有給を潰して、ゲーム内のキャラの言う真偽を確かめに行った話。
私自身、そんなの信じるってどうかしてると思うけど、ちょっとした旅行のつもりで行ってみた。
梅雨時のじっとりとした空気の中、見知らぬ街の一角を歩く。
どんよりとした空の下、お気に入りの桜色の傘を閉じたままだ。
しかし、閉じた傘も資料を読むには十分邪魔だった。
こんな天気でなければ、心地よい朝の風に吹かれながら、缶コーヒー片手に休憩したくなるような、広々とした公園を横目に通り過ぎる。
角を右に折れた先が、おそらく目的地だ。
地図に書き込まれた住所と建物の名前を確認する。ここで間違いない。
その建物は、一階に小さな個人経営であろう、雑貨店がテナントとして入っているワンルームマンションだ。
五階建てで、外壁はレンガ調のタイルで覆われており、建ってからさほど年数が経った感じはない。
入り口がオートロックだったため、入ることはできなかったが、整然と並ぶ郵便受けの番号と、メモの番号を照らし合わせる。
302号室、そのポストの名札は空欄だった。
「どうされました? なにかご用ですか?」
手がかりが得られず落胆する私に、背後から声がかかる。
振り向いた先に居たのは、上品そうな化粧の女性。シンプルながら、清潔感のある白いブラウスと黒いロングスカート姿の、マダムと呼びたくなるような人だった。
「あっ、ごめんなさい。邪魔ですよね」
「いえ、郵便受けに用があるわけではありませんよ。
ただ、何か困っているようでしたので。お手伝いする事はありませんか?」
「あの……、実は……」
何の手がかりもなく帰るよりはいいと思い、ダメ元で尋ねてみた。
空白の302号室に住んでいたはずの人物、そしてクマ姿の男の名である“西大寺 吉孝”という人物を。
すると彼女は表情を曇らせ、私を一階の雑貨店の奥へと案内してくれた。
そこは従業員用の休憩室のようであったが、店内の雰囲気に負けず劣らずのオシャレな空間で、用途不明な小物や、明かりを取るためだけの用途ではない照明、小さな多肉植物などが置かれた一室だった。
ノートパソコンの置かれた、小さなデスクに二つの椅子を並べ、彼女は掛けるよう促すと、コーヒーとクッキーを出してくれた。
そのコーヒをいただきながら、雰囲気の良い部屋を見回していると、彼女は少し得意気に話し出す。
「この部屋、気に入ってもらえた?」
「えぇ。とっても素敵ですね」
「ありがとう。趣味が高じてこうやって雑貨店をやってるのよ。
あんまりお客さんは来ないから、お金にはならないけどね」
ふふふと笑いながら、そう話す姿さえ絵になるような、落ち着いた方だ。
「大家さんとはちょっとした知り合いでね、この店もとっても安く貸してもらってるのよ。
その代わりに、ここの管理人みたいな事もやってるんだけどね」
「そうだったんですか」
「だから西大寺君……、私は大吉君って呼んでたのだけどね。彼の事も知っているの」
「彼は、ここに住んでたんですよね?」
「えぇ。ところで、あなたは大吉君のお知り合いなのよね?」
しまった、住んでいた事を確認するような事を言ったので、少し怪しまれたようだ。
なんとか話を聞き出せるようにしないと……。
「ええと……。知り合いではあるんですけど、直接会った事はなくて……。
その……、ゲームでの知り合いなんです。
最近、ゲーム内で会わないので、どうしてるのかなって思って……。
前に住所を聞いていたので尋ねて来たんです」
「あらそうなの。イマドキな感じのお友達なのね」
全てが嘘ではないが、本当でもない返答に納得してもらえたようだ。
しかし、ゲーム内での知り合いに、住所や本名を明かすことはあまり無いと思うのだが、彼女がそのあたりに疎くて助かった。
内心そんな風に安堵していると、暗い顔をして、西大寺吉孝という人物について語ってくれた。
「とても言いにくいのだけど……、大吉君は去年の秋ごろ亡くなったわ」
「そう……、ですか。差し支えなければ、詳しく教えてもらえますか?」
「えぇ。確か去年の10月だったかしら。
その日も、いつも通り朝から店を開けてたのだけど、男の人が彼を訪ねて来てね。
あなたと同じように、どうしたのか尋ねたのよ……」
その男というのは、西大寺の勤める会社の社員だったらしく、無遅刻無欠勤の彼が、連絡も寄越さず無断欠勤した事を疑問に思い、尋ねてきたそうだ。
そして彼女もまた、彼の人となりを知るがゆえに、ただ事では無いと感じ、大家に連絡して彼の部屋を確認してもらう事になったらしい。
そして、彼が亡くなっているのを発見したとの事だった。
「警察の方によればね、事件性はなく過労で……。脳梗塞、だったかしら?
病名はよく覚えてないのだけど、いわゆる過労死だって事なの。
彼、どうもお金に困っていたらしくて、同僚の方によれば、いくつか仕事を掛け持ちしていたらしいの」
「そうだったんですか……」
「その人の話ではね、大吉君って“一聞いたら十理解するような人”だったから、任せておけば大丈夫って、みんな思ってたらしくてね。
彼が、そんなになるまで働き詰めだった事に気付けなかったって、もっと気にかけてやればよかったって泣いてたわ……。
誰が悪いわけでもないのにね……」
その評価は、局長と呼ばれるキャラの言う、クマの人物像と一致していた。
今まで半信半疑だったが、彼は本当にゲームの世界に転生したのだと思える事ばかりだ。
もし、彼らの存在自体が凄腕ハッカーのいたずらであるならば、西大寺吉孝という人物と、局長の情報が噛み合うとは考えにくい。
「それで、ポストに名前がなかったんですね」
「ええ。大吉君のお父様が片付けに来られてね……。
連絡先を聞いておけばよかったのだけど……」
「いえ、お話を聞けただけで十分です。
ところで、その時は彼のご両親がいらしたんですか?」
「いいえ、お父様とお話したのだけど、奥さんに先立たれているらしいの。
息子さんも亡くなられて、辛いでしょうね……」
もしかすると、彼を知る人物が彼に成りすましている可能性もある。
今までの話で一番怪しいのは、会社の同僚だ。けれど普通の会社なら、親の話まではしないだろう。
なので、彼が自ら話さない限り同僚が知っている可能性は低いはず。
そして、彼はあの夜の浜辺での話を聞いた内容からして、自ら話す事は無いと思う。
もう一人のなりすまし容疑者は、店主兼管理人の彼女だ。
けれど、私と彼のの関係を“イマドキの友人関係”程度にしか思わなかった彼女は、ネットゲームの話に疎いと見ていい。
ならば彼女が凄腕ハッカーで、彼の話を元にあのクマのキャラクターを作ったとも考えにくかった。
「そうだったんですか……。
お店もあるのに、色々聞かせてもらってありがとうございます」
「ううん、いいのよ。あなたも、若いからって無茶しちゃダメよ?」
「はい。気をつけます」
その後は店内を観て回った。
何も買わないのも気が引けたので、水色のビーズで作られた小さなクマのストラップを買い、お礼を言ってマンションを後にした。
「ハッカーに騙されて、見知らぬ街を放浪した件」
って笑い話にするつもりが、笑えない状況になってしまった。
ゲームの世界がどうなろうと私には関係ないけど、転生したっていう二人ごとデータを消すのは……。
オフライン運用なんて、安請け合いするんじゃなかった(・ω・`)
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