「えぇ……。そんな事になってるんですか。
んー。でも、オーナーはそれっぽい話なんてした事ないですね。
来客対応の時も事務所に入っちゃって、私はほぼ追い出されちゃってて、聞ける状態じゃなかったんですよ。
というか、そのせいで休憩したいのに飲み物も取りにいけい事が何度もあったんですよ。ホントひどいと思いません?」
話を聞くつもりが、愚痴を聞かされてしまった。
しかし、今は彼女だけが頼みなのだ。どんな些細な事でも思い出してはくれないだろうか……。
「その来客っていうのは、真君以外どんな人だったか覚えてる?」
「ええと、ほとんど仕事関係の人ですよ。彼が例外なだけで、他の人は普通に見えましたね」
「それじゃ、オーナーがよく行く場所とかの話はどうかしら?
お休みの日どこに行ったなんて、世間話くらいはするでしょう?」
「うーん……。わざわざ覚えてるような、変な所に行ったなんて話は聞きませんでしたねぇ……」
「どうする? ナトさん」
「なんの情報もなしに、闇雲に探したって無駄よ。何か少しでも情報があれば……」
頭を抱えたって何も出てこない。けれど考え無しに動いたって、それは砂漠で1粒の砂金を見つけるようなものだ。
それにただでさえ今の警察は、ローラー作戦でしらみつぶしに探せるほどの人手もないのだから。
考えが堂々巡りしている私に、印南君はふと喋りかける。
「あの、12人も隠す必要があるんですから、それなりに広い場所が要りますよね。
それこそ広いアパートなんかを借りないと、そんな人数生活できませんし。
それに、儀式がどういうものか分かりませんが、それにも広い場所が必要なんじゃないですか?」
「そうよね、確かに言われてみればそうだわ。
そういう場所に絞って捜索……、といってもさすがにそれだけの情報じゃ無理よね……」
少し希望が持てたと思った瞬間、舞い上がった気持ちを自分自身で叩き落してしまった。
しらみつぶしに探すのは無理って、さっき考えてたところなのに……。
「あっ……。もしかして、あの請求書って……」
何かに気付いたように店員の子は事務所の棚の前へ向かい、そこから書類をごそごそと漁る。
そして、数枚の紙を私たちに差し出した。
「妾は郵便の整理や事務処理もするんですけど、いつもは見かけないものだったので気になってたんです」
「わらわ……?」
「ナトさん! これ家賃の請求書ですよ!」
「えっ、うん。そうね」
「この店のものじゃないので、どう処理していいか分からず、オーナーの未処理仕事の棚に入れておいたんです。
まだあったってことは、オーナーしばらく仕事サボってますね」
再び彼女の愚痴が差し込まれたが、この際それはどうだっていい。
その請求書の差出人を調べると、ここからさほど遠くない場所で倉庫を貸している会社だった。
事務処理もしている彼女が処理に悩む請求書という事は、店に関するものでないと考えられる。
ならばその倉庫が現場である可能性は非常に高いだろう。
「仕事をサボってたおかげで、私たちは目星を付けることがでたわけね」
「えぇ、そうですね。ともかく、お役に立てたのなら何よりです」
「けどこれって、地図を見る限り結構広い倉庫みたいだね。
どの倉庫か探すのは四人だけじゃ難しいかも?」
スマホの地図を見る森口君はそういうが、彼には応援を呼ぶ気はないのだろうか。
「署に連絡して、人を寄越してもらいましょう」
「それがね、今朝の不審者の捜索が大ごとになっちゃってね……。
確定情報が掴めるまで、ちょっと応援を呼びづらい雰囲気なんだよね」
「そんなこと言ってる場合!?」
「そうは言ってもねぇ……」
さっきからえらく悲観的だったり、消極的なのはそういった事情があったからなのね……。
不審者の情報は私たちが言い出した事だし、彼を責めるのもお門違いな気がするけど、だからと言って赤目さん含めても、四人じゃ危ないだろう。
言葉に詰る私に代わり、対案を出したのは印南君だった。
「あの、場所の特定なら警察犬がいるじゃないですか。マサ君に探してもらえば、見つけることはできると思います。
それで現場を特定できれば、中の様子を覗いてみて、それから応援を呼ぶか決めれば良いかと思います」
「ふむふむ。それなら応援も呼べるかな? それじゃ、マサに探させるための私物か何か持って行かないとね」
「それでしたら、オーナーの制服がありますよ。少々お待ち下さいね」
雇われの身であるはずの彼女が、雇い主である黒川を追い詰める事に協力しているのはなぜなのか気になる所だけど、おそらく彼女の愚痴が節々で見られることから、普段から不満がたまっているのでしょうね……。日々の行いは大事。
そんな事を考えながら、私たちは現場となっているかもしれない倉庫へとやって来たのだった。
もちろん真君は万一の事を考え、ゲームセンターに置いてきた。
彼が今さら逃げ出すとは考えにくいし、店員さんも店に居る事を快く承諾してくれたのだ。
このヤマが無事解決したら、彼女にもお礼をしなければいけないわね。
そして赤目さんの指示の元、黒川のニオイを辿るマサ君の緊張が伝わるほどにピンと立った尻尾について行けば、倉庫のドアの前で立ち止まった。
かまぼこ状の屋根と、無骨な鉄筋コンクリートの倉庫だ。
見かけは体育館のようでもあるが、冷蔵や冷凍にも対応させるためか、窓らしい窓は見当たらない。
同じ建物が整然と並ぶ中のひとつ。同じように見えても、マサ君には分かるのだろう。
きっと私たちがひとつひとつ確認していたら、相当の時間を要していたはずだ。
赤目さんを見上げ、静かに「ここだ」と目で伝えるマサ君。
私たちはひそひそと小声で今後の行動を確認しあう。
「見張りは……、いないようね。扉は開いてるかしら?」
「どうだろう? でも倉庫だから、外から鍵はかけれても、中には無いんじゃない?」
「そこは賭けね……。そっと開けてみて、鍵がかかっていたら適当に誤魔化しましょう」
「誰が行く? 僕やナトさん、印南はオーナーに顔が割れてるよね」
「では私が行きますので、その間マサを頼みます」
「よし! マサおいで!」
「いえ、堀口さんにお願いします」
自ら偵察を買って出た赤目さんは、被る被害を考え私にマサ君を託し、そっと様子を見に行く。
そして静かに扉を開け、中の様子を覗いた。どうやら鍵はかかっていなかったようだ。
電灯の薄明かりに照らされた彼は、ジェスチャーで私たちを呼び寄せる。
中を覗けば、奥のほうで蝋燭の明かりに照された魔方陣のようなものと、その外周に等間隔に座らされた、両手両足を縛った状態の少女たちの姿があった。
彼女たちは皆一様に目隠しと口元にタオルを巻かれ、声も出せず怯えたりムグムグと抵抗したりしている。
周囲には黒いローブを着た者が数人いるが、すっぽりとフードを被っているため、容姿どころか男女すら見分けがつかなかった。
皆なにやら呪文のような事を呟いており、すでに“儀式”は始まっているようだった。
「森口君、応援要請出して」
「応援待ってたら間に合わないですよ!?」
「私たちで突入して時間を稼ぐわ。印南君、赤目さん、いいわね?」
「「はい!」」
静かに作戦を確認し、互いを見つめる。
皆覚悟を決め、揃ってゆっくりと頷いた。
「さぁ! いくわよ!!」
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