爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

入福大介の見る世界 [4]

公開日時: 2021年3月1日(月) 18:05
文字数:3,213

そこには一人の男と、倒れている男子生徒。

そして男の手には、先ほどの爆音の発生源と思われる拳銃。

いや、本物の銃なんて見たことがないわけで、それがモデルガンである可能性は否定できない。

しかしそれなら、全身を震わせるあの音は、どこから発せられたというのか……。



「タイミングを合わせたのですがね、気付かれてしまいましたか」



 低く響く声で男はそう言った。

タイミングを合わせた? それは俺の風魔法に合わせたという事か?

それよりも問題は、その男が誰なのかだ。


 落ち着いて姿をみれば、某国民的ミステリー漫画に登場する黒ずくめの男のように、この真夏には似つかわしくない黒いコートと、ツバの大きな帽子。

年齢は30半ばほどだろうか、暗めの茶髪である。


 そんな異様な人間が、この学校の関係者であろうはずがない。

むしろ、この異常とも言える人物が俺の記憶に留まらないのであれば、俺の脳の交換を検討した方がいい。



「心配いらないわ、私達はあなたの敵じゃないから。少なくとも今はね」



 急に後ろから声をかけられる。

振り向けば、また校内では見かけた事のない女性が立っていた。男と同じくらいの年齢に見える。

ただ男と同じく、その格好は奇抜……、というよりも仮装のようで、皆がイメージする魔女のようだ。ローブを着て杖を持っている。

ただ、その顔は日本人的な黒髪の丸顔で、鼻も高くない、可愛げがあると表現した方がいい顔立ちだった。



「どちらさまでしょうか」



 ひねり出した言葉は、混沌を極めた俺の脳内とは裏腹に、妙に冷静なものだった。

いや、それ以外の言葉を考えられなかったのだろう。



「こんな状況なのに落ち着いてるのね。まぁいいわ、私達はこういう特殊な事件の処理役ね。

 といっても、なんの事だかわからないだろうし、今回の事件の説明も必要よね」



 そういって、彼女は一冊の本を拾い上げる。

それは俺が読んでいた、炎を扱う超能力者が主人公の小説だった。



「簡単に言えば、ある男子生徒が超能力に目覚めたのだけど、それが暴走してこの図書室を破壊してしまった。

 そして、それに巻き込まれた女子生徒が死亡したため危険と判断し、私達はその男子生徒を処分した……。

 理解できたかしら?」


「処分……。それはつまり……」


「お察しの通りよ。けれど大丈夫、この世界で死亡しても、異世界へ転送されるの。

 そして、そちらで条件を満たせば、こちらで無事復活できる、っていうものだから。」



 女は俺に小説を渡し、倒れる二人の元へとゆっくりと向かう。



「それじゃ、作業に移るから、近寄らないでね」



 そう言うと魔女の姿をしたその女は、男が運び隣同士寝かされた二人の側に立ち、なにやら詠唱のような事を始めた。


 本物の魔女なのだろうか? そりゃ、俺自身が魔法を使っていたのだから、そういう存在がいても不思議ではない。

しかし、どうしても常識にすがりたがる俺の理性というものは、理解を拒否しているようだ。


 その詠唱が進むと共に床には魔方陣が広がり、二人の体が淡い光を放ったと思うと、空間の裂け目としか表現のしようがない、空中のゆがみのような何かに吸い込まれていった。



「彼らの旅に、幸多からん事を」



 送り出した魔女は一言祈りを捧げると、俺に向かって微笑みかけてきた。


 ここで考えられるパターンは2つ。目撃者を消すためにされる。

もしくは、能力者として組織に招かれる……。どちらであっても平凡な高校生でいられないだろう。



「そうね、今回は目撃者も能力に目覚めているし、記憶の改竄は二人の行動だけにしておきましょう」



 そう指示された男は「仰せのままに」とわざとらしく言うと、その場から文字通り消え失せた。

彼もまた超能力者だったのだろう。そして魔女は俺へと近づくと、やさしく頭を撫でた。



「あなたは良い能力者のようね、だから今回は見逃してあげるわ。

 だけど、その力を悪用したら私達が処分することになるから、それだけはよ~く覚えておいてね」



 つまり、俺の“幸運のそよかぜ計画”は、この時点で破綻したのだ。

それに気付くより、その時はただ友好的な態度をとりつつ行われる脅迫行為に、ただただ恐怖するしかなかった。



 ◆ ◇ ◆ 



「あっつ~~~~~い!! なんでこんなに暑いのよっ!!」



 その言葉と共に、朝倉は魔法学校から帰ってきた。



「おかえり。暑さに文句を言う前に、こうやって団扇で扇いでやってる俺に、何か言う事あるだろ?」



 朝倉が俺の苦労を知らず文句を言うのはいつもの事だ。

けれど、今回ほどの事があったとは知るよしもないだろう。


 さっきの事件のせいで図書室は甚大な被害を被り、おかげで冷房も故障したため、俺たちは蒸し風呂状態の部屋に置いてけぼりにされている。

しかし、それ以外はいつも通りの図書室に戻っていた。見かけ上は。



「こんな所にいてられるか! 私は部屋に帰らせてもらう!」


「それは死亡フラグだ、やめとけ。とりあえず、ぬるくなっちまってるけど、イチゴオレ飲むか?」


「おぉ! 気がきくじゃん!

 それにさすが風魔法の使い手、そよ風が良い心地だ。余は満足じゃぞ!」


「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」



 そんな会話に、先ほどまでのことが夢だったのではないかと感じる。

あれは現実だったのか……。もしかすると、いつの間にか俺は、昼寝でもしていたのではないだろうか。

もちろん、それを確かめる術はないのだけど。



「それじゃ帰ろうか。本の続きは、借りれば家でも読めるんだし」



 俺はそう提案し、図書委員に貸し出し手続きを頼んだ。



「そういえば、朝から居た図書委員さんは帰ったんですか?」


「あーあの子ね、彼氏が迎えに来て帰ったわ。

 ホント、この暑い日に熱いの見せられてウンザリよ」



 あーあついあつい、と続けながら気だるそうに貸し出し処理をする姿を見て、もしかして俺たちもそういう風に見えているから、こういう対応なのかと勘ぐってしまう。

しかし、それはいつもの対応だったようで、「まだ早いけど他に人居ないし、冷房も壊れてるんだから今日はこれで閉館! 帰る!!」と仕事を投げ出した彼女は、かなりの自由人のようだった。



 こうして長い図書室での一件が終わり、俺達は帰路についたのだ。

そして、二人して冷房の効いた俺の部屋でダラダラと過ごしていた。



「そういや、結局漫画のシナリオ書けてないんだよな?」


 

 アイスを齧る朝倉にそういうと、母親に「宿題はちゃんとやったの!?」と聞かれた子供のように膨れっ面になった。



「よかったらさ、俺の書いたシナリオ使ってみるか? 気にいるかはわからんが」


「え? そんなの書いてたの?」



 俺がノートを手渡すと、朝倉はすぐ、その世界に入り込んでいった。

そして、数十分こちらの世界に帰ってこなかった。

その内容というのは、今日の図書室での一件だ。



「そうね、人物像が甘い、バトル描写も適当、図書室が直っていた理由が書かれていない。

 その辺を調整すれば、そこそこの出来になるんじゃない?」


「それはお前でやってくれ。

 あ、ただ図書室修復は“記憶の改竄で直ったように見せかけていた”っていう事にすればいいと思う」



 俺が手伝うのはここまで。

今日の事件が本当にあったことなのか、それともただの夢なのか……。それは分からない。

だが、朝倉の初作品のネタになるなら、俺はそれで十分だ。


 そして俺は、図書室で借りてきた途中まで読んでいた小説の続きを読みはじめた。

あ、せっかくだからこの小説の設定を借りて“風魔法をムチのように振るう”なんてのもよかったな、といまさら考えたのだ。



「そういえばさ、この漫画のタイトルどうしよっか」


「タイトルか……。俺は特に考えてなかったしなぁ。お前の好きに付けたらいいよ」


「ん~、好きに付けるってのが一番悩むよね~。

 あっ、そうだ! 最近のラノベ風にさ『どうやら風魔法の力に目覚めたらしい』ってのでいいんじゃない?

 うん、完璧!」


「あぁ……、うん。好きにつけていいって言ったのは俺だしな、仕方ない。

 せめてその作品が“黒歴史”じゃなく“名作”と呼ばれる事を祈るよ」

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