前回のあらすじ
まくら、二度目の爆死。じゃ。
ガチャ神の今日のひとこと
ワシ、復帰じゃ!
気付けば俺はそこに立っていた。
空は一面黒に染まり、針で穴を開けたように星々が輝く。
それは瞬きもせず、じっと俺を見つめる。
大地は白い砂で覆われ、星の光を反射させ、うっすらと光っていた。
地平線まで続く白い砂の大地と黒い空。
二色だけの世界に、蠍座の一等星だけが紅く燃える。
ふと、足元の砂地に目がゆく。他よりも少し盛り上がるそれは、俺を呼ぶようだった。
なんとなく、なんとなく気になり手を伸ばし気付いた。手が手なのだ。
いや、正しく言い直せば、手が人間の手なのだ。青いクマのぬいぐるみの手ではない。
指が5本そろった、懐かしささえ感じさせる手だ。
体中を見回し、その手で触る。俺は人間に戻っていた。
少しくたびれたジーンズと、半袖の白いシャツの最低限の姿で、俺は砂漠に立っていたのだ。
けれど、暑さも寒さも感じなかった。もしや、ここが死後の世界というものなのだろうか。
そう考えながら、足元の砂を少し掘り返す。
そこから現れたのは、青い布切れ。俺はそれに見覚えがあった。
クマの形に縫い合わされた、中身のない袋に。
洗濯物を干すように持ち上げて広げてみれば、思ったよりも小さく、俺はこんな姿だったのかと少し笑えた。
その時、肩をたたかれた。
突然の事にビクッとして振り返れば、肩に乗せられた手は人差し指だけが、指差すように伸びていて、頬にふにっと突き刺さる。
痛くなどないのだが、こんな子供じみた事をするのはどんな奴かと思えば、本当に子供だった。
「ひっかかってやんの!」
ケラケラと笑うのは少年だった。
いつか鬼若がベルにされたコーディネートのように、黒のパーカーとカーキのパンツ。
そして謎のチェーンがベルトあたりから垂らされている。
わざとらしいほどに、あの時の鬼若と同じだった。
けれど、もちろん鬼若ではない。彼は紅い星よりも燃えるような、朱色の髪をした少年だった。
その特徴だけで俺は悟った。彼が、ガチャ神の言っていた人物なのだと。
「もしかして、あなたがガチャ神様の上司さんですか?」
「そうだよ。ま、色々な呼び名はあるけどね。語り部とか、上神とか……。旅人、とかね」
自己紹介にもならない事を言い終えれば、彼は立ち話もなんだからと、すぐ横の空き地へと俺を誘う。
歩き出すと、先にある白い砂が独りでに動き出し、椅子とテーブルへと変化した。
彼はテーブルを挟んだ向かい合わせの椅子の右側に座り、俺をもう片方へ座るよう促した。
「って事で、色々聞きたい事あると思うけどさ、何から答えてほしい?」
「え? 俺に用があるんじゃないんですか?」
「あるにはるけどさ、今の状況じゃ何言われてもよくわかんないでしょ?
だから、先に疑問点潰しておこうかなってね」
「確かにそうですね……。ええと……、まずは一つ目なんですが、ここって死後の世界ってヤツなんですか?」
少年は頬杖を付きながら、少しうーんと考える素振りをする。
「そうだねぇ、まだそこには至ってないかな? だって君、まだ死んでないし」
「そうなんですか? 俺はてっきり、まくらの契約石を使い切るとダメなのかと……」
「君の持ってるソレ、確認してみなよ」
持っていた青い布袋は、糸で釣られたかのように動き出し、テーブルの上でその背を見せる。
そして、今までは存在しなかったファスナーがすっと現れた。
促されるままそれを開き、俺は中を覗いた。
何も見当たらない、ただの空っぽの袋に思えた。
確認したあと、ファスナーを閉めようとした時、コロコロと七色に光る石が転がるのが見えたのだ。
「契約石……? どうして残ってるんだ?」
「君は自分で言ってたよね。鬼若を90回ダブらせたって。
そしてアイリは、排出回数×1個の契約石を配布するって言ってたね」
「そうか……」
俺はずっと、ダブった回数を数えていた。
けれど、最初の1回は“ダブり”とは呼ばない。
だから俺は忘れていたのだ。実際の鬼若を引き当てた回数が、91回だった事に。
「だからひとつ残ったのか……。鬼若が残してくれた、最後のひとつ……」
「中身が1つだけのまくらを、まくらと呼べるのか、それは問題だけどね」
「……今はよくわかりませんね」
まだその問いに答えるべきではない。
その質問の意図は、別にあるだろうから。
「ホント、察しが良すぎて困るね」
そう言って笑うが、この反応さえも彼は知っていただろう。
なにせ相手は、電話越しの俺の考えを読んでいたくらいなのだから。
そして思い出す。あの時、あの場に居た皆は無事なのだろうか。
「あの、カオリ達は無事転移できたのでしょうか」
「それなら心配ないよ。今頃ガチャ神ちゃんが、新しい名前と新しい過去を与えてる頃じゃないかな」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「それにしても、君は相変わらず自分の事よりも他人を優先するんだね。
あの頃から全然変わってないや」
「あの頃……? 前に会った事ありましたっけ?」
「前……、と言えば前かな。きっと君は覚えてないだろうけどね」
彼は俺の事を知っているようだ。けれど俺にそんな覚えはない。
なにかが俺の知らないところで起こっていて、そしてそれがここにいる理由なのだろうか。
「そうだね、思い出してもらおうか。ロベールの夢の続きを……。
とても辛い記憶なのだけど……」
その言葉と共に行われたそれは、いつかガチャ神によって起こされた情報の濁流を、十分に理解できるようにと、少しばかり緩やかにしたものだった。
しかしその内容は、エイプリルフールに浮かれた白熊が見せた夢と同じ内容。
そこに裏の事情を加えた、いわば完全版といったものであった。
そしてその中には、あのメシアらしき姿も……。
「これが、俺にあった事……?」
「正確には、君の前世ってヤツだね」
「……どうしてわざわざこんな事を」
「それは、世界を螺旋に堕とした事についてかな?
それとも、君に思い出させた事?」
「……どっちもです」
「そうだねぇ……。退屈で、少し長い話になるよ?」
「ねーねー。僕達はみんなと一緒に行けないのー?」
少しばかり確認しておきたい事があるのじゃ。
おぬしらの裏には誰がおるんじゃ?
「ソレヲ 確認スルタメニ ワザワザ私タチヲ?」
「えーっと、『全知全能なら聞かんでもわかるやろ?』だってさー」
もうその反応で、ハジメの裏に居る者は確定じゃがの……。
しかし、やはりヤツはやはりメッセージや電話でしか、こちらには干渉できんのじゃな。
まったく、皆ワシでは不安だとでも言いたいのかのぅ……。信用されとらんのぅ……。
で、どこまで関わっておったんじゃ?
「僕はねー、同じクラスに居て、見守ってほしいって言われてたんだよねー。
他は、さっきの事くらいしか頼まれてないよー」
「ワタシモ 夢ヲ見セルヨウニト 頼マレタ程度デス」
ふむ……。まぁよい、今後はそうやすやすと干渉もできまいし、放っておくか。
「でもでも、なんで全知なのにこんな事聞いたのー?」
“知られないようにする”という全能と、“全てを知る”の全知が競合した場合どうなるか。
答えは修復不可能な不具合が発生するなのじゃ。ならばこちらが全知を制限するほかないじゃろ?
なんでもできるからと、何をしても良いわけではないのじゃ。
「全能のパラドックスってヤツなんだねー」
おぬし、意外と博識じゃのう。
「貴様、いつまで無駄話をしているつもりだ?」
メシ姉、そうイライラするもんじゃないぞ?
しかし長くなったしの、〆るのじゃ。
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