爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

530連目 最後の夜

公開日時: 2021年1月17日(日) 12:05
文字数:3,003

前回のあらすじ

「学園運営局の手伝いと、主としての役目に忙殺されるまくらなのじゃ」


ガチャ神の今日のひとこと

「睡眠時間を削ると作業効率が落ちるだけなのじゃ」

 鬼若の寝息を聞きながら、俺はただ夜が通り過ぎるのを眺めていた。

俺に甘えられるのは今日が最後だからと、鬼若は“クリスマスの埋め合わせ”を使ってでも、今晩を共に過ごしたかったらしい。

言うまでもないが、いかがわしい意味ではない。なにせ今の俺はクマ型抱きまくらなのだから、抱きまくらを抱いて寝る事は、何の問題もないからな。


 それに、鬼若が眠りに落ちるまでに語った内容は、今まで俺が何も見えていなかったのだと思い知らされた。


 見えているものが全て、そんな風に考えていたのではないか。

どこかでまだ、この世界がゲームで、見えない所は存在しないと勘違いしていたのではないだろうか……。





 最弱と呼ばれ続けた日々、主との出会い、仲間と呼べる存在。

共に戦い、共に泣き、そして共に笑いあう。

そんな人々との出会いなんて、ずっと無いと思っていた。

それらは全て与えられたもので、俺は守られ、そして甘えていた。

そんな簡単な事に気付いた時、すでに俺の居るはずだった場所に別の者が立っていた。


 そして、そいつは「今の主は守らねばならぬ存在である」と叱咤しったしたのだ。

その時からだ、どんな苦境も乗り越え、どんな敵からも守る事のできる強さを求め、主に相応しい者になる。そう心に決めたのだ。


 けれどそれは、主を裏切り続けなければ得られぬ、虚構の強さだった。

そして、隣に立つに相応しい者にもなれてはいなかった。

偽りの強さだと知られる事を恐れながら過ごす日々は、ただただ辛かった。


 そしてこれからは……。





 何度も何度も、感謝と謝罪の言葉を繰り返しながら、鬼若は語った。

胸の内を明かした鬼若は俺の返答を待つ事も無く、憑き物が落ちたような顔で深い眠りへ沈んでゆく。


 俺は誤解していたのかもしれない。

鬼若が本当に苦しんでいたのは、ただの理想と現実のギャップではない。

漠然とした不安にも似た幻想、求められていると思い込んだ完璧な姿。

そして、そうあらねばならないと思わせるほどに大きすぎる、ベルというライバル。


 そんな心の隙間に入り込んだ、甘く魅惑的な不具合バグ

鬼若はそれに抗えるほどの自信も、人生の経験値と呼べるものも無かった。


 俺は放任すぎたのだろうか? おせっかいだとしても、二人を取り持ってやった方が良かったのだろうか……?

けれど、これは今だからこそ言える事だ。きっと、別の選択をしていても「もっといい方法があったんじゃないか」そう言っているだろう。

俺は、俺のやり方でやっていくしかないんだ。これからもきっと。




 深夜の静けさに、そんな想いを馳せていれば、誰かが廊下を静かに歩いて行く足音が聞こえた。

可愛らしさに特化したような姿だが、このクマイヤーは地獄耳と呼べるほどに高性能だ。


 鬼若には悪いが、少し様子を見てこよう。そう思い、俺は腕から抜け出し、廊下へと歩き出す。

人影は静かに廊下を進み、玄関ホールから外へと出て行く所だった。

こんな時間に外へ何の用だろうかと思いはしたが、こっそり付いていくのは躊躇ためらわれた。

誰しもひとつやふたつは、秘密をその胸に抱えているものだ。


 部屋へ戻ろうとした時、事務所へ続く扉から光が漏れている事に気付いた。

誰が居るのかと気になった俺は、扉をそっと開け中を覗く。



「おはようなんだぜ。それとも、眠れなかったんだぜ?」


「なんだ局長か。おはよう……、というのは正しいのかどうか。

 なにせ俺はまくらだからな。寝るときに使う道具であって、まくら自身は眠らないんだよ」


「眠らなくてもいいってのは、私にしてみれば羨ましいんだぜ」



 黄色いボールは、俺の事は眼中に無い様子で、書類に何か書き記しながら話す。



「しかし、よく俺だと気付いたな」


「私達は魔力で人を判別してるんだぜ。だから見えなくても誰が廊下に居るか分かるんだぜ」


「じゃぁ、さっき外へ出て行ったのも?」


「もちろん把握しているぜ。

 深夜徘徊はいただけないけど、学園都市は何があっても命の危険が迫る事はないんだぜ。

 だから、自己責任で好きにすればいいと思うんだぜ」


「あぁ、不埒な奴が居ても、バトルになるから逆に安全な訳か」


「そうだぜ。それに、バトルになれば私達が気付くから、助けに行く事もできるんだぜ」


「至れり尽せりだな。で、局長はこんな時間に何してるんだ?」



 局長のデスクを覗くが、俺には白い紙が置かれているようにしか見えなかった。

魔力によって見ることができる人を制限できる紙、これが学園運営局うんえいの情報漏えい対策だ。

おかげで片付ける時に、書類の要不要が分からず、担当者が一枚一枚確認するしかなくて手間取ったんだけどな。



「今後の組織の再編と、仕事の割り振り方法を書いてるんだぜ。

 ま、君の言っていた事を、マニュアル化しているようなもんだぜ」


「へー。局長も、結構マジメに仕事する事もあるんだな」


「失礼な奴なんだぜ!」


「いや、だって昼間の様子を考えたら……、ねぇ?」


「それもそうなんだぜ……。今なら誰もいないから、事務局の秘密を教えるんだぜ」


「秘密?」



 なんだか今日はよく秘密を見たり聞いたりする日だ。

誰も居ない事は分かっているはずなのに、局長は小さな小さな声で話しだす。



「昼のうちに言ってた事なんだぜ。

 なんで私が局長でありながら、職員を管理できていないかについてだぜ」


「あぁ、それか。局長が怠惰だからって訳ではないんだな?」


「当たり前なんだぜ! はぁ……。

 簡単に言えば、この学園運営局うんえいという組織は、上部組織の実動部隊に過ぎないって話なんだぜ」


「上部組織?」


「そうなんだぜ。だから今までは、私が指揮する事無く、上の命令どおりに動いていれば問題なかったんだぜ」


「って事は、今は違うと?」


「そうなんだぜ。上部組織からの連絡を受けるのが私の仕事なんだけど、君が事故にあったあたりから、連絡が取れなくなっているんだぜ」


「それって大問題なんじゃないか?」


「そう。これが職員に知れたら大混乱になるんだぜ。だからこれは、私と君だけの秘密なんだぜ」



 局長は一指し指でシーッ! といったポーズができない代わりなのか、あざとくウインクをする。

正直に言えばかなり不愉快だったので、必殺クマパンチを食らわせてしまいそうになった。



「……まぁいい。しかし、そんな大事な事、俺に話して大丈夫なのか?」


「何らかの原因であろう君なら、もしかすると解決の方法も分かるかも知れないと思ったんだぜ」


「残念ながら思い当たるフシは……」


「期待はしてないんだぜ。だけど、何か分かったら教えて欲しいんだぜ」


「ああ、わかった。これは職員にも秘密なんだな?」


「上部組織に関しては職員も知っているんだぜ。だから、連絡が途絶えてる事は秘密で頼むんだぜ」


「そうか。でもさ、それってこっちから連絡する事もできないのか?」


「今までこちらから連絡する事もなかったから、方法自体が元々ないんだぜ。

 あっ、そういえば先月一回だけ連絡があったんだぜ」


「ほう。それで、それはどういう内容だったんだ?」


「新機能の実装についての連絡で、それっきりだぜ……。

 現場の混乱に気付いてないのかもしれないけど、あんまりなんだぜ……」


「なんというか……、ご愁傷様なんだぜ。

 ま、山積みの仕事は俺も手伝ってなんとかするからさ、その新機能ってのも進めないとな」


「これからしばらく、よろしくお願いするんだぜ」



 そういった話をしていれば、時刻はもう朝の4時を過ぎようとしていた。

俺は局長にあまり無理しないように伝え、スタドリを1本渡して、俺は部屋を出た。

……ガチャ神ちゃん?


「……これは、マズい事になっておるのじゃ」


やっちまったな~!?


「そのフリには乗らんのじゃ!」


えー、また餅つけると思ったのになー。


「ともかく、様子見じゃ」


面倒なだけでしょ?


「否定はせんが、奴らも何とかしようとしておるのじゃ。ならば見守るべきじゃろうて」


へー、なんかカミサマっぽーい!


「“ぽい”ではなく神様なんじゃが……。ついでに言えばおぬしも……」

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