「という訳で、今サンタのお爺さんは、各種手続きために学園運営局へ行ってるの。
工場での手伝い中は、さっきの村で住み込みになるから学校には行けないんだけど、指名依頼って事で公欠扱いだから、鬼若君の事は心配しないでね」
「え? 指名依頼だと、学校休んでも大丈夫なんだ?」
「主様、今までのクエストもほとんどが指名依頼で、学校は欠席していましたよ」
「あぁ、そうなんだ。いつもの落雷の後遺症だから、気にしないでくれ」
カオリに爺さんの話を聞いたあと、今後の事を決めていたのだが、また俺の知らない情報が入ってきた。
しかし考えてみれば、クエストは形式上、学園運営局からの依頼になるのだから、その下部組織である各学校が対応しない訳がないか。
「それじゃぁ、カオリたち3人はここに残って工場の手伝いだな。
俺達は依頼されているわけでもないし、撤収させてもらおうか。
まぁ、依頼されたとしても、俺じゃ手伝える事はないしな」
「主様、御側に居られませんが、何かあればすぐにお呼びください。必ず参りますので」
「俺の事よりさ、爺さんを助けてやってくれ。頼りにしてるぞ」
「はい、主様のご期待にそえてみせます」
うーん、多少慣れてきたとは言え、やはりこの無駄に丁寧な鬼若は違和感があるな。
というか、爺さんと話している時も途中から地が出ちゃってたし、わざわざそんな事しなくて良いと思うんだけどなぁ。
無理してるなら、俺がやめさせるのが親心というやつか……。
「鬼若、その喋り口調さ、しんどくないか?」
「えっ……、変でしょうか……」
「いや、別に変じゃないんだけどさ。
けどもし鬼若がやりたくないのにそうしてるなら、俺は無理する必要はないと思うぞ?
俺自身適当だしな」
「主様は、姿こそ変わりましたが、昔と変わらずお優しいですね。
だからこそ俺は、その隣で立つに相応しい者になりたいと思っています。
そのために必要かどうかは分かりませんが、やれる事をやっておきたいのです」
「そっか、それなら止めないさ。ま、あんま頑張りすぎんなよ」
鬼若の言う「昔の俺」がどんな奴なのか、俺は知らない。
けど今の俺は、鬼若が決めた事なら、間違ってないと信じてやりたい。
結果はどうあれ、きっと鬼若にとって良い経験になるだろう。
さて、懸案事項であるストーリーの破綻は、なんとか回避できているようだ。
周回要素があるはずなんだが、やっぱり工場の手伝いがそうなのか?
それはカオリ達に任せるから構わないんだけど……。あっ!
カオリ居ないんだったら学校どうしよう。一人じゃ授業受けるのもままならないぞ。
「なぁカオリ、俺もなんとか休めないかな?」
「まくま君……、ちゃんと学校に行こうね?」
「まくら一人での学校生活は厳しいんだが」
「それなら、ベルさんに付いて来てもらえばいいと思うよ。事情を話せば許可も出ると思うし」
「それは良い考えですね。我もまくら様の学校を見たいと思っていたのです」
「それなら大丈夫か」
そんな話を聞く鬼若の顔は、悔しいような、なんともいえない表情だ。
そりゃ鬼若は付いてきたいだろうが、クエストが無ければ中等部の授業があるのだから、鬼若が俺の付き添いで学校に来る方法はない。
そんなわけで、ぐっと我慢しているのが見て取れる。少し可哀想だが仕方ないな。
「それじゃぁチヅル、行こうか」
「はい、旦那様」
「えっ、旦那様!? いや、チヅルの旦那様は、トイレに引きこもってますが」
「……? 前から旦那様と呼ばせていただいておりましたが」
「そうだっけ? うーん、ぞわぞわする。まくらって呼んでくれ」
「はい。では、まくら様とお呼びしますね」
「それじゃ、チヅルの“旦那様”を引っ張り出さないとな」
「ふふふっ、アルダさんを“旦那様”なんて呼んだら、彼どんな反応するかしら」
あ……、チヅルが若干乙女な雰囲気を出してる……。他の人に対する反応と全然違うじゃないか。
普段はあんなに落ち着いているのに、アルダの事になるとデレっとしてしまうのか。
惚気夫婦の甘ったるい空気が、身に染みるぜ……。
「まままっ……! まくらさんっ!! チヅルに何を吹き込んだんですかっ!!?」
「おっ? アルダ完全復活してんじゃん。元気になって何より」
「いえ、そうではなくっ! えぇ、元気になりましたけどっ!」
「じゃ、行こうか」
「ちょっとー!?」
チヅルの旦那様攻撃でアルダは立ち直ったようだ。気が動転しているようだけどね。
こうして俺達は工場を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ところでアルダ、ひとつ気になってる事があるんだけど」
「はい、何でしょう?」
道中、俺はさも世間話のように問いかける。
「サンタの爺さんがさ、言ってただろ? トナカイは群れるものだが、二頭ほど足りないとかなんとか。
それって、バウム以外にもトナカイがいるのか?」
「あぁ、それでしたら、義父さんとバウムの元居た世界には仲間がいたそうです。
私は違う世界出身なので、詳しくは知りませんけど」
「そっか、バウムたちと同郷の人なら分かるのかな」
「何か気になる事でも?」
「いや、俺の知ってる話だと、トナカイは8頭だったり、9頭だったりしてな。
それぞれに名前があってさ、その中に爺さんの言ってた名前もあったから」
「それでしたら、ヴィクセンとダンダーという名が出ていたと記憶しております」
「そうそれ。ベル、よく覚えてたな。
それでさ、トナカイの名前には意味があって、『ヴィクセン』が『口やかましい女』、『ダンダー』が『雷鳴』なんだよ。
なんでその二頭なのか気になったんだよね」
「意図が無いのでしたら、名を出す必要性を感じません。
まくら様、他のトナカイの名前は分かりますでしょうか」
ベルはさっと羽衣を変質させ、魔力操作でメモ帳のように変える。
手元に紙やペンが無い時にベルが時々やっている記録法だ。魔力を流せばメモを取れるらしい。
俺にはもったいないほどの優秀な侍女兼秘書だ。
ともかく、俺は昔調べた、トナカイの名前を思い出す。
今後のクリスマスイベントで出てこないかと期待して覚えたんだが、結局出なかったな。
「他には、ダッシャー、ダンサー、プランサー、コメット、キューピッド、ブリクセムだな。
もし俺達をそれぞれに当てはめるなら、前から順に鬼若・ベル・クロ・アルダ・カオリになるかなと。
まぁ、これは俺の勝手なイメージだけど」
「残ったブリクセムがバウムでしょうか」
「うん、それ違和感あるなって思っててさ。だからブリクセムは、俺じゃないかと」
「なるほど。雷に撃たれたまくら様なら、違和感はありませんね」
「それが、何か問題でもあるんですか?」
「なぁアルダ、バウムは俺の事を、ただのまくらだと思ってたよな?」
「あっ……」
俺の言葉を聞く前から、アルダ以外は気付いているようだった。
いや、元よりベルやチヅルは、すぐにこれがただの世間話ではないと悟っていたようだ。
さて、ここからが本題だ。この答え次第では、俺の今後に関わる可能性もある。
爺さんが俺の事を『ただのまくらではない』と見抜いていたのなら、転生者だという事も気付いている可能性がある。
もしそうなら、世界の真理に気付いてるって事だ。それは、世界の破綻を引き起こしかねない。
まくら姿という、大きなハンデを負う俺は、知識という優位性と、世界の秩序を守る必要がある。
場合によっては運営に全てを話し、協力を仰ぐ必要も出るだろう。
「勘の良いまくら様ですこと……」
チヅルはくすくすと笑い出す。
えっ……、まさかチヅルが全ての黒幕だったのか!?
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