「……後ろ?」
女神は、恐る恐る振り返る。
そこには顔こそ笑顔だが、怒気を隠し切れていない少年と、隣には大柄な男が一人。
「やぁ、久しぶりだね。
それとも、君にとっては、つい最近会ったかな?」
「こっ……、これはこれは……。わざわざこんな所までご足労いただきまして……」
「そんなのどうでもいいんだ。それで、なんで俺がここに居るか分かってるよねー?」
「すっ……、すみませんでしたーーーーー!!」
ゴスッ! という音と共に、自称神は地に伏せた。
拳骨一撃で彼女を沈めた神殺しの少年は、俺に聞こえない声で地に伏せる神(仮)に何かを言い終えると、共に来ていた大柄な男の腕を取り、忽然と姿を消す。
「って、神かもしれないそこの人、大丈夫ですか?」
「ほぼ神じゃなくなってるではないか!?」
「いや、今の様子みてたら神様っぽくないですし……」
「うぅ……。今回は叱られてしまったし、あきらめるとしようかのぅ……」
「今回は、って懲りずに次もやる気なんですか」
「当然じゃ! せっかくのこの能力、活かすべきなんじゃ!」
「はぁ……、がんばってください。俺は所詮短期のバイトなので」
「え!? 次回は手伝ってくれんのか!?」
「コレ、次第ですね」
俺は右手の人差し指と親指で輪を作る。
地獄の沙汰も金次第、天国……か天界かは知らないが、バイトにとってはどの世界でもカネ次第だ。
「あぁ、そうじゃったの。ほれ、これがバイト代じゃ」
「中身確認してもいいですか?」
「もちろんじゃ」
差し出された封筒の中身を取り出し、枚数を数える。
「……諭吉さんが10人!?」
「時給2500円じゃからの」
「えっ!? ちょっと待って、そんなに時間経ってた!?」
「40時間じゃ」
「あ……。これは、バイトサボった事になるのでは……」
「向こうの世界では、捜索願が出された所じゃ」
さっと顔面から血の気が引くのが分かった。
バイトをサボってしまった事自体は仕方ない、体調不良だとかなんとか言えばいい。
けれど行方不明となっているのは非常にマズい!
「あぁ……、オワッタ……。なんて言い訳しよう……。
あっ! 神様! 時間操作能力をください!!」
「チートモニターのバイトは終わっておる。残念じゃったな」
「このダメ神がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
◆ ◇ ◆
叫ぶバイト君を見送った女神は、これからどうしたものかと思案していた。
チートの性能検査なんて本当はせずとも結果は知ることができるし、禁止されても問題はない。
けれど彼女にとっての懸案事項は、ここで一人地上の者達を眺めるだけなのが暇で暇で仕方ないという事だ。
そんな時、暇を潰すにもってこいの……いや、面倒な相手が一人やって来たのだった。
「ずいぶん楽しげな事をしているではないか」
「メシ姉か。こんな所まで来るとは珍しい事もあるもんじゃ」
その言葉に振り向くでもなく、女神は答える。
しかし返答とは裏腹に、驚く様子は無い。
「珍しいもなにも、全知であれば知っていたはずだろう? もちろん来た理由も」
クックと笑い、白い空間に突如現れたテラス席のような、ティーセットが置かれた席へと腰掛ける。
当然のように用意された菓子をつまみながら、ふてぶてしく自称全知全能の女神へと注文をつけた。
「茶を用意するのは褒めてやらんでもないが、少し殺風景すぎやせんか。
周囲を木々や花々で飾るくらいできんのか?」
「可能かどうかであれば、もちろんできる。
しかし、そうするといつまでも居座って帰らんじゃろう」
「なんと……。まるで人を図々しい親戚のオバさんかなにかのように言いよって……。
幼い頃あれほど面倒をみてやったというのに」
「そういう所が、親戚のオバさん感の原因なのじゃ」
言い合っているようだが、二人の間に険悪な空気は無い。ただ、そういう事を言い合えるほどの間柄だというだけだ。「貴様も変わらんな」と言いながら、メシアは笑っているほどに。
「しかし、お父様が来ておったというのに、顔を出さんかったんじゃな」
「……。お父様にはお会いしたかったが、隣に居た奴が気に食わんのでな。
面と向かって会ってしまったなら、殺してしまいかねん」
「そうじゃな、何度も輪廻を廻り、メシ姉からお父様を横取りしたヤツじゃからのぅ。
我慢できただけでえらいえらいなのじゃ」
ニコニコと笑う少女と、まんざらでもなさそうに白い髪をかき上げるメシア。
姿は親子のようだが、その実態は見かけとは真逆だ。
「しかし、今のお父様はどうしているのだ?
先ほど見かけたのは、少々時間軸がずれていただろう?」
「あぁ、それはじゃな……。今のあやつでは対応できんから、少し先の時間からやって来たようじゃ。
ワシの知らぬ所で、事前にこの事を知る機会があったようじゃな」
その言葉の意味を全て理解できたわけではないメシアは、頭上に『?』を浮かべたが、突然どこからか流れてくる着信音に疑問符はかき消された。
「なんだ、電話か。私の事は気にせず出ればいい」
「いや、いつもの『メタ発言はやめろっ!』というお怒りメールじゃて、無視じゃ」
「私にはよくわからぬ話だが、それで問題ないなら詳しくは聞かん」
神ではないメシアは、あまり踏み込むべきではない話もある事をよく理解していた。
触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだ、と彼女はふと思う。
「それで、そんな話をするために来たわけではなかろう?」
「あぁ、そうだった。いやな、我が森に二人ほど人間が迷い込んだのでな。
いつも通り異界へ迷い込ませてやったのだが、最近は貴様も裏でなにかやっているだろう?
私の力が干渉して問題になってないかと思い、確認に来たのだ」
「ふむ。その事についてはワシも感知しておる。なにぜ全知全能じゃからな!」
「ちくいち自慢気に言わんでも、分かっておるわ」
「苦労して手に入れたんじゃ、少しくらい自慢させて欲しいんじゃがのう……」
少しションボリする少女だが、対するメシアはまったく興味無いといった表情を変えなかった。
「ハイハイ、スゴイデスネー。で、知っているのなら問題はないな?」
「あぁ。手のものを使って、事件も隠蔽済みじゃ」
「ふむ、確認に来るまでもなかったか」
「しかし、ワシらにも礼儀や建前は必要じゃて、報告はしてもらわんとな」
「意外と貴様はそういうの気にする所があるな。先ほどの実験も、本来は不要であろう?」
「結果を知るのと、実際に見るのでは安心感が違うのじゃ」
「そうだな、貴様は元々……」
「長い昔話をさせる気は無いぞ?」
ジットリとした目で少女に見つめられて、メシアも話の続きを語る事はなかった。
間を開け、今の話をなかった事にするように、両者ともに紅茶を一口含む。
「それでじゃな、メシ姉の送った二人には、先ほどのようなチートを、少しばかり付与したのじゃ」
「は……? 実験の結果は、あまり芳しくなかったようだが?」
「いや、もっと弱い力じゃ。まぁ……、ワシが弱いと思っただけで本当に大丈夫か不安になったので、今さらながら実験する事にしたという経緯もあるんじゃが……」
「貴様、全知全能になっておきながら、全知を信用してないのか……」
「そういう性分なんじゃ。大丈夫だとは思うんじゃがな」
「一応聞くが、どういった能力を持たせたのだ?」
「ホント、ちょっとした能力じゃ。一人には識字能力、もう一人には粒子操作能力じゃ」
「識字能力はいいとして……、粒子操作は危険ではないか」
「大丈夫じゃろ……。たぶん」
その返答に、本当にこの妹分の女神は昔から変わってないなと、メシアは頭を抱えるのであった。
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