「げっ!スケルトン!?」
思わず声が出たが、それが非常にマズい事態に繋がると気付き、さっと口を押さえた。
まぁ、今さら遅かったんだけど。
俺の声で獲物がいる事に確信を持った骨のモンスター、スケルトンは先ほどまでのノロマな動きが嘘のように襲い掛かってくる。
最悪の状況だが、救いがあるとすればゲームと違い、この骨っこ達の攻撃手段が弓でない事だろう。
しかも剣を持っているわけでもない。
ならば攻撃手段は噛みつき攻撃か? それはゾンビの……、なんて考えると出てきそうなので止めておこう。
ゾンビになんて追いかけられたら、今日の晩御飯が喉を通らなくなりそうだ。
無事に晩御飯にありつけるか、もしくは俺が晩御飯になってなければの話だけれど。
「さて、前には自走式骨っこ、後ろにはおっきな猫。コレは詰みというヤツなのでは?」などと、冷静に考える暇は与えてくれそうに無い。
けれど先ほどのスケルトンの動き『俺の声を聞いて動き出した』その事から、少なくともこいつらは目は良くないと考えられる。
そしてどういう原理かは分からないけれど、本当に骨のみでできている。
腐敗した筋や、何か接着剤のようなものがくっ付いているようではない。
つまり、かなり脆いのではないだろうか?
その二つの仮定から導かれるのは「レスラーみたいな獣人相手するよりも、こっちの方が勝ち目あるかも」という答えである。
一か八かやってみるしかない。そう自身を奮い立たせ、何本か抜けてしまっている歯をカタカタといわせながら向かってくる、カルシウムのカタマリと対峙する。
「狙うはそこっ!」直線的な、二つの意味で能の無い動きのスケルトンを、するりと軸足の回転で躱し、そのスネを蹴り飛ばす。
見事にクリーンヒットした脛骨は、獣人が迫っているであろう方向に飛んでゆき、闇にその姿を消した。
足の骨を失ったスケルトンはと言えば、バランスを崩し倒れ、まるでパズルのように全身の骨がバラバラに散らばった。
俺はと言うと上手く蹴り上げられたのは良かったものの、ボールと違いその骨の予想外の硬さに、まるでタンスに足の小指をぶつけた時のように、片足で跳ね回り痛みと戦っていた。
「痛ってぇ……。けど勝てたみたいだ」
束の間の安堵。けれどすぐに獣人が迫っている事を思い出し、足の痛みに耐えながらも先を目指し歩きだした。
しかし……。
「嘘だろ……」
その先に待ち構えるのはゾンビ……、で無かったのは不幸中の幸いか、再びスケルトンであった。
しかもそれは一体ではなく、明かりに照らされている分だけで3体。これは戦える数じゃない。
さっきの作戦で戦うにしても、蹴りを入れる間に他の2体に襲われる。その上一撃入れるだけで俺の足は悲鳴を上げていた。
それに状況から考えて、見えている3体だけではないだろう。
さて問題です、明らかに攻撃力の高そうな獣人1体と、何体居るかも分からないスケルトン、相手するならどっち!?
はい、どっちも相手したくないですし、相手したら死んでしまいます!!
とりあえず先のスケルトン戦でわかった事、おそらく相手は目が悪い。
いや、眼球がない骨なんだから当然なのかもしれないが、その分音で位置を特定しているようだ。
耳もないのにどういうことだろう? 骨伝導というやつだろうか。
ともかく音を立てず、ゆっくりと、熊に遭った時の対処法のように、じわりじわりと目をそらさず……。
えっと、あとなにか注意する事あったっけ? とりあえず後ろへ、後ずさりするんだったような気がする。
そろり、そろり。
スケルトンに居場所を特定させないよう音を立てず引き下がる。
そして、スケルトンの姿が松明の明かりの範囲から抜けようとしていた時、ぽふっと背中に、何かふわふわなモノが当たる感覚がした。
おそるおそる振り向けば……、そこには先ほどのスケルトンの骨をかじりながら俺を睨む獅子獣人の姿があった。
ここは「取って来いをできるとは、実は犬獣人さんですか?」なんて冗談でごまかすか、もしくは「もう晩御飯を召し上がったようで、おなかいっぱいですよね?」とかそういう流れで……。
「食べないでくださ~い!」
考えている事は全て吹き飛んだ。全力の懇願と共に頭を抱えてうずくまる俺。
「大声を出さんでも食わんわ!」
そう言って俺の首根っこを掴み、ヒョイと背に隠す。
「そこでじっとしとれ。今こいつらを片してやるからの」
その言葉と共にスケルトンの居る闇へと姿を消す獣人。そして聞こえるカランカランという骨の音。
そして次第にバキバキと、まるで角材でもへし折るような、聞くだけで自身の骨が砕かれているようで、全身がムズムズしてくる殺戮の音が聞こえてくる。
何をしているかは想像は付く、というか想像もしたくない。
闇の中では骨たちは骨粉へと姿を変えているのだろう。
「終ったぞ、あとはお前だけだ」
「食べないで……ください……」
「だから食べたりせんと言っとろう」
先ほどと違う骨を齧りながら戻ってきた獣人は、涙目になりながら哀願(あいがん)する俺に、あきれたように答える。
いや「あとはお前だけ」って「まだ食べ足りない」と言ってるようなもんじゃないですか……。
「そう怯えるでない。俺はここの管理をしているレオンだ。
ときたまやってくるお前みたいなヤツを、元の場所へ返す仕事をしている。
しかし、お前のようにすばしっこいヤツは久々だったぞ。手こずらせよってに。
それに、我が主と同じ能力を持っているとはな」
「え? 元の場所に返す仕事? 元の世界に帰れるの? それに能力って何?」
なにやら意味ありげなことを言う獣人に、恐怖心よりも興味が勝ってきた。
もちろん、この獣人が敵でないと分かったからというのも大きいけれど。
それにしても、その怖い顔だったら普通は逃げると思うんですよ。しかもものすごい足速いし。
あ、だから普通の人なら追いつけるから、元の場所に返すのも苦労しないってことなのかな。
「気になる事は歩きながら話そう。
ここは明かりだけでなく、結界も張ってない場所だからな。長居できる場所じゃない」
獣人は俺の持っていた松明を受け取り、俺の手を引き、来た道を戻りながら話をしてくれた。
どうやらこのダンジョンは異世界ではなかったらしい。
しかし魔法で拡張された空間であり、実在する地下街とは別の空間、亜空間とでもいう場所だそうだ。
そして、その亜空間は全て把握されておらず、レオンの主はその亜空間同士を繋ぐ能力を持ち、ダンジョンの整備を行っているとのことだった。
そして、同じ能力を持つらしい俺は、スケルトンの居た亜空間を繋いでしまい、危機に陥ったとの事だった。
つまりあんな危ない目にあったのは、俺の自業自得だとレオンは言いたいようだ。
それならそうと、最初から言ってくれればよかったのに。
「普通のヤツなら、他の空間と繋ぐ事なんてできないのでな。
安全なダンジョンで鬼ごっこなんて、ちょっとした思い出にもなるだろうに」
思い出じゃなくトラウマになるからやめてほしい。
というか、たまに言葉遣いというか、発音が変な感じがするのは、獣人特有の喋り方なんだろうか。
「それじゃ、お前を元場所、チカガイへ返す。しかし……。
そうだな、特別な能力を持つお前がまた迷い込まないように、ちょっとしたお守りを持たせてやろう。
直接亜空間へ迷い込んだら、助けられねぇからな」
そう言ってレオンは自身のタテガミを一部切り、俺の手首に巻いてくれた。
それは滑らかな毛質で、三つ編みにされた黒いミサンガのようであった。
「外の世界は色々とあるらしいが、スケルトンにすら立ち向かったお前だ。最期の時までお前らしく、何事にも折れず生きていけるだろう。
もしまた迷ったら、俺のところまで来い。話くらいは聞いてやる」
彼はニッと笑い、そこで俺の意識は途切れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は地下街の噴水広場のベンチで気が付いた。
周りはすでに人もまばらになっており、水の流れる音だけが心地よく響いている。
「えっ? 夢オチ?」
そう呟きまだ少し眠い目をこする。その手首には黒いミサンガが巻かれていた。
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