『緊急連絡! 385号より局長へ! 保護対象がそちらへ向かってます!!』
『そっかー』
『そっかーじゃないですよ! 私じゃ止められません!!』
『別に止めなくていいんだぜ』
『!? どういうことですか!?』
『私たちがすべきは、見届ける事なんだぜ。
たとえぶっ壊した結末が、破滅へと続いても……』
◇ ◆ ◇
「12人の生贄ってどういうことですか!?」
涼河は叫ぶ。空間の歪み、そしてその対策としてこの場が選ばれた事は納得できた。
けれど誰かを犠牲にするなど、到底受け入れられなかった。
そんなことをしてしまえば、彼の母が危険を顧みず止めた事件の犯人と同じになってしまうからだ。
「待て待て、そうじゃなくてだな。魔力の集約は行うが、生贄ってのはナシだ。
足りない魔力を他の奴から借りるだけで、命までは取らねえよ」
「ただ、この魔法陣がどれほどのものか分かりません。ですので、危険は伴います」
なだめようとした三田爺に対し、孫のアーニャは再び不安を煽るようなことを言う。
二人の相反する発言には、カオリも涼河も反応に困った。
「だから、お前ら二人とロベールは、万一に備えておいて欲しい」
「備えるってどうやって?」
「皆には退避するだけの力は残せと伝えてある。
だが魔法陣によって束縛されるだとか、もしくは一気に全魔力を奪おうとするようなものであれば、強制的に陣から引っぺがして欲しい」
「3人で12人を?」
「いや、人数も11人で行う。割合はロベールが5人と、お前らは3人ずつな。
不完全な儀式ならリスクも減らせるだろう。もちろん成功率も下がるだろうが」
そして渡されたのはベルの羽衣。それは担当する相手の手首に繋がっており、いざという時はめいっぱい引っ張るのだという。
たとえ力が弱くても羽衣の魔力で増幅し、物理的に陣から遠ざける作戦だ。
「みんな……それでいいの……?」
カオリの問いに、誰もが静かに頷いた。
その様子は、ただ一人何の覚悟もなくこの場に居合わせてしまった自身が、場違いではないかと思わせる。
そんな不安を隠せないカオリをなだめるのは、いつだってクロだ。
「ごしゅじん、心配しないで欲しいのです。
クロたちは、ごしゅじんたちと一緒に居たくてこの世界に来たんです。
だから、これからもずっと一緒に居られるように、できることをしたいのですよ」
「クロ、ありがとう。それにみんなも……」
青い紐で結ばれたクロの頭をそっと撫でる。カオリはクロを止めはしない。
信用しているから、何があっても守るから。その想いと共に、手の紐をぎゅっと握りしめた。
しかし、涼河は気がかりだった。
最も大切な役目、空間の歪みと直接対峙する者、それがまだ幼いアーニャであることに。
そしてなにより、何もできないでいることに。
「空間操作、俺がやります」
「お? どしたのセンパイ? アーニャちゃんじゃ心配?」
「そうじゃなくて、アーニャさんが心配なんです。
それに……、この世界の人間が見てるだけなんて、無責任じゃないですか」
その言葉に三田爺はワシワシと頭を掻いた。
孫を思う爺さんからすれば、それはありがたい申し出だ。
けれど責任者としては、ただでさえ成功率の下がっている作戦に、熟練度の低い者を入れる事に抵抗を覚えないわけがない。
その上、そんな風に思わせた原因は、自身の発言にあるのだから……。
「本気か? 作戦を立案しておいてなんだが、これはかなり分の悪い賭けだぞ?」
「本気です。やらせてください!」
「……わかった」
「お爺様!?」
「アーニャ、お前なら出てきたヤツが敵対的な者だった時、すぐに全員を亜空間へ飛ばす事もできるだろう。だから成功率を下げてでも安全性をとった方が良い。
それに、万一こっちが失敗して地下都市に出てきたとしても、レオン率いる実戦部隊を置いてある。あいつらなら足止めしてくれるさ」
「つまり、万一の時の切り札ってことだね〜?」
「あぁ」
三田爺の意を組み、同調したのはセルだ。彼女が同意し、かつアルビレオが何も言わない時、それは経験上、反論の余地がないことを彼女は知っていた。
「わかりました。堀口さん、どうか無理だけはしないで下さい……」
「やれるだけやってみるよ」
言葉を交わし紐を受け取る。その先は、セルとアリサ、そしてチヅルが居た。
「紐を組み替えておきました。アーニャさんの負担にならぬよう、比較的軽い方にしております」
「さすがベルりん、仕事が早い!」
もちろん最も軽いのはクロなのだが、カオリから引き離すような野暮な事をするベルではない。
そして自身とハジメの紐をカオリに託し、来たる時を待つ。
「最終確認だ。
これは出てくるヤツを処理する作戦じゃねぇ。被害を出さないために、ここに誘導するモンだ。
だから、俺たちに“もしも”があっちゃならねぇ。安全第一、ヤバくなったら即逃げる。いいな?」
全員が静かに頷き、魔法陣の定位置へと歩みだす。床の幾何学模様は12の角を持ち、一人ずつその角へと立つ。一角だけを残して。そして中心には、堀口涼河。
皆が精神を集中させ、しんと静まり返った空気の中では、外の騒々しい攻防さえも倉庫の中には届かなかった。
「では始める」
ただ一言でそれは始まった。各々の持つ力を陣に流し込めば、反応するように淡く輝きだす。
そして図形を何度も何度もなぞるように、その力の流れを示す光は周回し、各角でその力を強めてゆく。
ただ一角を除いて。
「うん? 意外となんてことないかも?」
「セル、集中なさい」
もっと強烈な、全てを奪いつくさんとする強制力を持つと思われていたが、そんなこともなく拍子抜けした言葉が聞こえた。
しかしそれは、一角が抜けていたため不完全なのだと、彼女も理解していた。
「涼河、どうだ」
「歪みを近くに感じますが、あと一歩届かない感覚です……」
「そうか……。余裕のあるヤツはもう少し強めてくれ」
皆、万一の事態に備え戦える力は残しておこうと慎重だった。しかし、それでは反応は得られない。
手首にまかれた紐の先、引き戻してくれる人を信じてさらに深く、強く魔力を流す。
それに応えるように魔法陣の光は大きくなり、眩く周囲を照らし出す。
「もう少し……もう少しで届きそう……」
宙の見えない壁を触るよう手を前に出しながら、涼河は歪みを探る。
その手の先は少しだけ、ほんの少しだけキラキラと輝きだした。
その時だった。
「ここか!?」
バンッ! と音を立て、扉が勢いよく開かれる。
皆が一斉に振り返るその先、見知った男が一人。
「お兄ちゃん!?」
「お前ら何してんだ!?」
「おい局長! どうなってる!」
「見ての通りなんだぜ」
明らかに怪しい集会。そこに知った人間が居れば、連れ戻そうとするのは当然だ。
彼はつかつかと倉庫に入り、魔法陣の中央に立つ後輩と、その奥に見える妹へと歩み寄る。
しかし彼は知らなかった。その行く先が最後の一角である事を。
「お兄ちゃん来ちゃダメ!」
「あ!?」
その時にはすでに遅かった。
魔法陣は空白の一角へと踏み入れられた瞬間、待てを解かれた犬のように、陣に立つ者の魔力を吸い上げたのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!