爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

堀口涼河の見る世界 [4]

公開日時: 2021年4月5日(月) 18:05
文字数:3,163

今回の更新は以前小説家になろうにて投稿した

短編「ダンジョンと呼ばれていた地下街が本当にダンジョンだったんですが…」の

加筆修正版です。

『世の中には二種類の人間ががいる』



 この言い回しを初めて使った人というのは誰なんだろうと考える時がある。

「二種類”しか”いない」と早とちりする人間と、そうでない人間。

そんな風にYesかNoで分けられるものであればどういったことにでも使える言い回しだ。

いや、正確には「早とちり以前に、言葉を理解できない無能」という枠があるのかもしれないが、個人的な意見を述べるのであれば、そいつらを“人間”の枠に入れてやるのは酷な話だろう。


 なぜそんな事をぼんやりと考えているかと言えば「セットのポテトが少ない事に文句を言う人間と、そうでない人間」の前者に、かれこれ10分ほどグチグチと人格否定をされているからだ。


クレーマーという人間は二つに分けるまでもなく「世間から相手にされない寂しい人間である」と俺は認識している。

なぜなら店員に文句を言うより、友人や家族に「ポテトがとっても少なかったの! ひどいと思わない!?」と話を盛りに盛って愚痴れば、上辺だけの共感や同情を受けられるからだ。

まぁ、周囲が正常な人間ならば、結局は孤立していくことになるだろうけれど。



堀口ほりぐち君、お疲れ様。災難だったね」


「お疲れ様です。いつもの事なので慣れましたよ」



 先ほどのネチネチとクレームを入れるババ……、もとい“奥様”は、いつも俺に突っかかってくる。

おそらく旦那にも相手にされない、子供も反抗期という残念な家庭環境が原因だろう。

しかし、構って欲しくていじわるするのは小学生で卒業しておいて欲しかったものだ。

今からでは性格も変えられないほどに偏屈になっているだろうから、人生からするまで、あのままなんだろう。


 店長は「面倒な人の相手もこなせるから助かる」と言うが、うまくいなしているというわけではない。

この世界があと数年で終わると理解しているから、何も感じないだけだ。



 世界の終わり。それが発覚したのは高校二年の、もうすぐ訪れる夏休みにわくわくしていた頃だった。

「月が地球に落下してきている」そのニュースは連日放送され、色々な学者や政治家がかわるがわる見解を述べていた。


 しかしそれも長くは続かず、もしくは誰かの意図なのかもしれないが、深夜のラジオ番組で使われる程度のゴシップネタ扱いとなった。

一連の流れをじかに見ていた俺としては、大きな違和感と世間に対する不信感のみが残った。


 その違和感と不信感は膨らみ続け、俺はネットの中に答えを求め何日も彷徨った。

今思えば、それは迫り来る滅亡から目を背けるためであったし、進路の悩みもその時だけは忘れる事ができた。つまりただの現実逃避だったわけだ。


 そういった中見つけた納得できる答えが「世の中には二種類の人間が居る。それは終末を理解できる人間と、そうでない人間だ」というものだ。


 実際に俺の周囲にも理解していない、というよりは感知できないと言ったほうがいいだろうか。そのような人間はいた。

むしろそういった人のほうが多数派で、“月の話”を振れば答えるが、それ以外の時は全く気にしていない、もしくは記憶に無いようなそぶりを見せるのだ。


 どういったそぶりか、それは“理解している人間”を見たほうが分かりやすい。

話をした後、しばらくしても不安げに空を眺めたりする相手は“こっち側”だ。



 そして、その“納得できるが確証の無い答え”がほぼ事実であると確信できる数字があった。それは進学率だ。


 勉強というのは将来への投資だ。ならば、進学率というのは投資家の数と捉えることができる。

未来がないとなれば、投資するバカはいない。つまり“認識できる人間”は、進学しないという選択肢を取る可能性が高いと言える。

勉強に時間を費やすくらいなら、最期の時を好き勝手生きたいと思うだろうからね。


 事実その通りになり、俺の一年上の学年は進学率が65%程度にまで落ち込んだ。

通っていた高校は進学校と言って差し支えない程度のレベルで、通常であれば97%程度の進学率だったのだから、かなりの影響があったと言っていい。

もちろん直撃の学年だったからというのも大きく、俺の学年であれば進学率は78%まで回復していた。


 この数字から読み取れる事は「認識できる人間は2割程度、もしくは認識できているが様々な理由から進学する者を含めればもう少し多い」という事だ。

なるほど、この程度の視聴者しか取り込めないのであれば、テレビで報道しないのも納得だ。


 テレビと言えば進学率の低さを問題視した大学が、二年の三学期時点で推薦入学生徒を決定する制度を始めたとかなんとか言っていたな。それだったら、俺も進学したかもしれない。

高三の一年間を受験ではなく遊びに使えるなら悪い話ではない。

まあ、俺の学力で推薦が取れたかどうかは別だけど。




 そんなわけで、俺自身も“認識できる側の人間”であるために、進学する事無く今はファーストフード店でバイトしながら、好き勝手生きるフリーターをやっている。


 地下ダンジョンと称される地下街は、多くの買い物客や学生が訪れる。

仕事は少し他の店舗より忙しいし、お客様に当たってしまう事も「まれによくある」というやつだ。


 しかし、それでも空が見えないというのは、俺の精神衛生上都合が良かった。

日々少しずつ大きくなってゆく月が一日中見える地上店舗は耐えられる気がしなかった。


 それに、今日はクレームババアが居たけれど、女子高生二人が俺の事を「イケメン」と噂しているのが聞こえたので、機嫌よく仕事ができた。

立ち聞きしたわけじゃないよ? ただその子の声がよく通っていて、聞こえてしまっただけなんだ。

店から出る時ももう一人の発育のいい……ええ、胸の発育の話。男だからそこに目がいくのはしかたないよね。

まあ、その発育のいい、うん二回言うのは大事な事だから。あとショートカットでちょっと目つきの悪い、キツめの顔した女子高生にじっと見られて、今日はいい日だななんて思っていたくらいだ。



「お先に失礼します、お疲れ様でした~」



 時刻は午後三時。交代で入った夕方勤務の大学生と、少し大学生活なんかの話をしたあと帰路につく。

話を聞いてしまうと、進学も悪くなかったなと思う。けれど授業に出て、バイトして、遊びに行ってと、なかなか忙しいようだ。

バイトも今は夏休みだから多く入っているようだけど、やっぱり普段はお小遣いに余裕が無いらしく羨ましがられる。

どんなにお金があったって、月が落ちてくれば全て無駄になるのだけどね。


 そういえば掲示板では、月の落下を止める方法を真剣に議論していたな。

核ミサイルで砕く方法とか、レーザービームを当てて軌道を変える方法とか、もしくは落下自体はあきらめて、落下地点の裏側にシェルターを作るとか……。


 こんな所で議論されているようなことは、すでにお偉いさん達が済ませているだろうし、どの方法も質量が地球の四分の一もある衛星にとっては、何の影響ももたらさないであろうことは多少の物理知識があれば分かる。

手段としては宇宙へ逃げるしかないし、全人類を逃がす事など不可能。

さらに言えば、逃げたところでどこに移り住むというのだろうか。

それすらも、とりあえず生き延びるだけで問題の先送りでしかなく、解決法とは言いがたい。


 いつもの帰り道。そんな風に思い耽る俺を残し、地下街の雑踏が遠くに聞こえ、俺だけが置いてけぼりになっているような気がした。

「はぁ……」と小さいため息と共に、ドアノブに手をかける。


 考えても仕方がないこと。けれど“理解している側”であれば逃れられない、思考の袋小路だ。

反対側の人間であれば、どれだけ楽だっただろうか。

だけどそれは叶わぬ望みだし、時間は止まらない。

今日もまた一歩と、終末に向かって歩むしかないのだ。



 そして一歩踏み出した先、そこにはいつも通りの帰り道とはかけ離れた光景が広がっていた。

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