爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

500連目 静かなる事務局

公開日時: 2021年1月15日(金) 18:05
文字数:2,988

前回のあらすじ

「鬼若は苦しい二択を迫られたのじゃ」


ガチャ神の今日のひとこと

「迷ったらコインでも投げて、裏表で決めてしまえばよいのじゃ!」



「静かだな……」


「……うん」



 俺とカオリの居る部屋には、静けさのみが居座り、物悲しさを醸し出す。

これまでの、にぎやかな日常が夢だったのではないかと思うほどに……。

ただゆっくりと、時間だけが目の前を通り過ぎてゆく。



「カオリ、いつもありがとうな」


「どうしたの? 改まっちゃってさ」


「いや、この半年くらい、ずっと世話になりっぱなしだったと思ってな」



 静けさを壊さぬよう、遠慮気味に俺たちは話を続ける。



「それは、私が好きでやった事だから」


「俺だけじゃなく、鬼若の事もだ。ありがとう」


「まくま君……、やっぱり気になるの?」


「そりゃな……」



 少しの沈黙。俺よりも共に悩みを長く共有したカオリの方が、思うことあるだろう。



「鬼若君を信じてあげようよ」


「……そうだな」





 部屋を見回せば、薄暗い中に10台ほどのベッドがあり、その上では数人……。いや、数匹と表現するのが正しいだろうか、パステルカラーのスライムのような、ボール状の生物がスゥスゥと寝息を立てている。

……よく聴けば、「ゆぅゆぅ……」とも聞こえるな。


 なぜ俺たちが、こいつらのお守をしているのか、それを説明するには六時間ほど時間を遡らなければならない。



  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「すみませーん、誰かいませんかー?」



 嫌に静まり返った学園運営局うんえいに、俺の声が響く。

いつもなら受付カウンターで跳ねているはずの職員も見当たらず、来客の姿もない。

まるで夜逃げ後の事務所のようだ。

いや、運営が夜逃げしたなら、この世界は誰が管理しているというんだ?


 そんな、もぬけの殻の屋内を見回し、とりあえずカウンターに来た俺達だったが、「ただ今留守にしております」といった立て札もなく、今日が休業日だったのではないかと不安になってくる。

カオリも不審に思ったのか、カウンター内を覗き込もうとして、見えない壁に頭をぶつけて痛がっていた。


 それはいわゆる結界で、来訪者から職員を守るために設置されているものだ。

荒っぽい来訪者が学園運営局うんえいに能力を制限される事に怒り、暴れだすなんて可能性もあるのだから、必要な処置といえるだろう。



「大丈夫か?」


「平気。ガラスに気付かずぶつかっちゃったみたいで、ちょっと恥ずかしいけど……」



 防御力はあるようだが、触れたからといって、電気柵のように酷いしっぺ返しが来るわけではないようだ。



「それよりも、まくま君。中に誰か居るみたいなの」


「そうなのか? 悪いけど、持ち上げて中を見せてくれないか?」



 俺は全長1mの抱きまくらなので、自力で中を見ることはできない。

というより、カウンターの上に何が乗っているかも見えない身長だ。

そんな俺なので、カオリは肩車と言うのが正しいか、肩の上に立たせて中を見せようとしてくれる。



「もうちょっと近づけないか?」


「うん、結界にぶつからないように、気をつけてね」


「むしろ、結界に手を着いた方が見やすいかもな」



 そう思い、壁に寄りかかるように手を伸ばした俺だったが、支えてくれるはずだった透明なそれは、俺の存在を感知しなかった。


 伸ばした手は宙を切り、バランスを崩した俺はカウンターの中へと引き込まれる。

その結果、コロコロと転げ落ち、俺は無様にも顔面で着地する事になってしまった。

ふと鬼若に契約式ガチャを代行させて、顔面で端末スマホを操作した時を思い出し、懐かしい気持ちになる。



「痛っ……。くはないけど、何だったんだ!?」


「えっ!? なんで!?」



 カオリは、見えないカベをドンドンと叩くが、実際には叩いた音はなく、まるでパントマイムをしているようだ。



「とりあえず落ち着け。まずはこっちだ」



 俺はカウンター内で横たわる、ぽよぽよとしたピンクの球体を背負い、椅子を使ってカウンターの台へと乗せた。



「!? 職員さん!?」


「えらくやつれているがな」



 頬はやせこけ、げっそりとしたその顔色は……、なんとなく血色が悪いように見える。

スライム的な生物に血色という表現が正しいのかは分からないけれど。


 最悪の事態を想定したカオリは、恐る恐る尋ねる。



「息はしているの……?」


「んー……。まくらな俺は息してないし、元々しないのかも?」


「それって……」


「冗談だ。寝てるだけっぽいな」


「ちょっと! 驚かさないでよ!」



 プンプンと怒るカオリに、スマンスマンと言いながら、俺は職員を起こそうと試みる。

しかし、やつれながらも幸せそうな寝顔を見せるそれは、全然起きる気配を見せない。

その顔にちょっとイラついた俺は、クロ直伝の必殺技“百烈クマパンチ”をくらわせてみた。



「ゆぇっ!? いまなんじ~?」


「4時だ」


「おしごとは9時からだから~、10時におこして~」


「午後の4時だ! というか、遅刻前提の起床時間じゃねーか!!」



 なんというか、ここの職員は前にも思ったが、かなりユルいのだ。

クマパンチで起こされたにも関わらず、のんびりとした様子だし、痛覚とか焦りとかないのか?

なんて思っていたが、焦ることはあるらしい。



「ゆっ!? うぇっ!? ここ事務局!? なんでなかにいるのー!!」


「それは俺が聞きたいくらいだ」


「ゆぇーん!! きょくちょーー!!」



 そういって、ピンクの気の抜けたボールは、カウンター背後のドアへと消えていった。

そして、カウンターには「一体なんなんだ」と、呆れ顔で見送る俺達だけが残された。

さすがに中に入っただけで問題なのに、追いかけるわけにもいかないなと悩んでいたのだが、しばらくして出てきたのは、先ほどの職員と同じくげっそりとしたクリーム色のボールだった。



「あぁ、君か……。なら納得なんだぜ……」


「ひどいクマだが、大丈夫か?」


「ははは……。クマはそっちなんだぜ……」


「とりあえず、疲れているようだから、コレを飲め」



 会話すらまともにできていない局長に、俺はアイテムボックスからドリンクを差し出す。

それは、スタミナドリンク通称スタドリだ。


 ゲームであれば、クエストをこなすにはスタミナを消費するのだが、そのスタミナを回復するアイテムが、このスタドリだ。イベントや、ログインボーナスなどで貰うことができる。


 しかし、回復量は、「プレイヤーの最大スタミナ値」と決まっており、その最大スタミナ値はプレイヤーレベルを上げることで徐々に増えていく。

そのため、最大スタミナ値が上限に達するまでは、なんとなくもったいなくて、使わずにアイテムボックスの肥やしになっていたのだ。


 こういうのを「エリクサー病」や「ラストエリクサー症候群」と呼ぶんだろうな。

いや、使う予定があるなら少し違うか?


 ちなみに、契約課金石でもスタミナ回復できるのだが、その場合はスタミナ上限に関わらず、一定量の回復であるため、俺はクエストを廃周回する時なんかはいつも石を砕いていた。

だからこそ、大量にスタドリが余っているんだけどね。



「こんな高価なもの、悪いんだぜ……」


「といいながら開けてるし、飲んでるし」



 グビッグビッ! プハー!! と、まるでビールを飲むおっさんのように缶を空けると、少し顔色は良くなった……、ように思う。スライム系生物だからね、この顔色が良いのかどうかは不明だ。



「少しマシになったんだぜ。ありがとうだぜ」


「それはいいんだけど、一体何があったんだ?」


「それは……」



 少し言いよどんだ局長であったが、見てもらった方が早いと、俺を奥の部屋へ誘う。

状況は分からないが、とりあえず話はできそうだと判断し、カオリには待たせてある皆を呼ぶよう頼み、俺はその黄色いボールを追いかけた。

明言してないから大丈夫!


「いきなり何の話じゃ?」


そこ明言できないから!


「どこへ向かっての言い訳かのぅ……」


世の中触れてはいけないモノもある。


「ワシが前にセーフだと力説したやつかのぅ?」


石橋は叩いて砕いていくスタイル。


「攻めの姿勢は大事じゃが、方向性が間違ってる気がするのじゃ」


俺はネタに全振りしちゃう系カミサマなんだぜ?


『それに振り回される系中の人なんやで』


「おぬしら、いつか怒られるのじゃ」

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