前章のあらすじ
『日常章に潜む魔物』
前回のあらすじ
『アルダとバウムの心理戦』
長い長い沈黙。周囲の楽しげな喧騒とは隔絶されたかのような空間。
にらみ合いをしているわけではないが、誰も言葉を発しようとはしない。
「そっ……、そういやさ、アリサのその後の様子はどうだ?」
「特に変わった様子はないですよ。ただ、以前より、イナバさんとは仲良くなっているようですが」
「そうか。もしかしたら、向こうで会うかもしれないよな」
「えぇ。妾も、アリサ様に付いて行きたいところですけどね」
「…………」
ヨウコの本心が垣間見えた気がする。いや、仕方ないか。
というのも、今日はホームルームの時間を使って修学旅行の班決めをしたのだ。
六人一班ということで、俺とカオリは、他の四人を誰と組もうか悩んでいた。
人数以外の班の条件は、前年と同じメンバーにならない事だけ。
詳しく言えば、半数の三人以上が前年と被ってはダメらしい。
ここで男女の比率に関して条件が付かないのは、この世界特有の事情だ。
なにせ、男にも女にも属さない来訪者がいるのだからね。
そんな中俺の見繕ったメンバーは、男三人、女二人、まくらひとつの、バランスの良いメンバーだと思う。
無理やり良い所を探そうとするのはやめよう。
そんなの現実逃避でしかない。
「えっと、それでさ……。アカメ達はバイトの方どうだった?」
「おかげさまで、楽しくやってますよ。連休中も、三人揃って泊まり込みで行ってましたから」
「頑張ってるな。疲れてないか?」
「モフモフと触れ合って、疲れるなどありえませんよ?」
「お……、おう……」
その言葉にヨウコが引いてるんだよなぁ……。俺もだけど。
やっぱり人数的にちょうどいいからって、このメンバーにしたのは無理があっただろうか。
ちなみにカオリはいつもの苦笑いをずっと続けている。
もしやこれって、うまいこと逃げてるだけではないだろうか。
というかだな、もっとこう、修学旅行なんだし楽しい感じを期待してたんだけどな……。
「とりあえず……。班長決めるか」
初めて修学旅行っぽい話をしたつもりでいたのだが、その反応は皆俺のほうを向き「何言ってんだ?」と言いたげな顔をしている。
俺、変な事言ってないよな?
「熊殿以外ありえませんな」
「いやいや、なんでさ!?
こういうのはアカメの方が慣れてるんじゃないのか?」
「んー、私もまくま君がいいと思うけどな」
「妾も同意見です」
あ……。これは多数決取るまでもないやつだ……。
いや、このメンバーになったのもほぼ俺のせいだし、班長が嫌って訳でもないんだけどさ。
さっきまで微妙な空気を出しておいて、いきなり全会一致なのはどうなの? って話なんですよ。
「班長はいいんだけどさ、俺は旅先の観光地とか知らないんだけど?
班で回る場所を決めないといけないんだろ?」
「それはみんなで決めるから、まくま君が詳しくなくてもいいんじゃない?」
「まぁ、それもそうかもしれないけど……」
この雰囲気で決まるのだろうか、ただそれが心配なんだよなぁ。
ともかく、決めることはさっさと決めないといけない。
ということで、俺は配布されたしおりを手に取る。
表紙の行き先には“南の島”とだけしか書かれていなかった。
いや、地名ないのかよ!? ってツッコミを入れかけたが、他の人の反応を見る限り、それが地名のように受け入れられていた。
これってもしかして、ゲーム開発時の仮名のままなんじゃ……。と思ったが、真相は闇の中だ。
ともかく、しおりの中にある、観光スポット一覧を覗く。
ふむふむ……。さすが南の島だけあって、海で泳ぐ事ができるようだ。
綺麗なエメラルドグリーンの海とビーチの写真が載っている。
というか、フルカラーのしおりって贅沢だなぁ。
あとは……、古代王朝の王宮であったり、民族資料館、サトウキビやパイナップル畑での農業体験などなど……。
あっ、これ完璧に沖縄だわ。
きっとゲームの開発チームが、沖縄旅行を“取材費”として経費にするためなんだろうな、などと変な勘繰りを入れてしまった。
そう、大人は金勘定が大事なんだよ。利益は出さず、赤出さずが節税のポイントだ。
ま、そんな妄想入り混じる現実逃避は置いておいてだ。
ともかく沖縄っぽいのであれば、俺もなんとなくはイメージができる。
沖縄行った事ないけど。
「それで、みんなはどこ行いきたいんだ?」
「僕はねー、シーサー作りたい!」
「うん、完璧に沖縄だよな」
「オキナワ? なにそれ?」
「いや、こっちの話だ」
ケモナー三銃士の緑髪は、のんびりとしたヤツで、三人の中ではムードメイカーな存在だ。
誰も意見を言わない雰囲気だったので、ここで案を出してくれて助かった。
「しかし意外だな、そういうのに興味あるのか?」
「僕の考えた最強のモフモフシーサーを作るんだよ?」
「ブレねぇ……。やっぱお前らブレねぇよな……」
「動機はともかく、それは私もちょっとやってみたいかも?」
「お、カオリも乗り気だな」
「思い出の品を自分で作れるのって、いいなって」
「じゃあ、候補に入れようと思うが、ヨウコはどうだ?」
「妾も賛成ですよ」
「んじゃ、これは決定な」
意外とすんなり決まった。いや、皆仲が悪いわけではないんだ。
ただ、ちょっと“特殊”な趣味を理解するのが難しいだけなんだ。
だからこうやって、話の流れができれば、意外とすんなりいくのかもしれない。
良い感じの流れのうちに、どんどん決めてしまおう。
「あと何箇所か回れるけど、どうする? やっぱ海は行くよな?」
「えっ……。海はちょっと……」
「どうしたカオリ? もしかして泳げないとか?」
「その……、ねぇ……」
「ん? なんだなんだ?」
カオリはうつむき気味だ。
一体どうしたというのだろうか。
「妾が水着になるのを嫌がると、心配してくれてるんですよ」
「へ? なんで?」
「彼らが暴走しかねないからです」
「それは聞き捨てなりませんな! 我らがいつ暴走したと!?」
「誰彼構わず獣人を目で追っている事に気付いていないとお思いか?」
「っ……! いやしかし、好きなものを目で追ってしまうのは仕方ない事でしょう!?」
「それだけで済むとは思えないので、危機感を持っているのです!」
「あー、ちょっと君達、落ち着いてもらえるかな?」
全く、なんだか良い感じにまとまりそうと思ったらこれなんだからなぁ……。
……発端は俺か! ははは、やっちまったな!!
ま、ともかくだ。適当になだめながら、あしらいながら決めていくしかないな。
てことで、修学旅行の計画を立ててますね。
『完璧に沖縄。これが言いたかっただけや』
シーサーに、ただならぬ執着を感じる。
『ツイッターのアイコンシーサーやしな』
ちなみに沖縄行った事は?
『ない。っていうか、暑いトコ嫌いやねん』
なら北海道行く?
『北海道行くなら、木彫りの熊が欲しい』
お前もブレねぇよな。
『褒めるでない。褒めるでない』
褒めてない。
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