アーニャには、料理に使う食材や飾りが足りない、それが問題になっていた。
普段ならば近所の森に行けば、森の恵みを分けてもらえるそうだ。
チヅルはそれを見越してアーニャとアルビレオに準備を任せ、本当に必要な最小限の金額以外はクリスマス準備のために使ってしまった。
「私財を投じた」とは聞いていたが、最悪の場合、一家がこの冬を越えられなくなる危険もある判断だ。
「困りました。パーティーどころか、冬の蓄えすら危うい状況です」
「普段でしたら、森の恵みを分けてもらえるとの事ですが、森で何か問題が起こったのでしょうか」
「それが……、ゴブリンたちが森の恵みは、森に住む者達のものだって言うんです……」
「そんな事を言い出すなんて、今までなかったのですが……」
(ベル、森へ行こうか)
(かしこまりました。案内として誰を連れ出しますか)
(ここはチヅルだな。俺はバトルになった場合を考えて、セルシウスを呼ぶ)
(では、そのように)
恐らくはこれが今回の周回要素なのだろう。考えてみればおかしかったのだ。
サンタ工場でのクエストは報酬がコインで、給料として支払われる。
しかし、イベントの周回要素というのは、大抵が貴重なアイテムであったり、成長素材などを収集アイテムと交換するのだ。
ならば「森の恵み」と「チヅル秘蔵のアイテム」を交換することになるであろうこの展開が、正しい周回要素だと考えるのが妥当だ。
ベルは指示通り森へ行く事を伝え、案内役にチヅルを、アルダには森の調査を「指名依頼」で俺達に依頼したと、学園運営局に報告するよう手配した。
ベルの機転のよさのおかげで、もしこのクエストが長期間となってしまった場合、俺は学校を休む言い訳が立つわけだ。出席日数不足で留年なんて真っ平だから、この配慮はありがたい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
チヅルに連れられやってきた森の入り口で、俺は「いつものメンバー」としてゲーム時代に使っていたキャラを呼び出す事にした。それがセルシウスだ。
元々は温度の単位“℃”を考案した学者なのだが、この世界では理系少女という設定になっている。
仕方ないよね、男キャラより女キャラの方がウケがいいんだから。運営も商売だからね。
「ヘイ、サリー。セルシウスへ電話」
~セルシウスへ、電話をかけます~
サリーと言うのは俺の端末に呼びかけるときの名前だ。手で操作できない俺は、最近音声認識を使っている。
いや、正確には念話認識なので、別に他の人に伝わるようにしなくていいのだけどね。
この場では「今呼び出してますよ」っていうアピールだ。
数コールした後に明るい声が聞こえてくる。
『はいはい、はろはろー。くまちん、どしたん??』
「反応軽っ! あ、俺だ。クエスト受けたんだけど、手伝ってもらえるかな?」
『いいとも~!!』
「うん、なんかその反応どっかで観た事ある」
『それじゃ、転送お願いねー』
「はいはい。よろしくな」
あまりに軽いノリのため、ちょっとびっくりしたが、考えてみれば俺の周りには落ち着いている奴が多すぎるだけなのかもしれない。
普通の高校生ならこんな感じだよな? 俺にとっては十数年前の話だから、いまいちピンとこないが。
などと考えていたら、目の前に魔方陣が現れ、光の中から一人の少女が現れる。
水色の髪に赤い目。服装は制服であるのだが、マッシュルームを潰したような形の、ふわりとした帽子と、マントも薄青色だ。明らかに水属性である事をこれでもかとアピールしている。
しかし、それぞれに入っている縁取りのラインや、マントの裏地が燃えるような赤なのが、彼女の特異性を表す。
あと、とってつけたような理系要素が、ベルトに付けられた試験管やフラスコだ。
「やっほ~! きたよ~! ちづるん久しぶり~!
ってあれ? くまちんは??」
「お久しぶりですセルさん。熊の実様からのメッセージは、読まれましたか?」
「メッセージ? あの罰ゲームで書かされたような、怪文書のことかな?」
「罰ゲームみたいな状況なのは、否定しないけどな!」
「わぁっ!? まくらが喋った! すごーい!」
「えぇ、観ての通りの状況なのです。そして今はまくら様と呼ばせていただいてます」
チヅルは慣れた様子で対応している。
やはりというか、ゲーム時代にやっていた事は、こちらに引き継がれているようだ。
チヅルに久しぶりと声を掛けるのもだが、この対応もそれを物語る。
「ふむふむ。じゃあ、これからは“くまちん”じゃなくて、“くらちん”だね!」
「お前の気にする所って、それだけか?」
「そんな訳ないじゃん? こちらの美人のお姉さんも気になるナー?」
「お初にお目にかかります。ベルと申します。まくら様のお世話をさせていただいております」
「よろしくねっ! ボクはセルシウスだよっ。べるるんって呼ぶから、セルちんって呼んでね!」
「……。セルちんさんですね。かしこまりました」
「はははっ、呼びにくいなら、なんでもいいよー?」
「ではチヅル様と同じく、セル様と呼ばせていただきますね」
すごい。あのベルが若干雰囲気に飲まれてる。というか引いてる。
これが元気ボクっ子パワーなのか。恐るべし。
「ねーねーくらちん? 今日は、ニィちゃんいないの??」
「ニィちゃん? 誰だそれ?」
「鬼若ちゃんだよ? 忘れちゃったの?」
「あぁ、鬼若はちょっと別件対応中だ。
あと、この姿になるとき色々あってさ、記憶が飛んでる場合あるから、分かりやすく言ってくれると助かる」
「へーそうなんだー。
うん、確かにまくらの記憶容量は、人間より少ないだろうから不思議じゃないけど。
んー? まくらの脳ってどうなってるんだろう? ねぇねぇ、解剖していい??」
「ダメです」
「ちぇー、ケチー」
しれっと契約主を解剖したいとか言い出すあたり、マッドサイエンティストなのではないだろうか。
これはまた、とんでもない奴を引き入れてしまったかもしれない。
「つもる話もありますが、そろそろ行きましょう」
「はーい。ちづるんとボクがいれば、百人力っしょー?」
「私達だけでは恐らく火力不足ですわ。ですので、無用なバトルは避けたい所です」
「えー? クエストと言えばバトルじゃん?
迫り来る悪党共を、ばっさばっさと切り捨てるのがクエストっしょ?」
「まるでセルさんが活躍しているような言い方ですが、切り捨てる役は鬼若君の担当でしたよ」
「あー!? バラしちゃダメだよー!
べるるんにボクのスゴーイ話を、いっぱい聞いてもらうつもりだったのにー!」
チヅルに連れられ森に入るが、まったく緊張感が無い。これではハイキングに来たみたいだ。
かくいう俺も、周回イベントだと思っているのだから、ハイキングより気楽に過ごす気なんだけどな。
そんなこんなで、奥へと進んでいく俺達だが、この森、なんか変だ。道が遊歩道のように整備されている。
こんな人の手が入った場所の森の恵みは、森の外の者へ分け与えられるほどに存在するのだろうか。
そう考えていると、数名の道を塞ぐ人影……。いや、人ではない者の影が現れた。
それは、子供と同じくらいの身長だが、緑色の肌と赤い目を持つゴブリンと呼ばれる子鬼だった。
「コノモリ ハイルナ メグミ アゲラレナイ」
「その事について、お話を伺いに参りました。何が起きたのか、お話いただけますか」
「コトシ エルフ シゴト ナイ オカネ ナイ タクワエ イル」
なるほどそういうことか、エルフの期間工というのは、この森に住むエルフだったのか。
つまりエルフの失業の影響で、森の恵みを蓄えて冬に備えたわけか。納得だ。
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