爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

生駒愛理の調査ファイル

公開日時: 2021年2月6日(土) 15:05
文字数:2,764

有給を潰して、ゲーム内のキャラの言う真偽を確かめに行った話。

私自身、そんなの信じるってどうかしてると思うけど、ちょっとした旅行のつもりで行ってみた。

 梅雨時のじっとりとした空気の中、見知らぬ街の一角を歩く。

どんよりとした空の下、お気に入りの桜色の傘を閉じたままだ。

しかし、閉じた傘も資料を読むには十分邪魔だった。


 こんな天気でなければ、心地よい朝の風に吹かれながら、缶コーヒー片手に休憩したくなるような、広々とした公園を横目に通り過ぎる。

角を右に折れた先が、おそらく目的地だ。




 地図に書き込まれた住所と建物の名前を確認する。ここで間違いない。

その建物は、一階に小さな個人経営であろう、雑貨店がテナントとして入っているワンルームマンションだ。


 五階建てで、外壁はレンガ調のタイルで覆われており、建ってからさほど年数が経った感じはない。

入り口がオートロックだったため、入ることはできなかったが、整然と並ぶ郵便受けの番号と、メモの番号を照らし合わせる。

302号室、そのポストの名札は空欄だった。



「どうされました? なにかご用ですか?」



 手がかりが得られず落胆する私に、背後から声がかかる。

振り向いた先に居たのは、上品そうな化粧の女性。シンプルながら、清潔感のある白いブラウスと黒いロングスカート姿の、マダムと呼びたくなるような人だった。



「あっ、ごめんなさい。邪魔ですよね」


「いえ、郵便受けに用があるわけではありませんよ。

 ただ、何か困っているようでしたので。お手伝いする事はありませんか?」


「あの……、実は……」



 何の手がかりもなく帰るよりはいいと思い、ダメ元で尋ねてみた。

空白の302号室に住んでいたはずの人物、そしてクマ姿の男の名である“西大寺さいだいじ 吉孝よしたか”という人物を。

すると彼女は表情を曇らせ、私を一階の雑貨店の奥へと案内してくれた。




 そこは従業員用の休憩室のようであったが、店内の雰囲気に負けず劣らずのオシャレな空間で、用途不明な小物や、明かりを取るためだけの用途ではない照明、小さな多肉植物などが置かれた一室だった。


 ノートパソコンの置かれた、小さなデスクに二つの椅子を並べ、彼女は掛けるよう促すと、コーヒーとクッキーを出してくれた。

そのコーヒをいただきながら、雰囲気の良い部屋を見回していると、彼女は少し得意気に話し出す。



「この部屋、気に入ってもらえた?」


「えぇ。とっても素敵ですね」


「ありがとう。趣味が高じてこうやって雑貨店をやってるのよ。

 あんまりお客さんは来ないから、お金にはならないけどね」



 ふふふと笑いながら、そう話す姿さえ絵になるような、落ち着いた方だ。



「大家さんとはちょっとした知り合いでね、この店もとっても安く貸してもらってるのよ。

 その代わりに、ここの管理人みたいな事もやってるんだけどね」


「そうだったんですか」


「だから西大寺君……、私は大吉君って呼んでたのだけどね。彼の事も知っているの」


「彼は、ここに住んでたんですよね?」


「えぇ。ところで、あなたは大吉君のお知り合いなのよね?」



 しまった、住んでいた事を確認するような事を言ったので、少し怪しまれたようだ。

なんとか話を聞き出せるようにしないと……。



「ええと……。知り合いではあるんですけど、直接会った事はなくて……。

 その……、ゲームでの知り合いなんです。

 最近、ゲーム内で会わないので、どうしてるのかなって思って……。

 前に住所を聞いていたので尋ねて来たんです」


「あらそうなの。イマドキな感じのお友達なのね」



 全てが嘘ではないが、本当でもない返答に納得してもらえたようだ。

しかし、ゲーム内での知り合いに、住所や本名を明かすことはあまり無いと思うのだが、彼女がそのあたりに疎くて助かった。

内心そんな風に安堵していると、暗い顔をして、西大寺吉孝という人物について語ってくれた。



「とても言いにくいのだけど……、大吉君は去年の秋ごろ亡くなったわ」


「そう……、ですか。差し支えなければ、詳しく教えてもらえますか?」


「えぇ。確か去年の10月だったかしら。

 その日も、いつも通り朝から店を開けてたのだけど、男の人が彼を訪ねて来てね。

 あなたと同じように、どうしたのか尋ねたのよ……」



 その男というのは、西大寺の勤める会社の社員だったらしく、無遅刻無欠勤の彼が、連絡も寄越さず無断欠勤した事を疑問に思い、尋ねてきたそうだ。

そして彼女もまた、彼の人となりを知るがゆえに、ただ事では無いと感じ、大家に連絡して彼の部屋を確認してもらう事になったらしい。

そして、彼が亡くなっているのを発見したとの事だった。



「警察の方によればね、事件性はなく過労で……。脳梗塞、だったかしら?

 病名はよく覚えてないのだけど、いわゆる過労死だって事なの。

 彼、どうもお金に困っていたらしくて、同僚の方によれば、いくつか仕事を掛け持ちしていたらしいの」


「そうだったんですか……」


「その人の話ではね、大吉君って“一聞いたら十理解するような人”だったから、任せておけば大丈夫って、みんな思ってたらしくてね。

 彼が、そんなになるまで働き詰めだった事に気付けなかったって、もっと気にかけてやればよかったって泣いてたわ……。

 誰が悪いわけでもないのにね……」



 その評価は、局長と呼ばれるキャラの言う、クマの人物像と一致していた。

今まで半信半疑だったが、彼は本当にゲームの世界に転生したのだと思える事ばかりだ。

もし、彼らの存在自体が凄腕ハッカーのいたずらであるならば、西大寺吉孝という人物と、局長の情報が噛み合うとは考えにくい。



「それで、ポストに名前がなかったんですね」


「ええ。大吉君のお父様が片付けに来られてね……。

 連絡先を聞いておけばよかったのだけど……」


「いえ、お話を聞けただけで十分です。

 ところで、その時は彼のご両親がいらしたんですか?」


「いいえ、お父様とお話したのだけど、奥さんに先立たれているらしいの。

 息子さんも亡くなられて、辛いでしょうね……」



 もしかすると、彼を知る人物が彼に成りすましている可能性もある。

今までの話で一番怪しいのは、会社の同僚だ。けれど普通の会社なら、親の話まではしないだろう。

なので、彼が自ら話さない限り同僚が知っている可能性は低いはず。

そして、彼はあの夜の浜辺での話を聞いた内容からして、自ら話す事は無いと思う。


 もう一人のなりすまし容疑者は、店主兼管理人の彼女だ。

けれど、私と彼のの関係を“イマドキの友人関係”程度にしか思わなかった彼女は、ネットゲームの話に疎いと見ていい。

ならば彼女が凄腕ハッカーで、彼の話を元にあのクマのキャラクターを作ったとも考えにくかった。



「そうだったんですか……。

 お店もあるのに、色々聞かせてもらってありがとうございます」


「ううん、いいのよ。あなたも、若いからって無茶しちゃダメよ?」


「はい。気をつけます」



 その後は店内を観て回った。

何も買わないのも気が引けたので、水色のビーズで作られた小さなクマのストラップを買い、お礼を言ってマンションを後にした。

「ハッカーに騙されて、見知らぬ街を放浪した件」

って笑い話にするつもりが、笑えない状況になってしまった。

ゲームの世界がどうなろうと私には関係ないけど、転生したっていう二人ごとデータを消すのは……。

オフライン運用なんて、安請け合いするんじゃなかった(・ω・`)

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