爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

古市進の見る世界 [1]

公開日時: 2021年4月12日(月) 18:05
文字数:2,790

あれほど暑かった夏もようやく終わりが来たのか、少し過ごしやすくなった教室。

教壇から見下ろす先には、4名ずつ机を寄せて話し合う生徒たち。教科書を広げ、互いに意見を出しあいながら、それをノートにまとめている。

各々が言葉を発するせいで少々騒がしいが、それも昼休みを告げるチャイムと共にぴたりと止んだ。



「はい、今回はここまで。次回は発表してもらいますので、まとめきれていない班はそれまでに仕上げておくように。

 では号令を……。今日の日直は瀬戸さんでしたね」



 名を呼ばれた女生徒は自身が日直だった事をすっかり忘れていたのか、私の話を全く聞かず、弁当の入った袋を机の上に出した所だった。

それ自体は他にも気の早い生徒が居たので別に咎める気もないのだが、隣の席に座る彼女と仲の良い女生徒は呆れ顔でため息をついている。


 そんなマイペースな彼女の号令の元、皆が一礼をする姿を見ると、なんだかんだでこの学校の子達は皆いい子であると感じた。

もう10年近く前になるだろうか。「前任の高校では授業すらも満足にできない学校だったな」などと、思い出と言う名の苦労話を少しだけ思い起こしながら、廊下へ続く引き戸を開けると、そこには印南先生がちょうと通りかかるところだった。



「あっ、古市先生。お疲れ様です」


「お疲れ様です。4限目は隣だったんですね。騒がしくありませんでしたか?」


「いえ、声は聞こえてましたが、授業に支障が出るほどではなかったですよ」



 やはり少々うるさかったようだ。次からは視聴覚室でも借りようかと反省する私をよそに、彼は本当に気にしていないのか、教室をちらりと覗き込んだ。



「何か気になる事でも?」


「あっ、いえ。ただ古市先生の授業は人気のようなので様子を……」


「印南先生は赴任してすぐですから、互いに手探りな所もあるのでしょう」



 彼は二学期から配属された新人の理科の先生だ。

元々理科の担当教諭だった先生が、夏休みに失踪したため急遽配属が決まったのもあり、あまり経験もない彼に白羽の矢が立ったのだ。そのため彼自身が慣れていないのはもちろんだが、生徒もどう接していいのか悩む所だろう。


 しかし、それも今だけの話だ。この高校は進学校としてそこそこ有名なため、いわゆる問題児も少ない。むしろ塾で事前に授業内容を学習しているため、教師が不要なのではないかと思うほどに皆理解度が高いのだ。

最悪の場合、授業も単位を与えるためだけに学習指導要領に従って行えばいい。授業のコマ数と出席日数さえ満たしていれば事足りる。



「それに私だって少し前までは退屈な授業で有名でしたしね」


「え? そうなんですか? 今じゃ考えられないですよね。

 何かコツってあるんですか?」


「コツ……というよりは、考え方が変わったといったところですかね」



 職員室までの道すがらそう話をすれば、ぜひ参考にさせて欲しいと昼食を共にする事となった。

まだ若いというのもあるのだろうが、熱意は十分のようだ。

前任の先生のように、この子も生徒に慕われる良い先生になれるだろう。

そんな未来を思いながら、昼食の弁当を二人で食べつつ私は過去の失態を話し出した。



  ◆    ◆  



 その日もよく晴れた日だった。

新年度早々の緊張感のある新一年生とは違い、もはや日常でしかない三年生ともなれば、だらけ切った態度になるのも無理はない。それが持ち上がりでクラスの顔ぶれが変わらないならなおさらだ。


 開けられた窓から吹き込む優しい風が、ふわりとカーテンを揺らす午後の授業。

私の担当科目である古典の授業など、全部暗記してしまえばなんとでもなると言わんばかりに、皆授業など聞いてはいない。


 いつもなら他教科の課題を進めたり、受験に向けてな授業時間とする生徒たちも、そこまで追い込まれた状況ではないのか、もしくはまだ実感が沸かないのか……。皆眠りこけてしまっている。


 ある意味でいつもの光景だ。優秀な生徒であればあるほど、退屈な授業など睡眠時間に当てた方がマシと考えるものだ。

けれど、さすがに全員が眠ってしまう事態は、さすがに偉業を達成したのではないかと思う。もちろん悪い意味で。

私は深いため息を付き、誰も聞きはしない授業を中断した。


 普通の学校であるならば、ここで一喝入れてたたき起こす所であろうが、そこはこの学校の自由すぎる校風のため御法度だ。学校の方針が『生徒の自主性を重視する』というもののせいか、成績さえ十分ならば授業態度は問わないのだ。

おかげで非常に楽な仕事である。やってるフリで十分なのだから。

窓際に立ち思いふける。あの頃はやりがいを感じていたなと。


 前任の学校は、少々荒れていた。

授業をサボるなど日常茶飯事だし、授業中にふらっと出て行って居なくなる生徒だっていた。

校外でも揉め事を起こし、何度関係者や警察に頭を下げたか数えられないほどだ。

 しかし、当時は「大変だ、なんて所に赴任してしまったのか」とボヤいていたが、やる事があるのはある意味幸せな事なのだ。今や私は居ても居なくても構わない、まさに空気だ。


 このまま数年後に迫る定年退職まで誰の目にも留まる事無く、ただただ日々を過ごすのだろうかと考えると、もはや隠居した爺さんだなと自嘲していた。

いや、年齢もあって体力的に悪ガキ共の相手はそろそろ限界だろうという配慮があっての転勤だったのかもしれない。であるなら、こうやって半隠居という生活は正しいのだろうが……。


 静か過ぎる教室内に、窓の外から鳥たちの鳴き声が流れ込む。

頬をなでる風に、このままでは私自身も眠りに落ちてしまいそうだと、眠気覚ましの作業を片付ける事にした。これでは生徒たちのなど咎められないな。


 黒板横の壁に畳まれ立てかけられたパイプ椅子を教壇へと置き、鞄の中から紙の束を取り出す。それは新一年生に課していた春休みの宿題だ。

古典の理解度を測るため、いくつか問題とひとつの物語を現代語訳する内容だ。どちらも回答例を写せばそれで済む話ではあるが、そういった事をする生徒は古典を苦手とする生徒だ。逆に気をつけておかなければならない生徒を発見するのに、この課題は意外と有効だった。



「今は昔、竹取の翁といふものありけり」



 そう始まる物語、誰もが知る竹取物語だ。この学校を志望する者であれば、非常に簡単な問題であると言える。

先の理由から問題の難易度はあまり重要視していないものの、どうやら少し有名どころすぎたようだ。


 皆の現代語訳は頭の中の覚えている話を書いたようなもので、訳したとするなら様子のおかしい物が意外なほど散見された。

逆に、三寸という単位にわざわざ「約9.1センチ」といった注釈を入れるマジメな生徒も見受けられ、個性が出るものだなと微笑ましくなる。


 その中でも特別異質な回答を見かけた。

それはどうやら「現代語訳」の意味を履き違えたようで……。

私はその訳を理解できる言語に翻訳してもらわねばならない事態に陥ったのだ。

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