前回のあらすじ
「会議時間のほとんどは無駄なのじゃ。さっさと終わらせるが吉じゃ」
ガチャ神の今日のひとこと
「なんじゃ、今回の連数字が狂っておるぞ? 中の人のミスかのぅ?」
5年ほど前、その頃はまだ人と人外とは学校が分かれていました。
僕は服を着てしまえば、獣人だと分かる部分はこの長く垂れた耳だけだったので、耳を隠し他の人型来訪者に紛れ、人用の学校に通っていました。
もし、人外学校に通えば、ほぼ人型の僕は攻撃対象になっていたでしょうから……。
けれどそれは、人用学校でも同じで、もし獣人だと知られてしまったら……。
そうなれば僕はどこにも居場所がなくなってしまう……。
毎日気付かれないよう、バレないようにと怯えて過ごしていました。
耳を隠すよう髪を伸ばし、見えないように髪の束の中に押し込んで、ヘアゴムで縛り上げていたんです。
けれどそれが、秘密が知られてしまう原因になりました……。
「おいイナバ! 無視すんなよ!」
「えっ? ごめん、僕耳がよくなくて……」
「こんな長い髪で耳を覆ってるから聞こえないんだろ!?
こうやって後ろで束ねれば……」
「あっ! ダメ、やめて!!」
その時にはもう遅かったんです。
束ねていたヘアゴムは取られてしまい、この長い耳はクラス中の人たちに見られてしまったんです……。
「……獣混じりだ」
「えっ……。ウソ、なんで獣混じりがここにいるの……?」
「みっ……、みないでっ……!」
僕は教室に居られず、逃げ出したんです。
その後は授業も受けず、ずっと屋上で泣いていました。
そうしているとお昼休みになって、お腹もすいて、泣くのにも疲れて、でも教室には戻れなくて……。
ずっとずっと、その場にうずくまっていたんです。
そんな時でした。アリサさんに出会ったのは……。
「あら、先客がいらっしゃるなんて、珍しいですわね」
「ごっ……、ごめんなさい……」
「いえ、責めているわけではありませんわ。だってここは共有スペースですもの。
お隣よろしくて?」
僕の返事も聞かず、アリサさんは隣に座ってきました。
屋上は広いのになんで隣に、ってその時は思ってたんです。
「どうしたの? 泣いてらっしゃるの? ほら、このハンカチをお使いなさいな」
そう言って、白地に小さな花柄のハンカチを差し出してくれたんです。
けれど僕は、耳を見られるのが怖くて、ずっと手で押さえてたんです。
「あらあら、仕方ない子ね。拭いて差し上げますわ。あら……? 貴方の耳……」
僕はその先を聞くのが怖くて、逃げ出そうとしたんです。けど……。
「あら、とっても可愛らしい耳をしてらっしゃるのね。
ふふっ、少し触らせていただけますかしら?」
「えっ……。獣混じりだって、気味悪がらないんですか……?」
「どうしてそう思うのかしら?
わたくし、この街では“そういう方”が普通にいらっしゃると聞いていますもの。
普通な事を気味悪いだなんて、おかしな事をおっしゃいますのね」
僕はずっと、人でも人外でもない、普通じゃない自分はなんなんだろうって思ってました。
けれどアリサさんはそんな僕を普通だと、人か人外かのどちらかなんていう区別じゃなく、僕を僕だと認めてくれたんです。
「あのっ……、あなたはどうしてここに……?」
「アリサ。わたくし、白鳥アリサと申しますわ」
「アリサさん、ですね。
えっと、誰かを待っているんですか?」
「いいえ。ただ、クラスに馴染めなくて、教室に居るよりもこちらの方が心地いいんですの」
アリサさんは、なぜクラスに馴染めないか教えてくれました。
学園都市外の名家の令嬢、契約主候補、学園運営局とも関わりのある人物。
そういった目に見えない札をかけられ、アリサさんは普通の友達ができなかったそうです。
どこからどう見ても普通の女の子なのに、それは見た目の違いで遠ざけられた僕と、何一つ変わってなかったんです。
「あのっ……、よかったら僕と……、友達になってくれませんか……」
「あら、嬉しい。こちらに来て初めてのお友達ですわね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺と二人きりの静まり返った教室で、イナバは初等部の頃の心の傷を隠す事無く語る。
イナバにとって、アリサは代わりの居ない大切な存在であることは、疑いようがなかった。
鬼若にとっての俺のように。
「あのっ……。だからその……」
「あぁ、焦らずゆっくり話せばいい」
「アリサさんは……、その……、誤解されやすいだけで……。悪い人じゃ、ないんです……」
「そうか……」
確かに5年前のアリサはそうなのだろう。
いや、その後のアリサも、名家の力を使って学校の区分を無くすよう働きかけたというのだから、しばらくは性根の優しい子であったのは間違いない。
けれど、今のアリサもそうであるとは考えにくかった。ヨウコを「獣混じり」と言う姿を見てしまっているのだから……。
俺は「話したくないなら話さなくてもいいが」と前置きをして、核心に迫る。
「イナバ、どうしてアリサは、お前との契約を破棄したんだ?」
「それは……、僕がバトルでは役に立たないからです……」
ただでさえ垂れている耳が、さらにしおしおと力を無くす様子が見えるほどに、イナバは肩を落とし語る。
アリサは両親からの「最高の契約者」そして「最高の娘」であることを期待されている。
そのためには誰よりも強く、誰よりも賢くあらねばならない。
そんなアリサにとって、バトルで役に立たない自分は要らないのだ、そうイナバは語る。
しかしイナバの言葉にはない、その先が俺には聞こえた気がするのだ。“誰よりも冷酷であらねばならない”と。
さもなければ良心につけ込まれ、力ある者は利用されてしまう。
そのために、力無き者を切り捨てる、一度差し出した手を振りほどく事ができると、イナバで証明してみせた。
アリサがそういった事を考えたかどうかはわからない。
けれど俺の勘とは、嫌な方向には当たるものだ。
「……アリサさんの事、黙っててごめんなさい」
「いや、いいんだそれは。
もう契約関係じゃないとはいえ、前の契約主の事を意味もなく喋る方がどうかと思うしな」
それは転職してきたヤツが、前の会社の機密情報を喋るようなもんだ。
そんなヤツはまた転職して、同じ事を繰り返すかもしれないと思われて、機密を扱うような役職には着かせてもらえない。
けれどイナバは違う。今こうやって、必要となった時まで黙っていられるヤツなのだ。
それも、アリサが本当は、俺達が考えるほど悪どいヤツではないと説くために。
「そうだな、アリサに関しては、ちょっと考えを改めてみるよ。
お前の言うように、話が通じそうな相手なら、無駄に警戒する必要もないだろうからな」
「……ありがとうございます」
しかし、どうしたものか。
本音を言えば、俺達にはもう手出ししてこないだろうし、俺が首を突っ込む事でもないのだが……。
ただ、俺とカオリ以外の契約主が同じような手で潰されるのは、間違いないだろう。
それを知りながら、放っておく事を、俺は善しとするだろうか。
などと、自身の気持ちがどこにあるか悩むのだった。
“自分の気持ちが分からない”それ自体が、自分の気持ちなんだよ?
「なんかそれっぽい事言っておるのぅ」
いや、くまちん迷ってたみたいだしさ?
「ここで言っても仕方ないのじゃ」
なら、ガチャ神ちゃんお得意の天啓しちゃう?
「いや、あやつなら大丈夫だと信じておるのじゃ」
あらやだ、熱々ね!!
「なんじゃ、その近所のおばさんみたいな反応は!?」
言葉を介さぬ信頼関係、おばさんの大好物よ!!
「まさか今後そのキャラで行くつもりかのぅ?」
めんどくさいしやめるか。
「テンションの落差!」
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