爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

堀口裕子の見る世界 [4]

公開日時: 2021年3月17日(水) 18:05
文字数:2,772

「あら、あれは森口君じゃないかしら」



 私の声に気付いた彼は、振り返り笑顔で手を振る。

青い作業着姿で、二人の間には凛々しい雰囲気を漂わせるジャーマン・シェパードの背中があった。



「ナトさんだー! こんちわっ!」


「こんにちは。えっと、そちらは確か赤目さんよね?」


「お久しぶりです」



 とても気の抜けるような挨拶をする彼だが、これでも警察関係者だ。名は森口モリグチ ハジメ

失踪者の捜索を担当しており、私たちのチームとも頻繁に連絡を取り合う間柄だ。そして夫の後輩でもある。

そのため、この仕事を始める前からよくウチに来てたりもして、家族同然の付き合いだ。

だからといって、仕事中もこんなに馴れ馴れしいのはどうかとも思うけどね。


 そしてもう一人のほうは、赤目アカメ 裕樹ユウキ

彼もまた警察関係者なのだが、警察犬係なので直接関わる事は少ない。

けれど捜査の初期段階では重要な役割なのもあって、守口君に付いてその様子を見せてもらった事がある。

そのため、今回久々に再会したのだ。


 二人の間で大人しくお座りしているのが、彼の相棒であるマサ君。

よく訓練されているだけあって、私が近づいても微動だにしない。


 そんな二人と一匹が一緒に居るということは、新たな失踪者が出たということだろう。

にも関わらず人員が二人だけという事から、今でも警察は人手が足りずに混乱しているという内情も見て取れた。



「二人が居るっていう事は、そういう事よね?」


「えぇ、今痕跡を探していた所です。堀口さんはどうしてこちらに?」


「訪問の合間にお昼休憩してた時にね、パトロールしようかって話になったの。

 あ、そうそう。最近新しい子が来てくれてね、印南君って言うの。よろしくね……って森口君!」



 彼は私が赤目さんと話している隙に、これ幸いとばかりにマサ君に頬ずりをしていた。

マサ君はしゃんと背筋を伸ばし、人間であれば気をつけ状態のお座りを崩す事はなかったが、その目は赤目さんへ必死の救助サインを送っている。



「あのねぇ……。犬好きなのはいいけど、仕事中でしょ?」


「へへへ、役得すなぁ~」



 でれでれとにやける彼に、その場の全員のため息のタイミングが揃ってしまった。

ともかく印南君に挨拶をさせ、詳しい話を聞くために人通りの少ない陰になっている所へ移動する。

赤目さんは、持っていたカバンから水を取り出し、マサ君に飲ませながら、私たちの様子を伺っていた。



「それで、状況はどう?」


「えっと、今回の失踪者は高校生で、男の子と女の子。

 どうも二人は付き合ってたらしくてね、この辺に遊びに来てたようなんだよね」


「それは、映像はあるの?」


ないねー。マサもダメっぽいし」


「やっぱりそうなのね……」



 マサ君は名を呼ばれ、ピクッとしたが、その後の「ダメっぽい」という言葉に耳を垂れさせた。

犬だけど、この子は言葉を理解できるのだろう。雰囲気で感じ取っているのかもしれないけどね。

けれどマサ君が気に病む事ではないのだ。なにせこれは、彼の言う通り、いつも通りなのだから。


 集団失踪事件が“神隠し事件”と呼ばれる理由がこれだ。

失踪者は多くの目撃証言があるにも関わらず、防犯カメラなどの映像には残らない。

そして、マサ君のような警察犬にも痕跡を追う事ができないのだ。


 こうなると捜査は行き詰まり、大抵の場合解決の目処が立たず、私たちに回される事になる。

だからこそ、彼らも一足先に私に教えてくれたんだろうけどね。



「ホントに……。いったいどうなってるのかしらね」


「そうだねぇ。ホントに神隠しだったりして?」


「そんなわけないでしょ! ご家族に報告するのは私たちなんだから、ちゃんと調べてよね!」


「もちろんちゃんとやってるけどねぇ……。

 でもホント、手が足りなくてどうしようもないっていうのが実情だよ……」


「そこはまぁ……。ウチの人も全然帰ってこれないから、状況はわかるんだけどね」


「先輩は失踪者担当じゃないけど、人員を取られて結局大変だって言ってたねぇ」



 へらへらとしている表情とは裏腹に、彼もかなり無理をしているようだ。

その様子を見ると、パトロールの理由に関連したちょっとした頼み事がしずらくなる。

まぁ、それでも隠し切れない疲れた様子に気付いていないフリをして、頼んじゃうんだけどね。



「それでね森口君、ちょっと気になった事があって調べて欲しいんだけど」


「へ? ナトさんからの頼み事なんて珍しいなぁ。一体どうしたの?」



 そこで例の名簿を見せ、夏音さんを含む女の子ばかりが失踪している事を伝えた。

ふんふんと聞きながら、森口君も何かあるのではないかと同調してくれたのだ。



「ふーん、みんな同い年なんだ。えっと、12歳の女の子ってのが共通点なわけね」


「それに、みんな地域も近いのよ。その上不審者の情報を聞いたから、パトロールしてたってわけ」


「うーん、不審者ねぇ……。この辺はいろんな人が居るから、不審者情報も出にくいんだよね。

 それに住宅街と違って、自治会なんかが見回ってくれないから、見落とされやすいんだ」


「だから本来は、警察が怪しい人を職務質問するんだけど、今の状況じゃそれも難しいわね」


「そういうこと。ともかく、その人達の資料はまとめて送るね。

 内容の確認までは、さすがに手が回らないと思うんだけど……」


「えぇ、それはこっちでさせてもらうわ。パトロール範囲を考える参考にしたいだけだから」


「了解ですっ! あ、でも資料には、ご家族に伏せておいた方が良いって理由でそっちに回してない内容もあるんですよ。

 だから、くれぐれも外部に漏らさないで下さいね?」


「もちろん! 私だってシロウトじゃないもの。そのくらいは承知してるわ」



 ……と、言ったものの、さっきの店での失態を見ていた印南君は、若干怪訝そうな表情をしていた。

さすがに私だって、二度も同じ失敗はしないわよ?



「それじゃ、お仕事の邪魔してごめんなさいね」


「いえいえ、ナトさんもこの暑さですから、気をつけてね」


「あら、私はまだまだ元気よ! 年寄り扱いなんて真っ平なんだから!」



 笑って言ってのけると、森口君達も負けじと元気アピールをしていた。

そして隙あらばマサ君を撫でながら、二人は仲良く再び仕事へと戻っていった。

彼らがいるなら、パトロールはここで切り上げても問題ないだろう。

二人を見送り、私たちも次の訪問先へと向かうため、車まで歩きだす。



「そういえば、印南君は犬が苦手だったりする?」


「え? どうしてですか?」


「気のせいだったらいいんだけど、さっきマサ君から距離取ってたみたいだから」


「いえ、犬が苦手って訳ではないんですけど……」



 言いにくそうにしている様子から、本当に苦手なのはのマサ君ではなく、警察官として現場に出ているの方なのかもしれない。

本来ならば、彼は同じように捜査していたかもしれないのだから。

そう思いなおした私は「気のせいだったらいいのよ」と、話を切り上げた。

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