前回のあらすじ
『重大発表されました』
外注さんの今日のひとこと
『まさか1000連目まで行くとは思ってなかったわ……。
実際は100話って意味やし、番外編とかでもっと数あるんやけどな』
学園都市の有力者の登場に、ざわめいていた会場も徐々に静かになる。
演台を前にしたその姿は堂々としており、聴衆は皆その存在感に圧倒されているようだった。
だが、繋いだ手を強く握り締められた愛孫のアーニャは、対照的に虚ろな目をしたままだ。
会場が静まり返ったのを待った爺さんは、アーニャのその姿を寂しげな目で一瞬見つめ、小さく一息間をとってから聴衆へと語りかけた。
「あー、まずは自己紹介だな。知っている奴も多いだろうが、俺は三田聖夜。
いや、今しがた“強制的に認識させられた”ので皆もう分かっているな。
もう一つの名は、サンタクロースだ」
その言葉に驚いたのは俺だけのようで、会場はざわめき一つ起きることはなかった。
秘密にする気があるのかと疑いたくなるほどそのまんまではあったが、隠していた自身の正体を公言したのだ。
けれどそれは“この世界の真実”に含まれていたようだ。
そして三田聖夜ことサンタの爺さんは、会場の人々をぐるりと見回した後、少しばかり視線を落とし自身の心境を語る。
「とは言うが、ここに居る皆もそうだろうが、俺はしょせん“そのように創られた者”でしかない。
そして、サンタクロースとして子供たちにひと時の幸せを届けた、その過去自体が本当にあったのか……、それすらも分かりはしない。
サンタとして人知れずプレゼントを配り、謎の存在でありながら子供たちに慕われる……。
そんな都合のいい妄想を現実だと思い込み、悦に浸っている救い様のないバカかもしれない……。
そう考えると、俺のちっぽけなプライドなんでズタボロよ」
自嘲気味に笑いながらそう語る爺さんを、孫のアーニャは縋るようにして、その輝きを失った目で見つめた。
そんな彼女を、爺さんはその逞しい腕で、優しく抱きしめる。
「お前らもバカだと思うだろ?
サンタという役割も、良家と言われる三田の家も、全部ウソっぱちだったんだ。
本当は何も持たないただのオイボレなんだよ。
そしてお前らも、己が本当は何者なのか、何を信じてこれから生きればいいのか……。
今まさしく悩み、苦しんでいる事だろう」
一人ひとりに語りかけるよう、会場の人々と目を合わせるようにしながら、その言葉は紡がれてゆく。
その語りかけと真摯な眼差しに、群集は皆爺さんの苦悩を自らの事のように捕らえ、真剣で、けれど不安げな……、隠せぬ迷いの色を帯びた視線で返すのだ。
「けどよ、俺は……、俺自身が何者だとか、本当の俺は何も持ってないだとか、そんな事はどうでもいいんだ。
だけどよ……、だけど俺の大事にしていたモノが……、俺の大切だって思うキモチが……、それが嘘だってのは絶対に許せねぇ!!」
その怒気を隠し切れぬ言葉に会場は一瞬ざわめく。
そして、そのざわめきよりも速く動いたのは鬼若だ。
俺とアイリをその背にさっと隠し、万一の事態に備えたのだ。
たとえ「自分が何者なのかも分からない」と言っていても、この行動こそが鬼若を鬼若たらしめるモノなのだ。
それに早く自身で気付いて欲しいと俺は思う。
「だが、俺は俺をそういう風に創った奴も、おせっかいにもそれを知らせた奴も、どうこうしようとは思わない。
たとえ過去がウソで、この想いすらニセモノだったとしても……。
大切なモノを、大切だと思えるようにしてくれたのも、そいつらだからだ」
先ほどの怒気が嘘のように、そして今まで語った事など気にも留めていないように……。優しく落ち着いた微笑みを浮かべる。
その姿は「運送業としてサンタをやっている」という、俺の持つサンタ像からズレていた爺さんが、やはり本物のサンタクロースなのだと思いなおすには十分なほど、慈悲深く、あたたかみに溢れたものであった。
けれど、そのあたたかさは、他の誰でもなく一人に注がれているのだ。
「だから俺は……。いや、だからこそ俺は、残された短い時間を大切な者と……、愛する家族と共に過ごす。
たとえ“今まで”がニセモノだったとしても、残された時間がわずかだとしても……。
その間だけは“本物”だと胸を張って言えるように。
最後の瞬間まで、幸せだったと言えるように……!」
やさしく、けれどその想いと同じだけの力強さでアーニャを抱き寄せ、そして頭を撫でた。
爺さんの大きな体にしがみ付き、アーニャは小刻みに震えていた。
顔こそ見ることはできなかったが、泣いていたのだ。
「今すぐそんな風に考えられない奴も居るだろう。
けどな、過去は変えられなくても、未来は変えられる。
希望は見出せなくても、絶望は乗り越えられる。
皆も残された時間を、最後はバカみたいに笑ってられるよう……、好きなモノ、愛するモノに囲まれていて欲しいと願う。
……これが俺の届ける最後の贈り物だ」
言い終えると爺さんは一礼し、アーニャを抱き上げた。
軽々と持ち上げられたアーニャも、応えるように爺さんの首に両腕を回し、しっかりと抱き着いている。
その時俺に見せた表情は、希望を失った泣き顔ではなく、心から大好きな爺さんと共に居られる事を喜ぶ、嬉しさの涙だった。
会場はと言えば、皆どう反応してよいか分からずといった様子で、いまだ静まり返っていた。
しかし、その静けさもすぐに破られる。舞台の袖口から拍手する者が一人。
それを合図とするように、聴衆も皆、爺さんの講演を称えるよう、割れんばかりの大きな拍手を送ったのだ。
そして、チヅルとアルダが舞台に上がり、四人がしっかりと抱き合う姿に、中には涙する者さえ居た。
その家族の中に入れず、一歩引いて見守るバウムだったが、爺さんとアルダに「お前も家族だ」と手を引かれ、少し恥ずかしそうに、けれど幸せそうな様子でその輪へと入った。
その様子や、会場の朗らかな雰囲気に一息ついた俺に、声が掛けられる。
「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、丸く収まって良かったよ」
「誰かと思えば、セルシウスか」
それは最初に拍手をした人物でもある。
彼女は青と赤のマントをはためかせ、俺に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「くらちんってば、つれない反応だねぇ。
もしじっちゃんが暴れたらって思って、ちづるん達を舞台まで連れてきてあげたんだよ?」
「そうか、ありがとな」
「まっ、でもさすがサンタのじっちゃんだね。
聴いてたみーんな、さっきまでとは大違いだもん」
「そうだな」
そう肯定したが、常々斜に構えている俺からすれば、爺さんの語る内容は“幸せな設定”を貰えたヤツにしか響かない、なんて穿った見かたもできる。
けれど会場内には、そんな風に思っていそうな奴は一人も見当たらなかった。
皆爺さんの語りかけに助けられたのだ。
たとえそれが、過去から目を逸らすだけの、その場しのぎであっても。
未来と、自身の“好き”を信じる……。それだけで救われたのだ。
クロもまた、その中の一人だった。
「クロもごしゅじんが居てくれれば、何も怖くないのですっ!」
その無垢で、無邪気で……。そして無慈悲な言葉が、カオリに深い影を落とすのだ。
「なんでミタ爺が、政治家顔負けの演説してるんだぜ?」
『えーっと、上神様の設定集によるとやな……』
「その前に、そんな物がある事が驚きなんだぜ」
『俺達だけじゃ、後書きでの補足できんしな』
「で、それによると、どういう事になってるんだぜ?」
『“局長がサンタに期待してた事と同じ”だってさ』
「意味わかんないんだぜ」
『局長は、爺さんに何期待してたん?』
「色々あるけど、一番は子供たちを善い子で居させることなんだぜ」
『そういや、エンドレスな4番目で言ってたな』
「また、私がよくわからない事を言ってるんだぜ……」
『ともかく、人々を善い方向へ導くのが爺さんの役割って事なんやろね』
「うーん……? よくわからないが、前回に引き続き、全てはヤツの筋書き通りって事は分かったんだぜ」
『まぁ、上神様ですら“そういう役割”を負っているだけかもしれんけどな』
「誰に負わされてるんだぜ?」
『さぁ? “作者という役割”を負わされてるだけの俺にはわかんねーな』
「なんだか哲学的な話になりそうなんだぜ」
『思考の沼にはまる前に〆よか!』
「次回もゆっくりよんでいってね!!」
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