先に飛び出した森口君たちが目標である真君を捕らえるまで、そう時間はかからなかった。
私がゲームセンターを出て繁華街の半分あたりまで行くまでもなく、すでに捕らえていたようだ。
元々見かけた場所を覚えていたのもあるらしいが、よく捕まえられたもんだと感心するばかりだ。
そして、再びゲームセンターの事務所を間借りし、話を聞くこととなる。
他の人に聞かれるとマズいとはいえ、場所を快く提供してくれたあの女性店員には感謝しないとね。
連れてこられた真君は、昨日会ったときよりももっと暗い顔をしている。
「先に言っておくわね。これは取り調べではありません。
なのでここで話した事で、責任を取らさせる事はないわ。
ただ私が、相談に乗っているだけだものね」
「ちょっとナトさん? 一応僕がいるんだから、それは難しいんじゃないかな?」
「あら、森口君は勤務時間が終わっても仕事をするほどマジメだったかしら?」
「あっ!? もう6時まわってるじゃん! ってことは、僕はただ居合わせただけってコトで」
彼はあえて自身の立場を明言することで、相談をしやすくしてくれたのだ。
ツーカーの関係とはこういうのを言うのかも知れないわね。
私も彼も、言葉の裏を把握した話の流れなのだから。
「それで……。真君は、昨日ここへ来たのよね?」
「…………」
何も言わず、小さくコクリと頷く。
「何をしに来たか、教えてもらってもいいかしら?」
「…………」
彼は何も言わない。いや、言えないのだ。
うつむき肩を震わせ、長机の上にポロポロと涙をこぼした。
今の状態はとても話などできないだろう。私は焦る気持ちを抑えつつ、冷静な態度に徹した。
「それは、妹さんに関係あること?」
「…………」
また小さく頷く。だけど、これ以上はどう聞いたらいいものか……。
他の失踪事件に関係しているという、確固たる証拠も確信もない。
そんな状態で、まだ高校生になったばかりの子を問い詰めるのはためらわれた。
長い沈黙。当然居合わせただけの森口君の助けも期待できない。
ただただ、時間が流れてゆくのを傍観するしかなかった。
店へと続く防音扉から漏れるゲームの音がいやに大きく聞こえる静寂の中、小さな、とても小さな声で彼は呟く。
「助けて下さい……」
「助ける? 誰を?」
「妹を……、助けて下さい……」
「詳しく話してくれるわね?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
話を要約すればゲームセンターのオーナー黒川悟と彼は、なにやら怪しい宗教団体に所属しているとのことだ。
そしてその団体は「落ちる月から世界を守るため、12人の少女の血を捧げる」謎の儀式を行うため、その生贄を探していた。
彼はそのために利用されたのだ。妹の夏音さんが命の危険にさらされているとも知らずに。
「どこかで聞いた話ね……」
「昨日の路地裏の……」
「分かってるわ。でもまさか、あんな与太話が本当にあるなんて思わなかったのよ」
冷静に指摘する印南君には悪いが、今のはそういう意味で言ったのではない。
しかし、困ったことに真君は利用されただけであり、その“儀式”というものがどこで行われるかも知らず、内容すら「少女たちの祈りで救われる」と教えられていたのだ。
つまり、完全に駒として使われただけで、彼からその団体を辿る事は難しい。
「それで、どうしてその儀式が危険なものだって知ったの?」
「それは……。前に黒川さんに報告に来た時、男の人に声をかけられたんです……」
「男の人?」
「はい。知らない人です。でも『儀式はそんな生易しいものじゃない。お前のやっている事は人殺しだ』って……」
怪しい宗教団体もだが、普通に考えて、急にそんな事を言い出す男の方が信用ならないだろう。
「そんな怪しい人の言うことを信じたの?」
「いえ……、最初は信じてなかったんですけど……」
「けど?」
「その男の人が『信じてないな? 俺は天使だ。証拠を見せてやる』って言って……。
背中から黒い翼が出てきて、空へ飛んでいったんです……」
「……へ?」
思わず気の抜けた声が出た。だって仕方ないでしょ!?
話がいきなりそんなファンタジーな展開になるとは思わないじゃない!?
「ちょっと待って、考えを整理させてくれる?」
「はい……」
考えたって考えたって意味がわからないわ。なんなの?
高校生にもなってまだそんな夢物語を信じてるの?
いえ、でも実際にそれが原因で彼は私たちに話をする気になったんでしょうし、それが無ければ夏音さんを助けて欲しいなんて話にならないわけで……。
あぁ、人間って混乱を極めると、混乱してる自分をあざ笑う感覚に陥るのね……。
「えっと……。今の話どう思う?」
「さー? 意外とそういう事もあるかもねー? 目に見える物だけが真実じゃないかもネ?」
「僕も……、信じていいと思います。
大事なのはその男が何者かじゃなく、夏音さんを助ける事ですし」
「え? 混乱してるのって私だけ?」
「彼のきっかけは何でもいいんじゃない? 事件さえ解決できるならね」
うぅ……。まさか森口君にこんな正論を言われるとは思わなかった。
けれど、彼らの言う事はもっともだ。すべきは事件の解決。
その男がどんな手品を使ったか、もしくは本物の天使かなんてどうだっていい。
ともかく、その団体が儀式を行う場所を特定して、夏音さんたちを助けないと……。
「わかったわ。その辺の話は全ておいておいて、その儀式とやらを止める事に注力しましょう」
「それで、儀式の場所はどこか聞かされてないんですよね?」
「はい……」
まさかの行き止まり……。なんの手がかりも無く、どうやって探せというのか。
それこそ、今その天使がやって来て、天啓でもなんでも授けてくれないと無理だ。
「いつやるかは知らされてないの?」
「聞かされてません……。
でも、12人の女の子を集めるのは全部計画されていて、今日は予定が狂った場合の予備日だったんです……。だから明日かもしれません……」
出てくるのは曖昧な情報。時間も場所も分からないなんて……。一体どうしろって言うのよと言いたくなる。
そこに森口君は最悪の想定を出してきた。
「ねぇ、それってマズくない?」
「えぇ。全く情報がないものね」
「そうじゃなくて、それってオーナーの黒川は、場所も時間も知ってるんじゃない?
ってことは、今日居ないのって……」
「え……」
「でもっ! あきらめるのはまだ早いですよっ!
とりあえず店員さんに、どうして休んでいるか聞いてみましょう!」
「そうね、印南君の言うことももっともだわ。彼女なら何か聞いてるかもしれないし」
「どうだろう? 少なくともあの子は、団体とは関わりなさそうだけどね。
だって彼女が言わなきゃ、昨日真君がこの店に来てた事も分からなかったんだし」
「えぇそうね。でも、彼女の接客スキルなら、オーナーやお客さんから噂話程度は聞きだしてるかもしれないわ。それに期待しましょう」
いやに悲観的な事を言う森口君だが、彼の言う事のほうが説得力がある。
けれど私は、自身のせいで12人の命が危険にさらされている、もしくは事がすでに終わった後かもしれないという後悔の念に押し潰され、今にも再び泣き出しそうな真君を見ると、僅かな望みを提示する他なかった。
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