爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

540連目 まくらは眠らない

公開日時: 2021年1月17日(日) 18:05
文字数:2,879

前回のあらすじ

「まくらが久々にまくららしく、抱きまくらとして使われておったのじゃ」


中の人の今日のひとこと

『抱きまくらが無いと、掛け布団を丸めて抱いてしまうので風邪引くんよね……』

「ワシのコーナーを取るんじゃない!!」

 俺は局長と別れた後、非常灯だけが灯り、おだやかな月明かりが照らす廊下の待合席で、深夜徘徊者が帰るのを待っていた。

別に何をしていたっていい。それには俺も局長と同意見だ。

けれど、突然居なくなれば心配するというもの。せめて一言声をかけるように言うべきだろう。



「ようクロ。おはよう。あとおかえり」


「げっ! まくまさん……。なんでこんな所に……」


「そりゃお前が出て行くのが見えたからな、帰ってくるのを待ってたんだよ」



 クロは俺が怒ると思ったのか、ションボリとして伏目になっている。

こんな愛らしいクマまくらに、そういう態度をさせるほどの威厳があるのだろうか。



「うぅ……。ごしゅじんには内緒に……」


「別に責めるつもりもないしいいんだが、どこいってたんだ?」


「……夜のおさんぽです」


「それなら、そうと言ってくれればいいのに。カオリも心配するだろ?」


「うぅ……。わんこにはナワバリを見回る習性があるのですよ……」


「まぁな。ま、カオリには言わないでやるから、部屋に戻って休むといい」


「まくまさん、ごめんなさい」



 おやすみなさいという声は、クロの姿と共に廊下の闇に溶けた。

その姿を見届けた後も、俺は一人ベンチに座る。傍から見れば、忘れ物のクマのぬいぐるみにしか見えないだろうな。


 夜の静けさは、一人もの思いに耽るにはありがたい。

色々とありすぎた、少し整理しないとクマヘッドが爆発してしまいそうだ。


 鬼若の件は、あとは本人に任せるしかない。俺の出る幕はもうないだろう。

学園運営局の件は……。局長はうまく誤魔化されてくれたが、俺には思い当たるフシがある。

もし現状が改善しないようであれば、何とかしてやらないといけないな。俺の切り札を使う事になるかもしれない。


 そしてクロ、こんな夜中に出歩くとは何かあるんだろうな。

まぁこれは、カオリに任せた方がいいだろうな。

やはり、俺が一番気にかけないといけない事は……。


 そんな風に思考を巡らせていれば、暗闇から俺の名を呼ばれた。



「あぁ、カオリか。おはよう、目が覚めちまったのか?」


「うん。クロがトイレから帰ってきた時にね」



 トイレからねぇ……。そう思いながらも「そうか」とだけ返す。

しかしカオリは「一体どこのトイレまで行ってたんだか」と続けた。



「クロがそう言ってたんなら、そうなんだろ?」



 一呼吸間を空けて、カオリはため息のように思いを吐き出てゆく。



「……やっぱりダメだね、私」


「ん? 何がだ?」


「クロなら大丈夫って信じたいのに、どうしても気になるの」



 夜というゆるやかに流れる時間は、人を饒舌にさせるのだろうか。

カオリは見守ってやりたい気持ちと、手を差し伸べたい気持ちで揺らぐ胸の内を語る。



「まくま君を見て、私もこんな風に陰から見守る事を覚えなきゃって思うのに、うまくいかないの。

 どうしても、どうしても全部知っておきたいし、危ない事やってるならやめさせたくなるの」


「無理に俺みたいにしなくても、別にいいんじゃないのか?」


「でもそれじゃ……。クロのためにならないんじゃないかって……。それに……」



 カオリはゆっくりと後ろを振り返り、窓の外に浮かぶ薄い月を眺めながら、静かに言葉を漏らす。



「それは私が、クロを言いなりにしたいだけなのかもって……」


「……本当にそう思うのか?

 心からそう思うなら、そうなのかも知れないな。

 だけどさ、ただ純粋に心配しているだけだったら、そんなやましい感情なんかじゃないと俺は思うけどな。

 少し過保護かもしれないけど、それには『優しさ』っていう名前があるんだ」



 えらく遠まわしな言い方になってしまった。

けれど、カオリがそんな風に感じた事を、ただ俺が否定するのは、何か違うと思ったんだ。

優しさか、束縛か……。その判断は、本人達にしかできないものだから。



「……ありがとう」


「それに、カオリも局長も、俺を買いかぶりすぎなんだよ。

 ただ俺は、誰かに敷かれたレールの上を歩きたくないだけだ。

 誰かに言われてやった事って、いつか後悔すると思うから。

 だから、他の奴にも自分で悩んで、自分で決めて欲しいんだ。

 相手のやることに口を出さないようにしてる理由なんて、ただそれだけなんだよ」



 俺の持論を聞いて、カオリは少し考えを巡らせているようだった。

ただ人の真似をするだけじゃなく、本当にそれが自身にとって必要な事なのか、カオリが考えるきっかけになったのなら無駄ではないだろう。

カオリがなんらかの結論を出せたのかは分からなかったが、話を逸らすように俺に問いかけてきた。



「それで……、まくま君はこんな時間に何してたの?」


「あぁ、セルシウスからメッセージが来ててな。ちょっと気になる事があって」



 色々と降積った俺個人のタスク、その最後がこれだ。

クリスマスの周回以来顔を合わせていないが、セルシウスともメッセージのやり取りはしている。



「メッセージ自体は、昼のうちにクロがバレンタインのプレゼント持って行ってくれただろ? それのお礼と、節分の時もありがとうってさ」


「喜んでもらえたみたいで良かったね。それで気になる事って?」


「うーん、俺もちゃんと把握できてないんだが……」



 セルシウスからのメッセージ、それは俺に対する忠告だった。

節分の時、セルシウスへ恵方巻きを届けたのはイナバだった。その時初めて、イナバの契約主が俺だとセルシウスは聞かされたらしい。


 まぁ、この世界の暗黙の了解として、契約関係の話をする事はあまりないらしい。

それによって派閥ができてしまい、普段からぎくしゃくしてしまう事になりかねないからな。

だから、その時まで知らなかったのは問題ないのだが、セルシウスはイナバが他の者と契約していると思っていたようだ。



 その相手というのが、イナバ達の通う学校では少しばかり悪い意味での有名人らしく、イナバはその契約主の取り巻きの一人なんだそうだ。

メッセージでは“パシリ”と書かれていたが、カオリに説明するのにその表現はやめておこう。


 そんな訳で、セルシウスはイナバに注意した方がいいのではないか、とメッセージを送ってきたわけだ。

俺とカオリが例外なだけで、契約主同士は対立する場合がほとんどなのだから、この忠告というのは純粋な良心からの行動だろう。


 しかし、俺が契約式ガチャでイナバと契約したのは間違いなく、なんならカオリも見ていたのだから、そこに問題はないはずだ。



「そういう訳なんだが、カオリはどう思う?」


「どうって言われても……。イナバ君がスパイ? みたいな事してるかもってコト? うーん……」


「そういう反応になるよなー。だってイナバだし」


「まくま君……。その言い方は、それはそれでひどいと思うけど……」


「いやだってさ、あのイナバだよ!?」



 暗くてよく見えないが、カオリは困惑顔だ。ははは、ちょっとばかしからかいすぎたかな。

とりあえず「今は考えても仕方ない」と結論を出し、もう少しだけ寝たほうがいいとこの場は解散した。


 さて、鬼若が起きた時に俺がいないと寂しがるだろうから、俺もこっそりと戻る事にしよう。

これからしばらく忙しい日々が続くだろうからな、まくらは眠らないとは言え、休めるうちに休んでおこう。

君達、なんで前書きで喧嘩してんの……。


「あやつがワシのコーナーを取ったのが悪いんじゃ!」


まぁまぁ、たまには中の人も出たいんでしょ。


「出たがりちゃんめ……」


いや、ガチャ神ちゃんが人のこと言えるのか?


「ワシが出ない爆死まくらなど、ただのまくらじゃ!」


うん、爆死担当だもんね。

てことで、超中途半端に次回月章へと進む。


「2月章は問題が噴出しただけで終わったのじゃ」


それって、来月章の更新数がヤバくなるフラグでは??

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