爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

関屋雫の見る世界 [3]

公開日時: 2021年3月9日(火) 18:05
文字数:3,908

「さてと、いつまでも喋ってても終わらないし、作業しよっか。

 美沙、手伝える作業こっちに回して」



 そう言うと美沙は、私に頼める作業を指示してくれる。

大福君も手伝うと言ってくれたけど、さすがに部員じゃない人に手伝ってもらうのもどうかと思うし、何よりさっき絵は苦手って言ってたので美沙から断られた。


 そしてしばらくは皆静かに作業していたので、部屋にはカリカリと筆を走らせる音と、大福君が読んでいる本のページが捲られる音だけが残された。


 ちなみに私はすでに文化祭に出展する作品を仕上げてある。

もし描きたい内容が浮かべばもう一本と考えているが、追加分を作るならオリジナル作品と思っていると、なかなかいいアイディアも浮かばず、どうしたものかと悩んでいるところだ。



 ◆ ◇ ◆ 



 一時間と少したった頃、私の集中力は限界を迎えた。いや、実際にはもっと前に限界を迎えていたように思う。

人間の集中力は、15分程度で下がっていくと聞くし、そう考えると頑張った方だ。



「ふぅ……。ちょっと休憩にしましょうか」



 急に発せられた私の声に、美沙と大福君の視線が集まった。

しかし聞こえていないかのように朝倉さんは黙々と作業を続けている。

私達よりも早く始めているのにまだ集中できているなんて、彼女は本当に人間なのかと疑いたくなる。



「飲み物買ってくるけど大福君何がいい? あと、朝倉さんは何が好き?」



 筆が乗っている人の邪魔をしないのは鉄則だ。

だけど根をつめるのも良くないので、朝倉さんも休憩させようと思う。



「あ、俺が買ってきますよ。先輩方は何が良いですか?」


「気遣ってくれてありがと。でも座りっぱなしだし、ちょっと動いた方がいいと思うのよね。

 それに先輩の厚意は、黙って受け取っておくものよ」



 先輩としてちょっと格好つけてみたけれど、彼は少し戸惑いながらも礼を言って送り出す。

美沙は、はじめから私に行かせる気だったのが見え見えだったので、強制連行だ。


 外へ繋がる引き戸を開けると、膨張し切った空気がモワッと襲い掛かってきた。

夏の終わりが近いとは思えない暑さに若干怯んだが、私たちは自動販売機を目指して歩み出す。



「ねぇ美沙。結構作業も進んだし、午後から久々にオタ狩りに行かない?」


「行きたいけどさ~、完成してないし、今度いつ作業できるかも分かんないしな~」



 ここで言うオタ狩りとは、オタクを狩る不良行為ではなく、オタグッズを狩りに行くという意味だ。

初めてその言葉を聞いた時に美沙が勘違いした事から、二人の間ではそちらの意味で使っている。

けど、知らない人に聞かれると誤解されるだろうな。



「なんで今日行こうとおもったのさ~? なにか欲しいものでもあんの~?」


「欲しいものがあるわけじゃないんだけどね。

 でも、せっかく勉強を休んでるのに、ずっと漫研に居るのもどうかと思って。

 それに、朝倉さんは私が居ない方が落ち着くと思うし」


「あの子は、私達が居ても居なくても作業に没頭してると思うけどな~。

 まっ、いっか。その代わり日程ヤバくなったらまた手伝ってね~」



 元々そのつもりだったけれど、なんの躊躇いも無くこんな風に人に頼みごとができるのは少し羨ましい。

私もこういう風になれたら、もう少し回りの反応も変わるのかな……。

なんて思いつつ小銭を取り出し飲み物を選ぶ。



「私、ミルクティーね~」


「やっぱり奢らせる気満々だったか。まぁいいけど。

 大福君はフルーツオレで、朝倉さんにはイチゴオレって言ってたよね。

 私はコーヒー牛乳……。って売り切れてる!」



 私のお気に入り、激甘コーヒー牛乳のボタンが、売り切れの赤い文字が出ている事に気付き、がっくりと肩を落としてしまった。

見られたのが美沙だけならいいけど、コーヒー牛乳くらいで落胆する姿なんて他の人に見せられない……。特に後輩たちには!


 そう思い、周囲を横目で確認。少なくとも生徒の姿は見えなかったので、漫研の姉御の地位は守られた。って、そんなの守る気もないけど。

けれど一人、見知らぬ男の背が視界の端に映った。彼は私の言葉にピクッと反応し、振り返る。



「あ、もしかしてコーヒー牛乳欲しかったのかな? よかったらこれ、あげるよ」



 その人の手にあったのは、私の好物である激甘コーヒー牛乳だった。疲れた時には甘いものに限る。

しかし、それでも甘すぎると思うほどの、私以外に買っているのを見たことがない、なぜ自動販売機に置いてあるのか謎のコーヒー牛乳だ。



「えっ、でも悪いですよ……」


「いや、いいんだ。懐かしくなって買ったんだけど、これが最後の一本だったみたいでね。

 今はブラックでも飲めるようになったから、これじゃなくてもいいんだ」


「それじゃあ、お言葉に甘えて……。えっと、お金を……」


「いいよいいよ。先輩のオゴりってコトで」



 その大柄な男の人は、そう言って二カっと笑った。

元々目じりの下がった優しそうな人だけど、笑うともっとふんわりとした雰囲気を纏っている。

先輩って言ったけど、どれくらいの先輩なんだろう? 見た感じは20代前半って雰囲気だけど……。


 ともかく、知らない人に飲み物を貰うのはちょっと気が引ける。

けど大福君に「先輩の厚意は~」なんて言ってしまったし、ここで「それとこれとは別」なんて割り切れるほど、私は世渡り上手ではない。面倒な性格だって自分でも分かってるよ……。

ちなみに美沙は、もらえるモンは貰っとけな性格なので、怪訝な顔など見せる事はなかった。



「ありがとうございます」


「あ、そうだ。お金の代わりと言っちゃなんだけどさ、ちょっと話を聞かせてもらってもいいかな?」


「話ですか……?」


「うん。僕のお世話になった先生が行方不明になったって聞いてね……。八木先生なんだけど……」



 話を聞きたいなんて言うから、ナンパかなにかかと身構えてしまったが、そうではないようだ。

彼はただ、最近多発している“神隠し事件”の被害者になってしまった、恩師の事を聞きたいだけらしい。

立ち話もなんだからと、私たちは自動販売機前のベンチに腰掛た。



「えっと、先輩は八木先生のクラスだったんですか?」


「いや、担任のクラスになった事はないんだけどね。

 だけど、天文部の立ち上げの時にお世話になってね」


「天文部の立ち上げに関わったんですか。

 部の中で一番新しいとは聞いてましたけど、立ち上げに関わった人と会うなんて……。

 あっ、私、漫研部部長の関屋って言います。いつも天文部の人にはお世話になってるんです」


「そうなんだね、漫研との関わりも続いているようで良かったよ。

 僕は天文部初代部長、左近だ。よろしくね」


「はい、よろしくおねがいします」


「私は副部長の築山美沙です~。

 あの、天文部初代部長って言うと、なんかスゴい大発見した、有名な天文学者さんですよね?」


「なんかすごい発見……、か。君たちはなんだね……」


「えっ?」



 なにか言いたげな彼だったが、すぐに「なんでもない」とごまかした。

なにか気に障る事でも言ってしまっただろうか?

思い当たるのは、私が名前を聞いても有名人だと気付けなかった事かな?

うーん……。時事ネタや噂話に疎い上に、人の名前を覚えるのが苦手な私にとって、これは回避不能な地雷なんだけどな。

それは気にしても仕方ないか。その辺は、美沙の担当って事で。


 その後は、八木先生に変わった様子はなかったかとか、同じ時期に行方不明になった天文部の女子生徒の話だとか……。

他にも図書委員とその彼氏も行方不明になってるなどの話をしたが、その中に彼が知りたい情報はあったのだろうか。


 一通り聞き終えた彼は、礼を言うと、ブラックコーヒーを買ってどこかへ行ってしまった。

見送った私たちも、少しぬるくなってしまったジュースを持って、部室へと戻ろうと歩き出す。



 ◆ ◇ ◆ 



 この暑さの中、練習に励む運動部員達の声を背に廊下を歩く。

夏休みの学校では生徒だけでなく、教師の姿もあまり見ない。

そんな中なので、美沙はあまり人に聞かせたくない噂話を語りだした。



「ねぇ、知ってる? 街外れにある神社の森って幽霊が出るらしいよ。

 それで、その幽霊が夜な夜な人を攫っていくんだって。

 だから、絶対に夜にその森に近づいてはいけないとか……。

 最近の神隠し事件も、その幽霊のせいだなんて話があるらしいよ」



 小声でいかにもな雰囲気をかもし出しつつ語る美沙だが、この手の話はよくある怪談話だ。

けれどさっきの……、えっと、名前なんだっけ? あの男の人と話していた通り、最近は失踪事件が多発している。

そのため、学校内でも昔からある怪談話と合わさった噂や、もしくは異世界転生小説を真似た噂が流れている。


 もちろん私はそういったオカルト話は信じるタイプではないし、そんな噂を流すのを楽しむような趣味も無い。

そして美沙も、さっき話さずに今話すのだから、一応は言ってもいい場所と相手を分かってはいるようだ。

なのでただの噂話、もしくは世間話。本気にする事も、そんな根も葉もない話を広める気は無い。



「幽霊ねぇ……。そんなものが居るのなら、今頃この世界は幽霊だらけと思うのよね。

 だって古代人の幽霊の話って聞かないじゃない?

 それとも幽霊にも寿命があって、古い幽霊は自動的に成仏してしまうのかしら?」


「雫にはユーモアが足りないなぁ~。こういう話を楽しめないと、一次創作は難しいんじゃないかな~」


「ユーモアがあっても、そのネタで創作するのは不謹慎だと思うけど?」



 そんな他愛ない話を廊下に響かせながら、私達は部室へ戻ってきた。

けれど、もし本当にそんなオカルト話が実際にあったら……。

部室で待っているはずの後輩達が、忽然と姿を消していたら……。

私は幽霊よりも、大切な人たちが突然居なくなるほうが、何十倍も怖くなるのだった。

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