爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

角砂糖の落ちる日

公開日時: 2021年4月27日(火) 18:05
文字数:3,147

 それでも彼は変わらなかった。

うろたえる事もなく、ヤケを起こすわけでもない。

ただいつものように空を見上げ、いつもの場所でいつものように地に腰を下ろす。

そして持ってきたカップに、コーヒーを注ぐのだ。


 その黒いはずの水面は、空の月を映し白一色に染まる。

いつだったかコーヒーに星と月を浮かべたときは、角砂糖と同じ大きさだと笑い、その白い穴に落とすよう砂糖をゆっくりと沈めたものだった。

今はもう、星を映すことはない。そして空にも、星の居場所はなかった。



「よっ。最期の日にも天体観測かよ」


「あぁ、上二。君も抜け出してきたんだ」


「まぁな、避難所なんて退屈なトコ居られねえよ。それにやっぱ家の方が落ち着くからな」



 やってきたのは彼の友人、神宮前かみやまえ上二じょうじ

にこやかに声をかけるが、その実平静を装うのに必死な事を見抜くのは、悪友にとって簡単だった。

そして彼の言葉通り、この場所は彼の家である神社の一角だ。



「あの地下都市なら、退屈はしないと思うけどな。ま、僕にとってはここの方が数倍刺激的さ」


「そうかい。隣、いいか?」



 ただ短く「どうぞ」という返事に、上二はどすりと腰を下ろした。

そして、持ってきたコンビニの袋からビールを取り出し、缶を開け一気に流し込む。

はぁ……と息をつくと、少し間を開け恐る恐る疑問を投げかけた。



「なぁ、お前はさ……、地球滅亡の日どう過ごすんだ?」


「そりゃ、やりたい事やるでしょ」


「それが……、これか?」


「そうだね。ま、滅亡しなくてもやってるけど」



 たしかに違いねえ、といつもなら笑うところだが、今の上二は何も言えなかった。



「俺は……、立つ事さえできなくてさ……。ずっと避難所でぼーっとしててさ……。

 でも、お前がここにいるんじゃないかって、心配になったら動けたんだ」


「へぇ、上二が僕の心配なんてね。明日は雪でも降るのかな」


「笑えねえよ。今日月が降るんだからな」



 冗談めかしたからかいの言葉には冷たい返答だった。

それも当然だ。同じ出来事でも二人では見える景色は違うのだから。


 しばしの沈黙。機嫌を損ねた訳ではなかったが、お互いかける言葉を見つけられずにいた。

その溝を埋めるように、天から小さな粒が降り注ぐ。



「ホントに降ってきやがったな、雪」


「いや、これは……」



 かれは手のひらに舞い降りた粒を見つめる。

それは溶ける事なく、その手を白く染めてゆく。



「砂、だね」


「砂?」


「そう。月の砂が、地球の重力に引かれて落ちてきてるんだ。

 ……もうすぐ石も落ちてくるだろうね」


「石ってお前」



 淡々と語るが、その言葉が示す意味を理解できぬ上二ではない。

しかし言葉の主は目を輝かせ、その時を楽しみにしているようだった。



「呑気に言ってる場合か! シェルターへ戻るぞ!」


「そうだね、上二は戻るといいよ。僕は落下地点に向かうから」


「は!? 何言ってんだよ!」


「ずっと、ずっとこの時を待っていたんだ。

 きっと生まれてくる前からずっと……」



 上二には彼の言葉が理解できなかった。

ただ一つ分かったことは、彼が月に狂っている……。

いや、狂わされていることだけだった。



「付き合いきれねえよ……。俺は戻る……から……」



 その先は言えなかった。「一緒に行こう」ただその一言が出なかったのだ。

本当にやりたい事なら、やらせた方がいいのかもしれない。どの道助からないのなら……。

その諦めの思いが、言葉を阻んだのだ。



「それじゃ……」


「うん、またね」



 次などありはしない。それなのに「またね」か。

その思いを胸にしまい、上二は降り続く白い光の中を歩き出した。




 ◇ ◆ ◇ 




 所変わって地下都市の一角にある会議室。そこでは最後の会議が行われていた。

彼らにとっては二度目となる目前に迫った世界の終焉。しかし、それに対抗する気などなかった。



「乗り切れればよし、ダメならそれまで」


「ちょっと待って下さい! 打つ手なしなんですか!?」



 進行役の三田爺の言葉に反論したのは涼河だった。カオリも彼と同意見だったが、先を越された形だ。



「俺たちにアレを止める術はない。星を砕く力も、受け流す力もない。

 ま、んなもんあったら、すでにやってるっての」


「だからって、ここで何もせず待つって言うんですか!?」


「まあ、落ち着きなよセンパイ。これは君たちが来る前に話し合った結果なんだよ」



 潔すぎる反応に、若干ヒートアップしかけた涼河を制止したのはセルだった。

その話し合いというのはカオリが覚醒する前、そして彼らが集結してすぐに行われたものだ。

それぞれに託された能力を確認しあい、今後を話し合った、こちらで初めての会議だった。



「ボクたちの能力ちからは、強いものじゃないんだ。むしろ、舞台裏で糸を引くタイプばっかなの。

 だからこそボクたちは、無理に事態を変えようとしなかったんだ。今までの行動もそうだったでしょ?」


「じゃあ、もしこの街が持たなかったら……」


「センパイは亜空間整備担当だからわかってると思うけど、かなり深層まで掘り下げてるよね。

 だから、表層で衝撃を弱められれば、助かる可能性はあるよ」


「でも……、その方法がないんだよね……?」



 弱々しく、震えるような声でカオリが核心を突いた。

その青ざめた顔は、最悪の事態を考えている事を表している。



「だから俺たちは待ったんだ。この世界の奴らが開花するのをな」


「そそ。これだけの人がいるんだから、そのうち強力な能力ちからに目覚める人もいるだろうってね」


「そのために運営……。いや、今はM-RⅢ型機と言ったか。あいつらに覚醒者を監視させていたワケだ」


「そして、不測の事態には、ちづるん達が対処してたんだよ」



 それに疑問を呈していたチヅルであったが、今ではもうやるしかないと覚悟を決めていた。

ならば何も意見することなどない。



「でも……、そんな他人任せな……」


「他人任せはどっちだ? この世界にとっては、俺たちの方が異世界人部外者だ」


「それにこっちに来るときに言われたのは、“世界の混乱を鎮めること”だからね。

 “世界を救って欲しい”とは言われなかったんだよ」



 涼河もカオリも反論などあるはずがなかった。

当然、反論できるはずもない。“他人任せなのは自分たちだ”と己を恥じていたのだから。



「ま、心配いらないっしょ? なるようになるさっ!」


「逆に言えば、なるようにしかならんのだがな」


「ちょっと~? ジィちゃんってば!」



 少し気を楽にさせようとしたセルに、三田爺は少しばかり意地悪をした。

彼もまた、そう決めておきながら不安に駆られていたのだ。



「それよりもカオリ、お前はここに来て大丈夫だったのか?

 一人にさせないほうがよかったんじゃないか?」


「あ……。お兄ちゃんは……、あれから部屋に籠ってて……」


「熊なら385号に監視させてるから、大丈夫なんだぜ」


「うわっ!? いたんだ!?」


「呼ばれてないけどなんとやら、なんだぜ」



 突然天井から降ってきた黄色いボールこと局長に、会議室の皆はビクついた。

神出鬼没、そして逃げ足だけは俊足のそれは、したり顔である。


 あの時ただ一人逃げたことに関しては、戦闘力がないのだからと不問にされていた。

むしろ、レオン達への迅速な情報伝達は彼らのおかげだったし、なにより足手まといになった可能性もあったのだから、最善の行動だったと言える。



「朝から385号さんが来て、見ているからこっちに出てほしいって……」


「こっちの方が大事だと思ったから、派遣したんだぜ」


「でも今の話だと、もうやれることはないんだよね?」


「いや、俺たちは別件で動くつもりだ」


「別件……?」



 三田爺は、カオリを思ってうまく帰らせようとしたようだった。しかし局長にそれは阻まれた。

彼は髭を触りながら、憂う表情でカオリに目をやる。たとえ今は違うとしても、主人であった彼女を危険に近づける事は避けたかったのだ。



「俺たちに対処できるものなら、それでいいんだが……」



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