右へ曲がり、左へ曲がり……、地下ダンジョンを二人は進む。黄色いボールを抱えながら。
道すがら話せば、分かれ道が崩れていたのは、迷い込まないよう入れなくしていたのだと言う。
あまりのリアリティに、本物のダンジョンかと思っていた彼だが、松明もあったし、やはり人工物なのかと納得した。
「元々迷路として作られていたから、一本道になるよう手を加えたんだぜ」
「じゃあ、やっぱり女の子は俺の見間違いだったのかな……」
「さぁ? 君が思っているほど、世界は安定してないんだぜ。
何が起こっても不思議じゃないんだぜ?」
「ん? どういう事だ?」
「あっ、あれですよね。世界には不思議が満ちている的な?」
唐突に秘密をばらそうとする局長に対し、涼河はあわあわしながらも誤魔化した。
しかし、世界を渡った者たちですら知らない事を、局長だけは知っているのだ。
この世界のすべての元凶を。
「ともかく、現状を説明しておくぜ。涼河は後で聞かれるはずだから、今のうちに教えておくんだぜ。
上層部への報告は職員016号が通達済み、各接続扉は210‐R号が再点検中、捜索・警備は406号が回っているんだぜ。
万一に備え、警備担当のレオンにも通達しているんだぜ」
「ん? 警備担当は二人いるのか?」
「レオンは実戦部隊なんだぜ。私たちじゃ戦闘になっても、文字通り手も足も出ないんだぜ」
「戦闘って、そんな事あるのか?」
「あれですよ!? 手も足もないですからね! 局長ならではの、A.I.ジョークですよ!?」
すかさず再び誤魔化すが、いつもおしゃべりな奴だとは思っていたものの、今日はいやに重要機密を喋ろうとするその姿に、少しばかり涼河は嫌気がさしたのだった。
けれど局長は、うまくぼかしながらも“戦闘”について語りだす。
「ここまで深く潜ってしまったのだから、戦闘になる可能性を隠しておくのは危険なんだぜ」
「えっ……。でも……。」
「ん? どういうことだ? 何を隠している?」
「簡単に説明すると、このダンジョンには敵キャラがいるんだぜ」
「敵キャラ? アトラクションの一部か?」
「元はそうなんだぜ。だけど今はそれに搭載されたA.I.が暴走して、人間に危害を加えるようになっているんだぜ」
「なんだそのSF映画みたいなシチュエーションは!?」
「そっ、そうなんですよ。これは社外には絶対に出してはいけない秘密でして……」
それは実際には魔物であり、ここが本物の地下ダンジョンであることを、もちろん涼河は知っている。
だが、知り合いとはいえ一般人である者に、それを知られるわけにはいかなかった。
それを踏まえた上での局長の説明は、何ら違和感を持たせるものではない。
「だからお前さっきから挙動不審だったのかよ……」
「うえぇぇ!? そんな変でしたか!?」
「今も変だぞ。まぁ、いざとなれば逃げればいいんだろ?
それに、扉にわざわざ“危険”って書いてあった意味も分かったし納得だ」
「そんな、すんなり納得するような事ですか!?」
彼にとっては局長のようなロボットでさえ想定外なのだ。
ならば敵キャラとして作ったものが暴走した、なんて話もありえなくは無いと考えた。
自身の知っていることがすべてじゃない、世界は不思議に満ちている、的な。
そんな風に考えを改めるほどには、扉をくぐってからは、おかしな事ばかりだった。
「しかし、出口はまだなのか? 俺は、公園の扉から入ってきたんだが……」
「比較的安全なルートを検索した結果なんだぜ。だから遠回りになっているんだぜ」
「そうなのか? 扉一枚挟んで、そんな危険地帯だったのか」
「迷路の一部を改装して各エリアにしてあるんだぜ。
安全圏をギリギリまで再開発した結果なんだぜ。
それに、敵キャラは人が多く通るであろう場所に溜まるんだぜ。
だから、出口までの最短ルートは危険なんだぜ」
「ふーん……」
迷っているようにしか見えない局長の案内だったが、そういう理由なのかと納得するしかなかった。
実際に敵キャラなんて見てないし、他に何か居る気配なんてしないんだがな、と周囲を見回したその時、彼は見てしまったのだ。
「あっ! あの女の子だ!」
「えっ!? どこですか!?」
「あっちの角曲がっていった! 追いかけるぞ!」
「ちょっと待ってください! 危ないんですって!!」
涼河の制止も聞かず、彼は走りだした。ひらりと見える純白のローブのすそを追って。
そしてたどり着いたのは迷路ではない空間。暗くて広さはわからない。
けれど、壁が近くにないだけでこんなに不安になるものかと思い知らされた。
「まって……先輩っ……」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、黄色いボールを抱えた涼河が後ろからやってくる。
しかし、その先に見えたという少女の姿は闇に紛れて見えない。また逃げ切られたのだろうか。
「おかしい……。なんで追いつけないんだ?」
「ここに来たんですか? 何も見えないですね」
「とりあえず、明かりを点けるんだぜ」
局長はその言葉と共に、何やら小声で詠唱を始める。“闇を割き、行く末を照らせ……”そのような言葉の端々が彼には聞こえた。
その姿に、アトラクションだからスイッチではなく魔法風なのか、と彼は解釈していた。
そして、柔らかな光がその空間を照らし出すと、そこにいたのは少女ではなかった。
「なっ……、なんだあれ!?」
そこに現れたのは、青白く輝くしずく型にカットされた、宝石のような透き通る物体。
しかしその大きさは1mほどあり、宙にふわふわと浮いているのだ。
さすがにこれには、彼も納得のいく推察はできなかった。
「よりによってスピリットですか! にっ、逃げますよっ!」
「これが敵キャラ……、なのか?」
「手も足も出ない局長様は、お先に逃げるんだぜっ!!」
言うよりも早く、遠く闇に溶けた局長の声はそう耳に届く。しかし彼はうまく動けなかった。
現実的な思考と、目の前の光景が相容れず、体が指揮系統の混乱によって硬直してしまったのだ。
だからといって“敵”は待ってはくれない。
その大きい宝石のような本体の周囲に、キラキラと同じく青白い光が現れる。
それは一瞬の出来事だった。そのきらめきは見る間に大きくなり、鋭利な氷柱の姿へと変わる。
そしてそれは、なんのためらいもなく二人へと放たれた。
「先輩伏せてっ!!」
涼河に言われるまでもなく、彼は頭を抱えるようにその場にうずくまり、ぎゅっと目を閉じた。
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