前回のあらすじ
「鬼若は、ベルに嫉妬して泣き出してしまったのかのう?」
ガチャ神の今日のひとこと
「鬼若の心情を調査じゃ! 今回は鬼若視点じゃぞ!」
今、俺の手元にあるのは骨の形をしたクッキーが入った袋と、丸いチョコレート。
「ベルにはこっちな」
対して、奴がもらったものは……。
俺とクロに渡された物と同じ骨型のクッキーと、綺麗に包装された小さな箱。
「あら? 我は二つもいただいてよろしいのですか?」
「あぁ、いつもありがとうな。これは俺とカオリからのお礼の気持ちだ」
俺には一つ、奴には二つ。けれど数の問題ではない。
俺にとって何より重要なのは、“主様が特別に用意した”という事だ。
主様の「礼の気持ち」とされたその箱は、俺の居場所が奪われた事を如実に物語る。
俺が主様の“特別ではなくなった”という事実を……。
なぜ主様は、俺ではなくあの女を選んだ?
俺はもう必要ないのか……?
俺は期待されていない……?
否、俺は強くなった。どんな敵も打ち負かし、主様を守れるほどに。
ならばなぜ俺は認められていないんだ?
唯一のSSRだった時、俺はいつだって主様の隣にいた。
それは、SSRの中では弱くとも、他の危険度の者よりは強かったからだ。
だから、主様は強い者を求めている。新たな契約者も訓練し、強くある事を求めている。
強さを求めているならば、あの女を打ち負かした俺の方が、必要とされて然るべきではないのか?
本当にそうか?
本当に主様は、強さを求めているのか?
最後に主様が俺を連れて戦いに出向いたのはいつだ? ずっとずっと前?
まくら姿の主様を背に、戦った事があっただろうか……?
そうだ、俺はベルフェゴールが来てから、主様と共に戦った事がない……。
たまたま運よく強くなって、勝手に期待されていると思い込んで……。
その実、何の成果も出していない。
主様は、俺を本当に必要としているのか?
俺は何のためにここに居るんだ?
そんな想いに押し潰されそうで、体中が熱くなる。
耐えるように、負けぬように、無意識に手に持つ包みを握り締めた。
小さな丸い玉は、俺の火照った、燃えるような手の熱に耐え切れず、無残にも溶けてゆく。
ひどく甘い匂いを発しながら流れる、黒くほろ苦い包みの中から出てきたものは……。
鬼を祓う豆だった。
「ぐっ……、うぅっ……」
「ん? どうした鬼若!?」
意味など考えるまでもない。あの女から宛てられた、言葉を介さぬ通告。
耐えよう、堪えようとしても、あふれ出すものは止められなかった。
気遣われる言葉も遠くに聞こえ、俺は俺の中に潜む鬼に責め立てられる。
“弱いくせにわがままで、ずっと主を困らせてきた鬼若”
違う! 主様は、そんな俺でいいと言ってくれた!
“守られていると気付いているのに、感謝もできぬならず者”
そうじゃない! 主様はたとえ弱くても、俺に役割を与えてくれていた!
“強くなったと思えばそれを鼻にかけ、主を守るなどと嘯く自惚れ屋”
今度こそ……、今度こそ胸を張って、主様を守れると思っていたんだ……。
“必要とされていない事にも気付けぬ痴れ者”
主様が本当に必要としていたのは、従順で強い従者だったのか……?
“そんなお前を、主は情けで手元に置いていただけだと、なぜ今まで気付かなかった?”
主様は、俺に期待してると言ってくれたんだ……。
“主の優しい嘘にすがり、本当の己の姿を見ようともしなかった”
もうやめてくれ……。俺はただ、主様のお側で、主様の力になりたかっただけなんだ……。
“そして何より……”
やめろ! もう、それ以上言わないでくれ!!
“お前は、そんな心優しき主を裏切り騙し続ける欺瞞者だ”
俺は……、たった一人の、俺を理解してくれた人を騙し続けていた……。
俺自身のちっぽけな自尊心のために、主様の優しさに甘え……。
騙し、嫉妬し、身勝手に怒り、そして勝手に落ち込む大馬鹿者だ。
「俺には……、主様の隣に立つ資格などないのです……」
口に出せた言葉は、謝罪でも感謝でもなかった。
そんな俺を、カオリ様は励まそうとしてくれている。それがより俺を惨めにさせた。
俺が主様に何を隠しているのかを知り、それを告げ口する事も無く、いまだに隠し通すために手を尽くそうとしている……。
そんな慈愛に満ちた彼女を、俺はちっぽけな虚栄心のために共犯にしてしまったのだ。
その優しさが、今の俺には辛かった……。
そして、その優しさを哀れみだと感じてしまう俺に、何より苛立った。
主様はずっと沈黙を保っている。
みっともなくボロボロと涙を流す俺の姿に呆れたのか、愛想を尽かされたか……。
いや、愛想はとっくの昔に尽かしていたのだろう。
どちらにせよ、俺にはもう主様に合わせる顔が無い。
いっそこのまま理由も聞かず、契約解除を言い渡されればどれだけ楽だろうか……。
主様はしばらく黙っていたが、俺の座る横へ立ち、目を見てゆっくりと語り出す。
「鬼若、お前が何に悩んでるか、それは俺にはわからない。
けどな、悩むって事は、前を見て進もうとしてるって事なんだ」
主様に抱き寄せられ、頭が柔らかな温かさに包まれる。
優しく撫でられ、俺はこの小さなはずの、主様の大きさに畏怖する事になる。
「もしお前が、真っ暗な前を見るのが辛くなったなら、振り返って俺を見るといい。
たとえ前を向けなくたって、俺はお前をこうして抱きしめて、頭を撫でてやるからな」
後ろめたさに耐え切れず、俺は主様が変わったのだと思い込んだ。
『従順でない者は切り捨てる。お前はもう要らない』
そう心変わりしたんだと思い込んでいられれば、罪悪感を抱かずに済むはずだった。
けれど……、主様は変わってなどいなかった。
たとえその身をまくらへと変えようと、クマへと変わろうと。
その心と志は、出合った頃と何ら変わっていない。
今でもこんなどうしようもない俺を抱きしめ、導こうとしている。
変わってしまったのは俺だ。
こんなに優しく、俺を導こうとしてくれる主様を、俺は裏切り続けている。
ただその事実に、俺は強がることもできず、泣き崩れるしかなかった。
ベルへのプレゼントは、きっかけに過ぎなかったんだねー。
「マイナス思考のドミノ倒しじゃのぅ……」
やっと強くなったのに、その強さが意味無いってなったらねー。
「今の今まで、クエスト行っとらんかった事に驚きじゃが」
クリスマスイベント以外で、戦闘らしき戦闘なかったしねー。
「で、今さらじゃが、おぬしが全知全能なら、ワシが調べる必要なかったんじゃ……」
まー、人の心情を慮るチカラも、神には必要かなーと。
「まさかこれも、研修の一環じゃったと!?」
(そもそも調べる以前に、俺が全知パワー使ってプロット書いてる訳だし)
「何か、とんでもなくメタい事考えておらんか?」
ソンナコトナイヨー?
「まぁよいか……」
次回はまくら編だよー!
「……全知ならば、未来も見えておるというわけか」
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