女子高生は噂好きだ。いや、女性はそうだと言うべきだろうか。
ただの偏見だと言われてしまいそうだが、僕のイメージではそうだ。
けれど火の無いところに煙は立たぬと言うし、きっとその噂話にも、なんらかの元ネタというものがあるのだと考えている。
そんなわけで今回気になる噂を聞き、調査する事にした。
その噂というのが“森の幽霊”というものだ。
「町外れの神社の森に幽霊が出る。そしてその幽霊が人をさらう」
要約すればそんな話が耳に入ってきた。
立ち聞きした形になってしまい少しモヤモヤするが、聞こえたのだから仕方ない。
むしろ、彼女たちは自身の声がよく響いている事を自覚した方がいいと思う。
それはさておき、なぜこの話が気になったかだが、その神社というのが悪友である上二の家であるからだ。
神社の敷地にある小さな丘、それが現場だ。
今回は噂の真相を確かめるべく森に入るという事で、本格的な登山グッズを大学のワンゲル部から借りてきた。
いや、登山と呼ぶにはあまりにも小さな丘なのだが……。
幽霊はともかく、本当に何らかの事態があった場合に備えるなら、この程度は必要であろう。
テントに防寒着、それに非常食。
ワンゲル部部長は新たな登山家に喜んだのか、もしくはただのおせっかいか……。
必要になりそうなもの一式を、快く貸し出してくれた。
森に入る前にもう一度荷物をチェックする。
念には念を、それが僕のやり方だ。
「本当に行くのか?」
「あぁ。上二だって変な噂流されたままじゃマズいだろ?」
「そうだけどさ……。けど、もしもの事があったら……」
「なんだよ、いつになく不安げじゃないか」
「そりゃそうだろ! 明日香が居なくなって、その上お前までそんなことになったら……」
「心配しすぎだって。それに今までこの森で行方不明になった人はいないだろ?」
「それは……」
上二は暗い顔を隠すように俯く。
今まで長いこと二人でバカやってきて、互いに知らないことなんて無いと思っていたが、こいつもこんな顔するのか……。
だがその後の話は、相手の全てを知ってるなんて思い上がりだと思い知らされる。
「一人いるんだよ、居なくなった奴がさ……」
「冗談……、言ってるわけじゃなさそうだな」
僕は手を止め話を聞こうと、散らかった登山グッズをそのままにレジャーシートを広げて座る。
それによれば、上二が小学三年の頃、5つ年上の姉が行方をくらませたらしい。
当然、大騒ぎとなり、大人たちは夜中に町中を探したが、見つからなかったそうだ。
そんな中、上二だけが森に行ったのではないかと、日が登ってから探しに出たそうだ。
結局、森中を歩き回っただけで、何の成果もなくトボトボと帰ってきたのだった。
戻った上二が、大人たちに姉の手がかりがあったのか尋ねれば、姉など居ないと、皆の記憶からも姿を消していたのだという。
「もしかして、夜の森に入るなって再三言ってたのって……」
「あぁ。森が御神体だっていうのもあるけど、この事があったからだ。
といっても、誰も信じちゃくれなかったけどな」
「……僕は信じるよ。でも、だからこそ調べないと」
「おい、話聞いてたのか? この森は普通じゃないんだって!」
「大丈夫だろ? だって今は昼だし、中に入ったことのある上二は、こうしてここに居るじゃないか」
「そうだけど……」
「それに、万一に備えての準備だって、見ての通りさ」
広げられた登山グッズを指差すと、上二も少しあきれた顔を見せた。
僕の用意周到さには、いつだってこんな顔をするんだ。
「もし帰ってこなかったら、ここを立ち入り禁止にするんだ。噂が本当だってことだからな」
「へっ、その時は森の木全部切り倒してでも迎えに行ってやるよ」
「ははは。御神体のためにも、そうならないことを祈ろうかな」
荷物を詰めなおし、そう言葉を交わす。
不安そうな顔で見送る上二を背に、森へと歩みを進めた。
森へと入れば、真夏とは思えぬほど涼しく、あの煩わしい蝉の声も聞こえなくなった。
耳に入るのは風のざわめき、そして木々の匂いが心地いい。
けれど森林浴を楽しんでいる場合ではない。持ち込んだコンパスと、衛星写真を手に歩き出す。
ありがたいことに、木々の密度は予想していたほどではなく、木漏れ日から太陽の位置を確認できた。
左手側から光が差しているため、そちらが南だ。そして進行方向は西、コンパスもそう指し示している。
いたって普通の森だ。あの噂さえなければ。
なぜそこまでこの森に執着するのかといえば、八木先生の事件がここと関係していると考えたからだ。
天文部員の高田 市花と、八木明日香先生は同時期に失踪した。
だが、警察は二人の失踪に関係性は無いと考えているようだ。
最後に目撃されたのが、時間も場所も別々なのだという。
けれど二人の接点である天文部は、上二の計らいで神社の敷地内で観測をしている。
そして例の噂、さらには上二の姉の話。
怪しい点が揃いすぎているのに、調べもしないのは学者のはしくれとして気が済まない。
元々は、上二が彼女である八木先生の事件でずっと塞ぎこんでたのもあって、なにかできることがないかと思い始めた調査だった。母校に話を聞きにいったのも、そのためだ。
だけど思わぬ噂を聞いた事で、今こうして非常に怪しい森を進む事になるのだから、何事もどう転ぶかわからないもんだな。
何か手がかりがないか、もしくは噂の幽霊がいないかと周りを見回しながら歩く。
時折コンパスを確認し、衛星写真と見比べ中心部へ向かう。
重い装備のせいもあるが、疲れたら早めに休憩。体力を温存だ。
持ち込んだ食料をつまみ一息つくと、再びひらすら歩く。
そうしていると、目の前に開けた場所が見えてきた。
あれが中心部なのだろうかと思い駆け出す。
しかしそこで見たものは、苦笑いの上二の顔だった。
「えらく早いお帰りだな。忘れ物か?」
「え? かなり歩いたはずだけど」
「いや、5分と経ってないぞ?」
そんなわけないだろうとスマホを取り出すが、上二の言う通り出発してから2、3分といったところだった。
それに、コンパスだけでなく太陽の位置から方角を確認しながら歩いたというのに、なぜ元の場所へ戻ってきたんだ?
僕は訳が分からなくなり、そのまま森へと再突入したのだが……。
「お前さ、何がしたいんだ?」
「僕にも何がなんだか……」
何度やっても同じで、ただただ食料が減っていくのだ。
その様子に上二は「早食いにもほどがあるだろ」と言うが、その異常さは上二も気付いていた。
二人で顔を合わせ、ただただ困惑するばかり。
手がかりを探すどころか、森の探索すらできていない。
「もしかして、僕って森に嫌われてるのかな……」
「もしくは、重度の方向音痴かだな」
二人で同時に「はぁ」とため息をついたものだから、少し可笑しかった。
上二は、大きなリュックに抱き着くように座る僕を見つめる。
「でも……、お前がどっか行っちまわなくてよかったよ」
いつもの憎まれ口を叩く上二も、今回ばかりはえらく素直だった。
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