……」
聞かされた新たな不安、それに対処するには戦力が必要だった。けれど、この二人は戦える者ではない。
それでも聞いてしまったからには、他人任せになどできなかった。
その内容とは、新たな魔物……いや、ただの魔物ではない。いわゆるボス敵が現れる可能性だった。
月の接近に伴って増えた魔物、それは日に日に強くなり対処が難しくなっていた。
レオンの規格外の強さと、他の者達も連携することで抑え込んでいたが、それでも苦戦する場合も多かった。
事態に苦慮する三田爺だったが、そんな中もたらされた孫のアーニャからの情報は、彼の眉間のシワをさらに深くするものだった。
それは、巨大な空間の歪みについて……。
その歪みは地下ダンジョンと同じく、人為的なものであるとアーニャは感じ取った。
しかし、空間の歪みが裂ければどうなるか……。それは彼女にも、ほかの誰にもわからなかった。
けれど最悪の事態を想定すれば、何らかの大きな力を持つ者が現れる、その可能性が最も憂慮すべきと判断したのだ。
できることなどほとんど残っておらず、彼は頭を抱えた。
その何らかに戦力を割けば、地下都市は他の魔物によって滅ぶだろう。
しかしそのまま放置すれば、いずれは出てきてしまう。
出さないように歪みの地を封じようにも、出現場所を変えるだけであり、地下都市に直接出てきた場合は……。
圧倒的戦力不足、ただその言葉だけが彼の結論だった。
行き詰まった彼が最後に頼るのは、白鳥家の……、今では世界を渡った者たちの頭脳とも言うべき存在、アルビレオだ。
ため息まじりに、諦め気味に三田爺は訪ねた。
「アルビレオ、何か方法はないか?」
聞いてみただけ、ただそれだけだ。
彼が何もないと言うなら諦めもつく、そういった思いからの言葉でしかなかった。
「ありますよ」
「そうか、ないか……。まいったな……。
ん? 今なんて言った?」
「いえ、方法はありますと。無い方がよろしいのでしたら、仰せのままに」
にこやかにそう言うが、彼の透き通る金と青のオッドアイは笑ってなどいなかった。
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