今回の更新は以前、小説家になろうにて投稿した
短編「文学少女はゴーレムを創る」の加筆修正版となります。
「いっけな~い! 遅刻遅刻~!」
私、野口 恵美利。高校二年生!
ただ今トーストする間も惜しんだ食パンを咥えて早朝の通学路を爆走中!
大丈夫! 今の時間なら転校生と角でぶつかるなんて事はないからね!
もちろんトラックにぶつかる事もないよ! きっとね!
どうして早朝に学校まで猛ダッシュしてるかって? それは、憧れの先輩に会うためだよっ!
「先輩! おはようございま~す!」
「野口か、今日も早いな」
少しぶっきらぼうば喋り方をするこの人こそ私の王子様! 関口 水季先輩!
成績優秀で文武両道、テニス部の部長で全国大会にも出るほどの実力の持ち主。
みんなは先輩の事を無愛想で冷たい人だって言うけど、私は先輩が本当は優しい人で、とっても努力家で、こうやって早朝から練習をしてるひたむきな人だって知ってるの!
今はただこうやって朝の挨拶をして、離れたところから見ている事しかできないけどいつかは……。
そう思っていたのに、最近先輩の周りに悪い虫が迷い込んできたの!
「あ、野口さん! おはようございます!」
「おはよう、福神さん」
コレがその悪い虫。今年テニス部にマネージャーとして入ってきた福神 圭子。
先輩が早朝から練習してるのを知って、わざわざ私より早く来て先輩の隣を奪う嫌な女。
いつもニコニコしていて誰からも可愛がられるくせに、先輩をも狙うふてぶてしいその姿を見るとイライラして仕方が無い!
その顔はニコニコだけじゃなくモチモチしててまるで大福じゃないの!
今にもその頬を全力で引っ張ってやりたい! そしてその生地を引きちぎって中の餡を引きずり出してやりたい!
その餡もパンに詰めてやるわ! そしてばい菌に濡らされて「顔が濡れて力が出ない~」ってお決まりのセリフと共にヘナヘナになればいいのよ!
「新しい顔よ!」の声と共に新しい顔と差し替えられて、古い顔に使われた憎き餡はその辺の地面にぶちまけられて人知れず朽ち果てればいいのよ!!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここまで書いて私は我に返る。
「なにこれ……?」
書かれているモノに目を通すと、ソレは脳内プロットとは似ても似つかない文字の羅列だった。
なぜ私がこんな狂気的で猟奇的な怪文書を書くに至ったか。
それは数週間前の焼け焦げるように暑い夏の終わりまで遡る。
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「彼が例の小説を書いた、入福 大介君。大福君って呼んであげてね」
私の憧れの先輩、関屋雫様は今までに見せた事のない満面の笑みでその男を紹介した。
しかも「大福」だなんてアダ名で呼ぶだなんて……。
雫様と言えば冷静沈着、漫研の氷の女帝、学校の裏も表も仕切る姉御などと呼ばれており、私は密かにお姉さまと慕っている。
男どもを呼ぶ時など「あの人」「その人」どの人よ? とツッコミを入れたくなる塩対応。良くて苗字呼びだ。
そんな雫様がアダ名で……、しかも遅れて咲いたひまわりのような笑み……。
私だって「えみにゃん」とか「えーみん」とか「下僕」と呼ばれたい!
特に最後のは雫様の所有物感があるので超オススメです!
私の脳内はお姉さまの笑顔に負けず咲き誇る百合の花畑と、ドス黒い感情、劣情が渦巻いていた。
お姉さまに踏まれたい……。ゴミを見るような目で蔑まれたい……。
「私、新ノ口 江美です。文芸部部長として入福君の入部を歓迎します」
私としては完璧だった。彼をどう思おうとも部長として他部員と変わらぬ対応をする、それは文芸部と漫研という違いはあれど、憧れの雫様と同じ部長を任された者として当然の行いだ。
おこがましくも先輩のような存在になりたいと願うならばなおさらの事。
けれど発せられていた言葉は、英語を直訳したような、心ここにあらずと表現するべきか。
もしくは元より心を持たぬAIが作り出したようなシロモノであった。
「私の紹介だけどさ、普通に部員として鍛えてあげてね」
「もちろんですよ! 小説投稿サイトで底辺呼ばわりされない程度には鍛え上げますから、安心して下さい!」
これは文芸部の、というよりは私の目標だ。文芸部部長として、どこに作品を投稿しようとも一定の評価は得られる程度には力を付けさせたい。そのため部の活動は他の文化系よりしっかりしている。
多くの作品を読み、そして書く。書いたものを皆で読み、何がどう良いか、より良くするにはどうすればよいかの議論を毎週部員全員で行っている。
代々キツめの活動方針であった事もあり、ガチ部と呼ばれるほどだ。
故に新入部員が少ないのが悩みだったが、漫研の女帝こと雫様が「話作りが好きな人は文芸部へ」と漫研の入部希望者を文芸部へと誘導してもらえた事で、この二年間は部員数が増えていた。
初めて彼女の存在を知った時は恐怖しか感じなかった私だったが、そのような優しさに触れて落ちない訳がなかった。
それからは部長会議など会える機会を窺っては話をするようになり、いまでは誰よりも雫様の事を理解していると自負していた。
「それに約束の漫研への原作提供のためにも、しっかりとした物を作りたいですからね!」
それは私が取り付けたチャンス、漫研の文化祭に出展する漫画の原作を文芸部の作品から出すというものだ。
建前上は部員勧誘のお礼となっているが、これをきっかけに雫様へ私の作品を売込みもっと深い仲になれれば……、というのが本音である。
「はりきってくれるのはありがたいけど、あんまり部員をいじめちゃダメだからね?」
そう釘を刺されたのが二学期の開始まであと数日となった頃だった。
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そして今日まで私は文字列の作っては壊しを繰り返していた。
「ダメダメダメダメ……。もっと根本から見直さなきゃ……」
私は一人自室にてブツブツと繰り返し唸っている。
「オリジナリティなんて要らないの。そんなもの不定形生物だ。形も保てず崩れ落ちるだけ。
必要なのは太い骨組み、堅い装甲、そして全てを突き破る強さ……」
「そう、私に必要なのはゴーレム! 奇をてらった不定形生物なんかじゃなく、ゴーレムなのよ!!」
鉛筆に攻め立てられているノートがガリガリと悲鳴を上げる。
「江美ー、何時だと思ってるの! 早く寝なさい!」
窓の外を見れば欠けゆく満月と目が合う。時計は零時を少し過ぎたところだった。
「はーい」と生返事をして私は書き続けた。
明るい性格だけれど恋に臆病ななヒロイン、理想的な先輩、愛される敵役……。
そこから広がるストーリーに、最高傑作の予感を感じ、私の心は昂ぶっていた。
……そして出来上がったのが、先ほどの怪文書である。
「どうして……どうして……」
読み返して再起不能までに心は砕かれた。いや、砕くなんてものではない。
破片もなく砂となって風に吹かれるそれは、粉砕と呼ぶにふさわしい。
私はテンプレゴーレムすらも創れぬ、出来損ないだ。
「ていうか、もう寝よう」
全てにウンザリした時は寝逃げに限る。
けれど脳内は、未だにオーバーヒート中。眠れるわけもない。
「私のゴーレムはドス黒い感情……、まるでスライムのようなそれに呑まれてしまった」
そんな想いがぐるぐる巡り、眠りよりも深いスランプへと私を引きずり込む。
「……スライム攻×ゴーレム受?」
翌朝、私を見つめていた月があきれ果て、薄く細い影へと馴染む頃、私の目の下の隈と共に過去最高の作品は完成した。
だがそれは、とても文芸部の作品として提出できるものではなかった。
……が、一部界隈では非常に評価が高いものとなる事を、その時はまだ知る由もなかった。
どういうテンションで当時これを書いたのか、俺自身わからないよ……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!