昼食後のコーヒータイム、このひと時ほど考え事に適した時間はない。
気持ちは仕事モードだけど、休憩中だから作業はない。
さらにカフェインとコーヒーの香りで冴えた頭は、頭の整理に丁度いい。
そんな半時間、私は昨日の夜の事を思い出していた。
森口君へ映像を届けに行くついでだからと、妙に遠慮する印南君を車に乗せ家へ送る時の話。
路地裏でたむろしていた男たちの語った終末思想。それが若い世代で流行しているのか気になった。
「印南君はあの話知ってた?」
「えぇ、もちろん。有名な話ですからね」
「ふーん。でも、あんなになるくらい信じるような話かしら?」
「信じている人は多いですよ。……僕も含めて」
「あら、意外ね。なんというか、その割に落ち着いているというか……。
急にヤケになったりしないわよね?」
「ヤケなんて起こしませんよ。僕はそうやって、絶望に打ちひしがれた人を助けるために居るんですから」
運転しながらちらりと横目で見た印南君は、窓の外を走る夜景を虚ろな目で眺めていた。
それはどこか別の世界を見ているようで、どう声を掛けるべきか私を悩ませる。
「それが、印南君が警察官になった理由なのね」
「……えぇ」
その時の彼はもちろん冗談を言っているようではなく、本当にこの世界が近いうちに終わる事を見越しているようで、胸をざわつかせたのだ。
それを治めようと、家に帰ってから息子にも同じ疑問を投げかけてみた。「そんな事ありえない」と言ってくれる事を期待して……。
「涼河の周りでも、そういう話って噂になってる?」
「あんだけ一時期騒いでたんだから、知ってはいるけど」
「まさか、信じてたりしないわよね?」
「さぁ、どっちでもいいかなって感じ。だけどさ、人間いつ終わりが来るかなんて分からないだろ?
災害だけじゃなく、事故や事件に巻き込まれることだってあるんだから。
だからその話を聞いてからは、やりたい事やれないでいるのは、バカらしくなったかな」
我が息子ながら、なんともお気楽というか、何も考えてないというか……。
「だから自由気ままにフリーターなんてやってんの?」なんて嫌味のひとつも言いたくなったけれど、それを口にしたところで良いことなんてひとつもない。
口から今にも飛び出しそうになるお小言はぐっとこらえ「ミサンガなんて付けてたのね」と、見覚えのない手首の黒いアクセサリーの話でその場を濁したのだった。
まったく、みんな言わないだけで色々考えたり、悩んだりしてるのね。
なんて思いふける私を、けたたましいスマホの着信音が現実へと引き戻した。
画面に表示された発信者の名は森口君だ。
「はい、堀口です」
『ナトさん! 例の不審者、捕まえましたよ!』
「あら、お手柄じゃない! それでどうだった?」
『いや、それがですね……』
歯切れの悪い返事、それは空振りだったと察するには十分だ。
森口君だけでなく他にも人員を割いて、あの映像を元に繁華街で聞き込みを行えば、映っていた男の身元はあっさりと割り出せた。
そして任意で事情を聞く事になったのだが、その男はなんの抵抗もしなかったそうだ。
もし誘拐犯なのだとしたら、こんなに素直にいうことを聞くのか不審に思ったらしいが、手間が省ける分には文句はなかった。
そして、行われた取調べで男は誘拐を否認した。
というか、「10歳を超えたらババアだ!」とか「俺は小さい子にお菓子を配っていただけだ! 俺には毎日がハロウィンなんだよ!」などと、意味不明の供述をしたらしい。
この発言が本当なら、夏音さんを含む12歳の女の子たちは、彼の狭い狭いストライクゾーンから外れる事になるのだけど……。
「で、その話をそのまま信じたわけじゃないでしょうね?」
『もちろん。だから色々調べましたよ。だけど、シロだってはっきりしてね。
ホントに小さい子に話しかけて、お菓子を配ってただけだったの』
「嘘でしょ? 意味が分からないわ……」
『いやでも、例の映像に映ってた子もお菓子を差し出されて、いらないって答えたら、そのまんまどっかいったって言っててね……』
「あの子も誰なのかわかったのね」
『うん。よく来る子で、近所の店の人が親とも顔見知りだったんだよ』
「それじゃあ、捜査は振り出しに戻ったわけね……」
小さくため息をつき、私の勘も鈍ったものだななんて肩を落とした時、電話口から新たな情報が飛び込んできた。
『それが、昨日も失踪者が出てたんですよ……』
「えっ!? じゃあやっぱり関係あるのかしら?」
『それは調査中。だけど調べた感じ、あの男は悪い意味で有名人だから、誘拐なんて目立ちすぎて無理じゃないかな』
「裏は取れてるの?」
『それを調査中なんだよ~。それで新しい失踪者の捜査もあるし、今から現場に行くことになってるんだ』
「あ、その失踪した人の情報ももらえるかしら? こっちでも調べてみようと思うのだけど」
『えーっと……、本当はまだそっちに渡す段階じゃないんだけど……』
警察組織の悪いところがこういう時出る。
けれど彼相手なら、そういうしがらみも少しは壊せるだろう。
持つべきものはコネ、これはどんな場面でも有効なのよ。
「出し惜しみしてると、手がかりを失うかもしれないわよ?」
『んー……。あ、そっか、ナトさんには手伝い頼んでる事になってるし、渡しても大丈夫だね』
「そういえばそうよね。それじゃ、メールで送ってもらえる?」
『はいさー。それじゃ、手伝いを頼んでるけど、ナトさんも無理しないでね』
「森口君もちゃんと水分取るのよ? まだまだ暑いんだから」
『あー、正直外出たくないよぉ……』
他の人に聞かれないよう小声で泣言が聞こえてきたが、はいはいと受け流し電話を切る。
それにしても、彼も大変な役回りだ。空振りしても、警察犬のマサ君がいつも通りニオイを辿れなくても、現場に出て調べなければいけないのだから。
やりたくてやっている私たちとは、モチベーションも違うのかもしれない。
「ナトさん、電話終わりましたか?」
「あ、印南君。待たせちゃった? あら? お昼休みは終わってないけど」
「いえ、ちょっと気になる内容を話していたようだったので……」
立ち聞きしてしまった事に、少しばつの悪さを感じているようだが、彼も気になっているようだ。
「えぇ、昨日の映像の男を取調べしたそうよ。結果はシロらしいけどね」
「そうなんですか……。それじゃあ、やっぱり夏音さん達は本当に神隠しに……?」
「あきらめるのは早いわよ。ちょっと分かってる事を整理しましょうか」
そうして私たちは残り少ない昼休みを、資料と睨めっこして過ごすのだった。
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