前回のあらすじ
「学園運営局の手伝いと、主としての役目に忙殺されるまくらなのじゃ」
ガチャ神の今日のひとこと
「睡眠時間を削ると作業効率が落ちるだけなのじゃ」
鬼若の寝息を聞きながら、俺はただ夜が通り過ぎるのを眺めていた。
俺に甘えられるのは今日が最後だからと、鬼若は“クリスマスの埋め合わせ”を使ってでも、今晩を共に過ごしたかったらしい。
言うまでもないが、いかがわしい意味ではない。なにせ今の俺はクマ型抱きまくらなのだから、抱きまくらを抱いて寝る事は、何の問題もないからな。
それに、鬼若が眠りに落ちるまでに語った内容は、今まで俺が何も見えていなかったのだと思い知らされた。
見えているものが全て、そんな風に考えていたのではないか。
どこかでまだ、この世界がゲームで、見えない所は存在しないと勘違いしていたのではないだろうか……。
最弱と呼ばれ続けた日々、主との出会い、仲間と呼べる存在。
共に戦い、共に泣き、そして共に笑いあう。
そんな人々との出会いなんて、ずっと無いと思っていた。
それらは全て与えられたもので、俺は守られ、そして甘えていた。
そんな簡単な事に気付いた時、すでに俺の居るはずだった場所に別の者が立っていた。
そして、そいつは「今の主は守らねばならぬ存在である」と叱咤したのだ。
その時からだ、どんな苦境も乗り越え、どんな敵からも守る事のできる強さを求め、主に相応しい者になる。そう心に決めたのだ。
けれどそれは、主を裏切り続けなければ得られぬ、虚構の強さだった。
そして、隣に立つに相応しい者にもなれてはいなかった。
偽りの強さだと知られる事を恐れながら過ごす日々は、ただただ辛かった。
そしてこれからは……。
何度も何度も、感謝と謝罪の言葉を繰り返しながら、鬼若は語った。
胸の内を明かした鬼若は俺の返答を待つ事も無く、憑き物が落ちたような顔で深い眠りへ沈んでゆく。
俺は誤解していたのかもしれない。
鬼若が本当に苦しんでいたのは、ただの理想と現実のギャップではない。
漠然とした不安にも似た幻想、求められていると思い込んだ完璧な姿。
そして、そうあらねばならないと思わせるほどに大きすぎる、ベルというライバル。
そんな心の隙間に入り込んだ、甘く魅惑的な不具合。
鬼若はそれに抗えるほどの自信も、人生の経験値と呼べるものも無かった。
俺は放任すぎたのだろうか? おせっかいだとしても、二人を取り持ってやった方が良かったのだろうか……?
けれど、これは今だからこそ言える事だ。きっと、別の選択をしていても「もっといい方法があったんじゃないか」そう言っているだろう。
俺は、俺のやり方でやっていくしかないんだ。これからもきっと。
深夜の静けさに、そんな想いを馳せていれば、誰かが廊下を静かに歩いて行く足音が聞こえた。
可愛らしさに特化したような姿だが、このクマイヤーは地獄耳と呼べるほどに高性能だ。
鬼若には悪いが、少し様子を見てこよう。そう思い、俺は腕から抜け出し、廊下へと歩き出す。
人影は静かに廊下を進み、玄関ホールから外へと出て行く所だった。
こんな時間に外へ何の用だろうかと思いはしたが、こっそり付いていくのは躊躇われた。
誰しもひとつやふたつは、秘密をその胸に抱えているものだ。
部屋へ戻ろうとした時、事務所へ続く扉から光が漏れている事に気付いた。
誰が居るのかと気になった俺は、扉をそっと開け中を覗く。
「おはようなんだぜ。それとも、眠れなかったんだぜ?」
「なんだ局長か。おはよう……、というのは正しいのかどうか。
なにせ俺はまくらだからな。寝るときに使う道具であって、まくら自身は眠らないんだよ」
「眠らなくてもいいってのは、私にしてみれば羨ましいんだぜ」
黄色いボールは、俺の事は眼中に無い様子で、書類に何か書き記しながら話す。
「しかし、よく俺だと気付いたな」
「私達は魔力で人を判別してるんだぜ。だから見えなくても誰が廊下に居るか分かるんだぜ」
「じゃぁ、さっき外へ出て行ったのも?」
「もちろん把握しているぜ。
深夜徘徊はいただけないけど、学園都市は何があっても命の危険が迫る事はないんだぜ。
だから、自己責任で好きにすればいいと思うんだぜ」
「あぁ、不埒な奴が居ても、バトルになるから逆に安全な訳か」
「そうだぜ。それに、バトルになれば私達が気付くから、助けに行く事もできるんだぜ」
「至れり尽せりだな。で、局長はこんな時間に何してるんだ?」
局長のデスクを覗くが、俺には白い紙が置かれているようにしか見えなかった。
魔力によって見ることができる人を制限できる紙、これが学園運営局の情報漏えい対策だ。
おかげで片付ける時に、書類の要不要が分からず、担当者が一枚一枚確認するしかなくて手間取ったんだけどな。
「今後の組織の再編と、仕事の割り振り方法を書いてるんだぜ。
ま、君の言っていた事を、マニュアル化しているようなもんだぜ」
「へー。局長も、結構マジメに仕事する事もあるんだな」
「失礼な奴なんだぜ!」
「いや、だって昼間の様子を考えたら……、ねぇ?」
「それもそうなんだぜ……。今なら誰もいないから、事務局の秘密を教えるんだぜ」
「秘密?」
なんだか今日はよく秘密を見たり聞いたりする日だ。
誰も居ない事は分かっているはずなのに、局長は小さな小さな声で話しだす。
「昼のうちに言ってた事なんだぜ。
なんで私が局長でありながら、職員を管理できていないかについてだぜ」
「あぁ、それか。局長が怠惰だからって訳ではないんだな?」
「当たり前なんだぜ! はぁ……。
簡単に言えば、この学園運営局という組織は、上部組織の実動部隊に過ぎないって話なんだぜ」
「上部組織?」
「そうなんだぜ。だから今までは、私が指揮する事無く、上の命令どおりに動いていれば問題なかったんだぜ」
「って事は、今は違うと?」
「そうなんだぜ。上部組織からの連絡を受けるのが私の仕事なんだけど、君が事故にあったあたりから、連絡が取れなくなっているんだぜ」
「それって大問題なんじゃないか?」
「そう。これが職員に知れたら大混乱になるんだぜ。だからこれは、私と君だけの秘密なんだぜ」
局長は一指し指でシーッ! といったポーズができない代わりなのか、あざとくウインクをする。
正直に言えばかなり不愉快だったので、必殺クマパンチを食らわせてしまいそうになった。
「……まぁいい。しかし、そんな大事な事、俺に話して大丈夫なのか?」
「何らかの原因であろう君なら、もしかすると解決の方法も分かるかも知れないと思ったんだぜ」
「残念ながら思い当たるフシは……」
「期待はしてないんだぜ。だけど、何か分かったら教えて欲しいんだぜ」
「ああ、わかった。これは職員にも秘密なんだな?」
「上部組織に関しては職員も知っているんだぜ。だから、連絡が途絶えてる事は秘密で頼むんだぜ」
「そうか。でもさ、それってこっちから連絡する事もできないのか?」
「今までこちらから連絡する事もなかったから、方法自体が元々ないんだぜ。
あっ、そういえば先月一回だけ連絡があったんだぜ」
「ほう。それで、それはどういう内容だったんだ?」
「新機能の実装についての連絡で、それっきりだぜ……。
現場の混乱に気付いてないのかもしれないけど、あんまりなんだぜ……」
「なんというか……、ご愁傷様なんだぜ。
ま、山積みの仕事は俺も手伝ってなんとかするからさ、その新機能ってのも進めないとな」
「これからしばらく、よろしくお願いするんだぜ」
そういった話をしていれば、時刻はもう朝の4時を過ぎようとしていた。
俺は局長にあまり無理しないように伝え、スタドリを1本渡して、俺は部屋を出た。
……ガチャ神ちゃん?
「……これは、マズい事になっておるのじゃ」
やっちまったな~!?
「そのフリには乗らんのじゃ!」
えー、また餅つけると思ったのになー。
「ともかく、様子見じゃ」
面倒なだけでしょ?
「否定はせんが、奴らも何とかしようとしておるのじゃ。ならば見守るべきじゃろうて」
へー、なんかカミサマっぽーい!
「“ぽい”ではなく神様なんじゃが……。ついでに言えばおぬしも……」
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