「SSR確定まで、あと30連」
仕事から帰った午後7時、俺はいつも通りレトルトカレーを温めながら、スマホの画面に向かって呟いていた。
こんな時間に家に帰れている会社員なんてありえないだって? それは俺が“驚きの白さ”に定評のある会社に勤めているからだ。
そのぶん給料は安いけれど、独りで生きていくには困らない額は貰っている。
レンジで回る冷凍ご飯は、バレエを踊っているようだ。演目は「白米の湖」といったところか。
夕食たちは、出来上がりが近づいてもいい匂いを漂わせる事もない。タイマーが鳴るまで俺は今日もガチャを回す。
「確定分以外でSSRが出るなんてさ、もはや期待もしていないけどさ」
そんなため息にも似た嘆きが漏れる。
今やっているスマホのゲームは、7段階のレアリティが存在する。その最上位がSSRだ。
「エスエスアール」などと呼ばず「ほしなな」と呼ばれるのは、カード隅にデザインされているレアリティ表示が、★で示されているからだ。
全レアリティはN・N+・R・R+・SR・SR+・SSRの7種類。
課金ガチャで出るのはR以上なので5種類のうちどれかが出る。
けれど俺はSSRどころかSRやSR+すら、10連を回した時の“1枚SR以上確定”枠、つまり1枚は確実にSR以上が出る、「運営のお情け」といえるシステムでしか入手したことが無い。
お察しの通り、ガチャ運がまったくないのだ。
まぁ、運がない以上に、このゲームのガチャは凶悪だとの評判なんだけどな。
「今日も今日とて、素材ががっぽがぽ~♪」
このゲームが凶悪な理由、それが課金ガチャでキャラクター以外にも、特殊な強化素材が出るという点だ。
強化素材といってもレベルを上げるための素材ではい。レアリティとは別のグレードを上げる時に使う素材だったり、もしくはステータスの上限を突破して強化するアイテムだ。
まぁ、ちょっと特殊な使い方をするだけの消耗品アイテムってことだ。
排出確率は10%と書いてあった気がするが、俺のガチャ運をナメてはいけない。10枚中4~7枚程度は出る。涙も出るねホント。
そして、残りの確定枠を除いた5~2枚がRというパターンだ。
なぜ俺がこんな鬼畜ガチャのゲームを課金してまでやっているか、それは「ベルフェゴール」というキャラに惚れ込んでしまったからだ。
元は七つの大罪の「怠惰」「好色」を司る悪魔らしい。その姿は醜悪な悪魔として描かれているのだが、ゲームにおいては非常に艶かしい姿の女性型悪魔として描かれている。
そりゃ「怠惰」はともかく「好色」を司るのなら、そのような姿になるのも納得である。
まぁ「怠惰」方面の要素もなくはなく、薄く面積のごく狭い下着のような服と、そして透けている青を基調とした、透けるネグリジェ姿をしている。
そして何よりもおっぱいが大きい! そりゃもう顔をうずめたくなる大きさであり、何より絵師の技術力か、俺の妄想による補正がかかっているかは分からないが、なんともいえぬやわらかさ、それは焼き立ての食パンのような、もしくはふわふわの綿あめのような、そのようなやわらかさを画面越しですら感じさせるのだ。
そんなキャラクターに魅了されぬ男が居るだろうか、いやいない! 断言できる!
彼女を招き入れるため、今日も元気に課金課金! そして回せまわせの100連ガチャ! なのである。
なぜなら、10連で“1枚SR以上確定”があるように、10連10回で“1枚SSR確定”がある! それに俺は賭ける!
以上の理由から俺は大量のハズレ達にもめげずガチャを回し続けたのだ。
「親の顔より見たこのSSR」
そして100連を回して出るSSRというのは、決まってコイツ「鬼若」である。
SSRの中で、スキルとステータスが噛み合っておらず、サービス開始当初から存在するキャラというのもあって、他キャラクーが強さのインフレを起こす中かなり弱い。一部では「SSRモドキ」と呼ばれるキャラである。
それでも、今までレアリティの格下げを叫ばれていたにも関わらず、それが行われる事もなかったため、「運営のお気に入り」を超えた、「運営の嫁」などと呼ばれている。
今のステータスでSR+扱いになれば強い部類に入ると思うんだけどな。
不人気の理由は性能だけではない。男キャラであり、姿はガッチリとした柔道家のような見た目。
肌は元々浅黒い人が、夏の日差しに当てられてさらに日焼けしたような、赤っぽい肌をしている。額には5センチほどのツノが2本生えており、右側のツノは折れている。
っていうかキャラの元ネタは武蔵坊弁慶なんだから、赤鬼要素入れるのおかしくね?? というツッコミは、もはや鉄板ネタである。
ネタに事欠かないキャラってことだ。
そして、このゲームにレベル・レアリティの他にグレードというのが存在するというのは、育成素材が出るというので少し触れた通り。
レベルMAXキャラに特定アイテムを合成するとグレードが上がり、最大でGLv10まで上げることができる。
そして、グレードが上がるたびに衣装が変化していくのだ。
その変化は男型キャラが装備が重厚に、かっこよくなっていく場合が多く、逆に女型キャラは衣装が薄くなっていく場合が多い。
ここまで言えば察しが付くかもしれないが、この鬼若に限っては……、衣装が薄くなっていくのだ。
そりゃ「嫁」認定されるわけだ。
「奇跡の鬼若90ダブり……。これは運が悪すぎて、天文学的確率引いちゃってるパターン」
90回、それが俺が今まで『ガチャ100連の確定枠』で鬼若をダブらせた回数。
90ダブり×100連×ガチャ一回に使う石5個イコール……、4万5千個の石。
そして石1個は約60円だから……、270万円!?
不意に計算してしまった。小学生の頃そろばん教室に通っていて、その後は暗算検定を受けたほどに暗算は得意だ。
けれど、こういう数字は計算しない方が身のためだ。虚無に襲われる事間違いなしだからな。
そう、今の俺のように。
そんな現実の数字に気付いてしまって、なんだか急に疲れがどっと来た。
カレーの温めが終った事を知らせる、タイマーの音が遠くに聞こえる。
けれど俺は、それに反応する事ができない。意識は深い深い沼、ガチャの沼よりも深く、闇に沈んでいった。
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