それなりの収穫を得た私たちは、その旨を守口君に連絡したあと、意気揚々とパトロールを続けた。
本当なら今すぐに映像データを渡して対策を打って欲しい所だけど、まだ事件が起きていない現状では優先度が低いのだ。
それでも今後は、重点的に捜査してもらうための資料にはなるだろう。
日が傾きはじめ、周囲の建物の影でだんだんと通りは暗くなっている。
まだ日没には多少時間はあるものの、大通りはともかく一歩路地へと踏み入れれば、人通りも明かりも少なく、そこは暗い別世界だ。
「8月も終わりに近づくと、日が短くなるわね」なんて話をしながらも、そういった話を織り交ぜるのは忘れない。
巡回のなんたるかを教えるのも先輩としての役目だ。
「確かにこっちの道とか、暗いし人通りも少ないですね」
「そうね。ちょっと行ってみましょうか」
彼の指し示す先は、大通りに面しておらず、人の姿は見当たらなかった。
けれどこういう所って、意外と隠れ家的な店があったりして面白かったりもするのよね。
なんて、探検のようなつもりで入っていった。
そんな一瞬の気の緩みのせいか、その道からさらに分岐した細い道に気付かず、そこから駆け出してきた男女三人組とぶつかりそうになる。
「ちょっと! 危ないじゃないの!」
つい声を荒げてしまったが、彼らは私に気付かなかったかのように、大通りへ向かい走り去った。
「まったく、なんなのよ」と小言混じりに、彼らの出てきた道を覗くと、三人の男がたむろしている。
しかし何かおかしい。一人は右の手首を逆の手で押さえており、その男に向かって他の二人がうろたえている様子なのだ。
そして周囲を見回せば、酒の缶にタバコの吸殻、そして一本のナイフ……。
銀色に光るそれを見つけた時、最悪の状況が頭をよぎった。
「ちょっと! あなたたち大丈夫!?」
駆け寄る私に驚いたのか、三人揃って私を睨む。
けれど今はそんな事気にしている場合ではない。ともすれば命に関わる状況かもしれないのだから。
「ほら見せて! ケガしてるんでしょ!?」
駆け寄り、半ば無理やり抑えている手を剥ぎ取って傷口を見る。
よかった、血が出ている様子はない。ナイフで刺されたのかと最悪の事態を想定したが、そうではないようだ。
いや冷静に考えれば、ナイフに血が付いてなかったのだから当然か。
けれどその手首は赤く一本の線が刻まれており、痛々しく腫れ上がっていた。
触るとひどく熱を帯びていて、骨まで折れている可能性があった。なにか細い棒のようなもので殴られたのだろうか。
「傷はないようね。でもひどい炎症を起こしてるわ。
たしか、コールドスプレーがあったはず……」
ポーチをひっくりかえし、バサバサと落ちてきた荷物の中からハンカチを取り出す。
そしてコールドスプレーをそこに吹き付け、キンキンに冷やして患部に当てた。
「いってぇ!!」
「ガマンしなさい!」
情けない声を上げる彼を一喝しつつ、ポーチに忍ばせてあった割り箸が地面に落ちているのに気付く。
これで固定しておこう、そう思い手首に添える様にハンカチと一緒にタオルで縛った。
「応急処置だけど、これでマシになるはずよ。
でも、もしかすると骨が折れてるかもしれないから、すぐに病院で診てもらいましょ」
「いきなり現れて、なんなんだよオバさん」
「オバさんですってぇ~?」
ぎゅっとタオルでぐるぐる巻きにされた手首を握ると、男はまたも情けない叫び声を上げた。
「スミマセンスミマセン、美人のお姉さん、ホント勘弁してくださいっ!」
「わかればいいのよ。だいたいあなたたち、こんな所でなにやってんのよ」
「なんだっていいだろ……」
「よくないわ。こんなひとけの無い所で、万一の事があったらどうするの!
って、この状況を見るとすでに何かあったようね。何があったのか聞かせてもらえるわよね?」
そういってにっこりと笑いばらがら、男の手を握る。
そうすれば男は再び、半分泣きべそをかきながら語りだした。
「ふぅん……。こんなトコで酒盛りしてたら、女の子が突っ込んできたと……。
で、ちょっとからかったら返り討ちにされたと。
しかも、あとから来た男の子に、よくわからない方法で叩きのめされたなんて……。無様ね」
「返す言葉もありません……」
あっ、じゃなかった。事実確認させてしょっぴくつもりが、本音が出てしまった。
どっちにしろ私にはその権限はないんだけどね。
しかし正座でちぢこまる三人の男は、本当にバカというかなんというか……。
「だいたい、なんでこんな所で酒盛りなんてしてんのよ」
「んなもん飲まなきゃやってられねえっすよ!
もうすぐ月が落ちてくるってのに、マジメに働いてられっかっての!」
「え? あなたたち、そんな話信じてるの?」
おもわずポカンとしてしまった。
というのも、それは少し前に話題になった話で、よくある終末思想というものだ。
月が落ちる話、大々的にテレビでもやってた事もあったけど、今やゴシップ誌くらいでしか取り上げられないような話題。
よくある話よね。私の知る限りでは、1999年の恐怖の大魔王だとか、マヤ歴の終わりとかね。
私も若い頃は信じるとまではいかなかったけど、話の種に面白おかしく「もし本当にそうなったらどうしよう」なんて程度に盛り上がったりもしたものね。って、今でも十分若いわよ!
ま、ともかく彼らはそれを信じちゃって、お酒の力を借りてぱーっと忘れようとしてたのね。
なんだか、妹さんの事を忘れようと、遊びに興じる真君とダブるところがあるわね……。
だからこそ、ここは理解ある大人の対応をしなくちゃね。
「まぁ、そういう話を信じる信じないは自由よ?
だけど、こんな所でたむろしたって仕方ないじゃない。もうちょっと場所を選びなさいよ」
「おば……。じゃない、お姉さんは信じてないのかい?」
「えぇ。そういう類の話は、今までもごまんと聞いてきたからね」
「そうかい。でもな、意外と信じてるヤツは多いのさ。
俺たちみたいなの以外にも、新興宗教を立ち上げるヤツだっている。
そういうやつらの方が厄介だぜ?」
「はぁ……。まったく、いつの世も変わらないわねぇ……」
終末思想がはびこる時代、それは人々が息苦しさを感じているのだろう。そこにつけ込む怪しい団体。
操られている事にも気づかず、大きな事件を起こしたり……、テロ事件にまで発展する事も少なくない。
それは、今の社会に対する不信感でもあるのだろう。
警察関係者として、私たちのやっている事が信頼されていないというのは、心がモヤモヤする。
けれど、だからといって彼らを説教したって何も変わらない。信頼を得るためには、行動するしかないのだ。
私は名刺を差し出した。
「もし何か困った事があったら、ここに連絡して」
「え? ……お姉さん警察人だったのか!?」
「ま、関係者ではあるけど婦警じゃないわ。だから、遠慮なく相談してね。
それと、その怪我はちゃんと病院で診てもらうこと。いいわね?」
「……はい」
おそらく彼らは警察に見つかるとマズい事をしていたのだろう。少なくとも、ナイフが彼らのものだったら銃刀法違反だ。
けれどそれを問い詰めるのではなく、手を差し伸べるのが求められている事だと私は思う。
「それじゃ、気をつけて」とだけ言い残し、私は印南君を引き連れてその場を後にした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!