爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

堀口裕子の見る世界 [9]

公開日時: 2021年3月22日(月) 18:05
文字数:2,645

昼食後のコーヒータイム、このひと時ほど考え事に適した時間はない。

気持ちは仕事モードだけど、休憩中だから作業タスクはない。

さらにカフェインとコーヒーの香りで冴えた頭は、頭の整理に丁度いい。

そんな半時間、私は昨日の夜の事を思い出していた。


 森口君へ映像を届けに行くついでだからと、妙に遠慮する印南君を車に乗せ家へ送る時の話。

路地裏でたむろしていた男たちの語った終末思想。それが若い世代で流行しているのか気になった。



「印南君はあの話知ってた?」


「えぇ、もちろん。有名な話ですからね」


「ふーん。でも、あんなになるくらい信じるような話かしら?」


「信じている人は多いですよ。……僕も含めて」


「あら、意外ね。なんというか、その割に落ち着いているというか……。

 急にヤケになったりしないわよね?」


「ヤケなんて起こしませんよ。僕はそうやって、絶望に打ちひしがれた人を助けるために居るんですから」



 運転しながらちらりと横目で見た印南君は、窓の外を走る夜景を虚ろな目で眺めていた。

それはどこか別の世界を見ているようで、どう声を掛けるべきか私を悩ませる。



「それが、印南君が警察官になった理由なのね」


「……えぇ」



 その時の彼はもちろん冗談を言っているようではなく、本当にこの世界が近いうちに終わる事を見越しているようで、胸をざわつかせたのだ。

それを治めようと、家に帰ってから息子にも同じ疑問を投げかけてみた。「そんな事ありえない」と言ってくれる事を期待して……。



「涼河の周りでも、そういう話って噂になってる?」


「あんだけ一時期騒いでたんだから、知ってはいるけど」


「まさか、信じてたりしないわよね?」


「さぁ、どっちでもいいかなって感じ。だけどさ、人間いつ終わりが来るかなんて分からないだろ?

 災害だけじゃなく、事故や事件に巻き込まれることだってあるんだから。

 だからその話を聞いてからは、やりたい事やれないでいるのは、バカらしくなったかな」



 我が息子ながら、なんともお気楽というか、何も考えてないというか……。

「だから自由気ままにフリーターなんてやってんの?」なんて嫌味のひとつも言いたくなったけれど、それを口にしたところで良いことなんてひとつもない。

口から今にも飛び出しそうになるお小言はぐっとこらえ「ミサンガなんて付けてたのね」と、見覚えのない手首の黒いアクセサリーの話でその場を濁したのだった。




 まったく、みんな言わないだけで色々考えたり、悩んだりしてるのね。

なんて思いふける私を、けたたましいスマホの着信音が現実へと引き戻した。

画面に表示された発信者の名は森口君だ。



「はい、堀口です」


『ナトさん! 例の不審者、捕まえましたよ!』


「あら、お手柄じゃない! それでどうだった?」


『いや、それがですね……』



 歯切れの悪い返事、それは空振りだったと察するには十分だ。

 森口君だけでなく他にも人員を割いて、あの映像を元に繁華街で聞き込みを行えば、映っていた男の身元はあっさりと割り出せた。

そして任意で事情を聞く事になったのだが、その男はなんの抵抗もしなかったそうだ。

もし誘拐犯なのだとしたら、こんなに素直にいうことを聞くのか不審に思ったらしいが、手間が省ける分には文句はなかった。


 そして、行われた取調べで男は誘拐を否認した。

というか、「10歳を超えたらババアだ!」とか「俺は小さい子にお菓子を配っていただけだ! 俺には毎日がハロウィンなんだよ!」などと、意味不明の供述をしたらしい。


 この発言が本当なら、夏音さんを含む12歳の女の子たちは、彼の狭い狭いストライクゾーンから外れる事になるのだけど……。



「で、その話をそのまま信じたわけじゃないでしょうね?」


『もちろん。だから色々調べましたよ。だけど、シロだってはっきりしてね。

 ホントに小さい子に話しかけて、お菓子を配ってただけだったの』


「嘘でしょ? 意味が分からないわ……」


『いやでも、例の映像に映ってた子もお菓子を差し出されて、いらないって答えたら、そのまんまどっかいったって言っててね……』


「あの子も誰なのかわかったのね」


『うん。よく来る子で、近所の店の人が親とも顔見知りだったんだよ』


「それじゃあ、捜査は振り出しに戻ったわけね……」



 小さくため息をつき、私の勘も鈍ったものだななんて肩を落とした時、電話口から新たな情報が飛び込んできた。



『それが、昨日も失踪者が出てたんですよ……』


「えっ!? じゃあやっぱり関係あるのかしら?」


『それは調査中。だけど調べた感じ、あの男は悪い意味で有名人だから、誘拐なんて目立ちすぎて無理じゃないかな』


「裏は取れてるの?」


『それを調査中なんだよ~。それで新しい失踪者の捜査もあるし、今から現場に行くことになってるんだ』


「あ、その失踪した人の情報ももらえるかしら? こっちでも調べてみようと思うのだけど」


『えーっと……、本当はまだそっちに渡す段階じゃないんだけど……』



 警察組織の悪いところがこういう時出る。

けれど彼相手なら、そういうしがらみも少しは壊せるだろう。

持つべきものはコネ、これはどんな場面でも有効なのよ。



「出し惜しみしてると、手がかりを失うかもしれないわよ?」


『んー……。あ、そっか、ナトさんには手伝い頼んでる事になってるし、渡しても大丈夫だね』


「そういえばそうよね。それじゃ、メールで送ってもらえる?」


『はいさー。それじゃ、手伝いを頼んでるけど、ナトさんも無理しないでね』


「森口君もちゃんと水分取るのよ? まだまだ暑いんだから」


『あー、正直外出たくないよぉ……』



 他の人に聞かれないよう小声で泣言が聞こえてきたが、はいはいと受け流し電話を切る。

それにしても、彼も大変な役回りだ。空振りしても、警察犬のマサ君がいつも通りニオイを辿れなくても、現場に出て調べなければいけないのだから。

やりたくてやっている私たちとは、モチベーションも違うのかもしれない。



「ナトさん、電話終わりましたか?」


「あ、印南君。待たせちゃった? あら? お昼休みは終わってないけど」


「いえ、ちょっと気になる内容を話していたようだったので……」



 立ち聞きしてしまった事に、少しばつの悪さを感じているようだが、彼も気になっているようだ。



「えぇ、昨日の映像の男を取調べしたそうよ。結果はシロらしいけどね」


「そうなんですか……。それじゃあ、やっぱり夏音さん達は本当に神隠しに……?」


「あきらめるのは早いわよ。ちょっと分かってる事を整理しましょうか」



 そうして私たちは残り少ない昼休みを、資料と睨めっこして過ごすのだった。

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