立ち入り禁止、そう書いてあっても、追いかけないわけにはいかなかった。
ただの立ち入り禁止ならまだしも、わざわざ“危険”とまで書いてあるのだ。
少女はこの事に気付かなかったのかと思ったが、そういえばローブをかぶっていたから見えてなかったのかもしれないと彼は考えた。つまり、彼女は何も知らず迷い込んだのだ。
しかし、何も知らないのは彼自身も同じだったと思い知らされる。
その先がどのように危険か、彼なりにいくつか脳内でシミレーションしていた。
たとえば配電設備だったり、水道関係の設備かもしれない。
あと考えたのは、空調設備だとかゴミ処理施設だったり、ともかく見られるのも近づかれるのも困る工業設備があるのだろうと考えていた。
しかし、実際に目の前に現れたそれは、洞窟と呼ぶのが適切な場所であった。
周囲はかなり古くに造られたトンネルのように、コンクリートで覆われていない掘っただけの壁面が続く。
それは苔むして緑がかっており、見るからにジメジメした雰囲気だ。
しかし実際には、不快になるような湿度はなく、さらにはご丁寧に松明を点々と灯してあるため、足元をほのかに明るく照らしてくれていた。
路面も舗装されていないため、走るには適さないが、歩いて進むぶんには問題ない。
彼はそれを見て確かに危険だとは感じたが、危険の方向性が思っていたものと違い戸惑った。
だが、自らの行いで、まだ幼い少女がこの危険地帯に踏み入ってしまったと考えると、引き返す選択肢などなかった。
「おーい、どこいったー? 危ないから戻るぞー」
声はいびつなトンネル内ではうまく反響せず、むなしく壁に吸い込まれるように消えた。
しかし相手は子供だ。それも女の子。体力では負けるだろうが、歩幅ではこちらに分がある。
ならばこの走れないであろう状況は、歩いていくだけで追いつける可能性の方が高い。
そのように考えられるほどには彼は落ち着いていた。
とりあえず進もう。そうして一歩また一歩と踏み出す足は、未だ今朝の夢を引きずっているかもように重かった。
けれど彼は、そのような根拠に乏しい“なんとなく嫌な予感がする”なんていうものに、思考を左右される人物ではなかった。
トンネルは長く、いくつもの枝分かれがあったが、どれもが崩れたり蜘蛛の巣が張っていて通った痕跡がなかったため、少女の行った先であろう道は推測できた。
しかし、肝心の少女の後姿は見つけることができない。
薄暗く先が見通しにくい、いわば朝夕のほんのり明るい程度の視界しかないのだ。
車であれば、だれもがライトをつけるほどの明るさだが、今彼が持っているライトはスマホに付いている写真用ライトくらいで、それでは先を照らせはしなかった。
足元に注意しながら着実に歩みを進めていると、暗がりの先に光が見える。
しかしそれは、出口の明かりではないようだった。小さな白い点が上下に揺れている。
そして、それが人であることがわかる程度まで近づくと、その上下に揺れていたライトでばっと顔を照らされた。
「うわっ、まぶしっ!」
「えっ!? 先輩じゃないですか!」
そこに現れたのは懐かしい、そして意外な人物だった。
急な明るさに目がくらんだが、それが徐々に慣れてきたころ、彼はその人物の名を瞬時に思い出した。
「あ? 堀口じゃん! なんでお前、こんなとこに居るんだ?」
「それはこっちのセリフですよ! ここ立ち入り禁止エリアですよ!?」
「あぁ……。それは知ってるんだが、ワケアリでな……」
その男の名は堀口涼河。彼が前に掛け持ちで週末にアルバイトをしていたファーストフード店の仕事仲間だ。
先輩と呼ばれているが、実際にはそれほど経験に差はない。だが物覚えが良く、他のスタッフにも気が配れるために、涼河だけでなく古株のアルバイトの人たちからも先輩と慕われていたのだ。
知った顔である安心感からふっと肩の力が抜けた彼は、笑いながらも事情を説明して勝手に立ち入った事を詫びた。
しかしそれは涼河も同じで、思い出話や今の仕事を“言える範囲で”喋りだしていた。
今の仕事、つまり地下ダンジョンの整備や警備だ。
「って事で、侵入者の知らせを聞いて、俺が来たってわけです」
「じゃあ、女の子も無事なんだな?」
「いえ、それが見てないんですよ。入ってきた人数は一人って出ましたし……」
それには彼も言葉に詰まる。確かに白いローブを着た赤髪の女の子が入って行くのを見たのだ。
なのに侵入者は一人……?
「……疑うわけじゃないが、それは正しいのか?」
「んー、多分。無駄に高性能な警備システムですしね。呼びましょうか?」
「呼ぶ……?」
そう言うと涼河は、スマホで何やら操作を始める。
わざわざ警備システムを見せるなんて、社内ルール的に大丈夫かと心配になったが、ダミーの防犯カメラのようにあえて見せたほうがいいタイプなのか、もしくは自慢したいかのどちらかだと納得することにした。
そしてその直後に現れたのは、予想もしないものだった。
「呼ばれて飛び出てなんとやら、なんだぜ!」
「なんだこれ……? 黄色いボール?」
「これが自立型A.I.搭載の警備システム、M-RⅢ型機なんですよ」
「正確には他の職員を含めての名前だから、私自身は局長って呼ばれてるんだぜ!」
コロコロと路面が悪い中転がってきたそれは、目の前に止まると顔を表示させてそう言った。
ボールの表面がすべてディスプレイとなっており、それが相手に向かって顔を表示させているのだ。
たとえ機械でも、ロボットでも、愛着が持てるように顔を表示しているのだろうと、なぜか彼は設計者か使用者の目線でその無駄機能を考察した。独特な口調も含めて。
「なるほど。これの部下たちが、隠れてこの中に潜んでいたわけか」
「理解が早くて助かるんだぜ。死角ナシで人が入れない所にも行けるんだぜ」
「無駄におしゃべりなのが、玉に瑕ですけどね」
そう言って涼河は笑う。しかし、彼は笑えなかった。
そんなシステムが反応しなかったとなると、あの少女は幽霊かなにかだというのだろうか。
それに、こんな場所があることも不思議でたまらなかった。これじゃ、まるでダンジョンじゃないか。
「わかった。それじゃぁ局長、念のため見回りを強化してもらえるか?
それとこれは純粋な疑問なんだが……」
「なんなんだぜ? 高性能な私が答えちゃうんだぜ?」
「いやさ、ここってなんのスペースなんだ?」
「えー……。あー、それは……、ですねぇ……」
しどろもどろな涼河に代わり、自称高性能なボールが得意げに答える。
「ここはアミューズメントエリアなんだぜ!」
「ん? なんだそれは?」
「地下都市は元々、都会に巨大な地下遊園地を作る計画だったんだぜ。
ここはその中のアトラクションの一つ、お宝さがしダンジョン迷路の一角だぜ!」
「ほう、それは面白そうだな。完成したら遊びに来たいもんだ」
「残念だけど、その計画は頓挫したんだぜ。
少子化とIR候補地に残れなかった影響で、今のように住職商混合超大型ジオフロントに計画が変更されたんだぜ!」
「えー、それは残念だな。迷路とか雰囲気あって作りこまれているのに……」
口からでまかせ、ではなくスピーカーからでまかせを局長は語る。
その姿に涼河はさすがは高性能A.I.だと感心したが、それすらも真実ではない事を知るのは、この中では局長ただ一人だった。
「そっ、それじゃあ出ましょうか。ここは色々と危ないですので……」
これ以上話を広げられるとこちらに振られた時に対応できないと焦った涼河は、そうそうに切り上げさせるのだった。
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