森口君と会ったパトロールから数日後、私は昼食を食べ終え、送ってくれた資料に目を通していた。
本当はあの後すぐに送ってもらっていたのだが、元々持っている訪問の仕事に加え、その後も見回りも行うようになっていたため、なかなか確認作業まで手が回らなかったのだ。
しかしその資料を見ていれば、失踪した子達の共通点がさらに増えてゆく。
森口君が赤目さんと共に捜査していた繁華街、あの場所は例の夏音さんを含む女の子たちだけでなく、他の失踪者達も目撃されている場所なのだ。
そして、その目撃を最後に失踪している。あの雑多な街に何かがある、そう考えるには十分だった。
それなのに警察が動かないのは、何度も出ている人手不足の問題だ。
それに守口君いわく、人が多すぎて目が行き届かないだとか、町内会のような組織が機能しにくい土地柄などが影響しているのだろう。
警察は動かないのではなく、動けないのだ。
しかし他の失踪者たちと、夏音さん達とは少し様子が違う。
それは、彼女たちが目撃証言だけでなく、防犯カメラの映像にも残っている点だ。
やはり私の勘が何かあると言っている。というか、あの日の昼食を取ったときに店長の言っていた不審者が怪しい、そう考えるのはごく自然な事だと思う。
いやいや、決め付けはよくないのは分かってる。
そうやって勝手な筋書きを作ることは、本質を見誤る原因になるのだから。
ともかく、彼女たちは物証が残っている点で、他の失踪者たちとは違う。
それは、森口君や警察犬のマサ君ではお手上げのこの事件も、諦めるのはまだ早いということだ。
「というわけなんだけど、印南君はどう思う?」
「うーん……。確かに怪しいですけど、目撃場所が同じっていうのは、その子達だけではないんですよね?」
「ええ。森口君の言っていた通り、警備が手薄だものね」
「それなら、他の人達と分けて考えるのは、ちょっと安直すぎませんか?」
「そうね。でも私たちの仕事は捜査じゃないわよ?
パトロールもだけど、事件を未然に防ぐのが目的だもの」
「あっ、そうでしたね。それなら、不審者がいないかを重点的に見て回るってことですか」
「そういうこと。特に女の子が一人で居るようなら注意したりね」
「では、今日も午後の訪問が終わったら行きましょうか」
「っと言っておいてなんだけど、パトロールは私が勝手にやってる事だから、無理に付き合ってくれなくてもいいのよ?」
「いえ、これも勉強ですから。それに僕は、ナトさんのボディーガードですからね!」
「ふふふ、心強いわ。ありがとね」
やっぱり印南君は早く署に戻りたいのかもしれない。
彼が私たちの仕事を理解していないはずはない。それなのに事件の解決を主目的にしてしまっているのだから……。
事件の解決という手柄を立て、それを手土産にすれば可能だろう。
何より、神隠し事件と呼ばれるほどなのだから、解決できたのなら大きな手柄だ。誰もが一目置くようになる。
ここでオバさんの相手するよりも、エリートコースに乗り、上を目指したいと燃えているのかもしれない。普段はそんな様子は見せないけれどね。
そういった事を頭の片隅で考えながら、午後の訪問を終わらせた。
日が傾き始めた頃、私たちはいまやいつも通りといった感覚で、パトロール先へ赴いた。
けれど今回からはいつもとは違うことをしよう、そう考えている。まず必要なのは……、根回しだ。
「電話しないといけないから、少し待っててね」と印南君を待たせ、話を聞かれないよう少しばかり距離を取った。
スマホの電話帳から目的の番号を選び、数コール待てば、いつもの気の抜けた声が聞こえる。
『はいはい、森口君ですよ~。どしたのナトさん?』
「お疲れ様。なんだか、いつにも増して上機嫌じゃない?」
『へへへ~。それがね、次の非番の日に赤目と焼肉行こうって話してたトコなんだ~』
「あらあら、楽しそうでなによりね」
とてもタイミングが良い。運はこちらに回ってきているようだ。
上機嫌なうちに、ちょっとしたお願いをしてしまおう。
『それでそれで~? 何か用事?』
「大した事じゃないんだけどね。あ、まずは資料送ってくれてありがとね」
『どもども。役に立ったカナ?』
「ええ。おかげでパトロール範囲も絞れそうよ」
『そっかー、それはよかった』
「それでね、ひとつお願いがあるんだけど……」
『なになに? 僕にできる事かな?』
「えっとね……、私たちに捜査の手伝いを頼んだって事にしてもらえないかしら?」
『へ??』
気の抜けた喋り方を続けている彼だが、気どころか魂が抜けたような反応が返ってきた。
さすがに彼も想定外のお願いだったのだろうか。
『えっとー、一応聞くけど、なんでそんな事を?』
「それがね、前に言ってた女の子たちって、防犯カメラに映像が残ってるらしいじゃない。
それを確認したいと思ってるのよ」
『いやいやナトさん、僕が頼んだ事にしたとしても、正職員じゃなきゃさすがにそれは無理でしょー?』
「そうね、私なら無理でしょうね。だけど印南君なら問題ないはずよ? 彼は正規職員だもの」
『あー……。それなら大丈夫かな……。でもなぁ……』
電話越しに背もたれに大きくもたれ掛かっているのか、ギィギィと椅子のきしむ音が聞こえる。
今頃天井を見ながら、どうしたものかと悩んでいるのだろう。
「悪いようにはしないから。ね? お・ね・が・い!」
『う~、ナトさんにそこまで言われると弱いなぁ……。
ぜっっっったいに悪用しないでくださいね?』
「もちろんよ、安心してよね!」
非常に長いタメが、彼の難しい心の内を表しているようだった。
それでも「今日の所は保留で」などとはぐらかしたりしないのだから、真摯な対応だ。
『はぁ……。それじゃぁ、申請やらはこっちでやっときますんで……』
「やった! ありがとねっ!」
面倒事を押し付けられたなぁ、という心の声が聞こえてきそうなほど、彼はテンションの下がった声になっていた。
悪い事したかな、なんて思いつつも、それを悟らせる気は無いけどね。
それにしても、持つべきものはコネである。これで私たちも事件に首を突っ込むことができる。
そして、あわよくば解決の糸口を探し出し、それを印南君の手柄とすれば、彼は晴れてウチの班から脱出。
そうなれば、もっと大きな仕事をさせてもらえるだろう。うんうん、完璧な計画。
それに、もし私たちが成果を出せたなら、それは森口君の評価に繋がるのだ。
うん、誰も損しないね。全員が利益を得られるのなら、少しばかり無茶したって構わないでしょ。
そんな風に都合の良い解釈をしながら、印南君の元へ戻ろうとした時、私は見覚えのある青年を見つけたのだった。
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