「変? 何かありましたか?」
昨日、まさに映っているこの現場に一緒に居た印南君は、どうやら気付いてないようだ。
森口君は映像を一時停止し「巻き戻す?」と問いかけた。
「とりあえず一時停止のままで、昨日のことを確認しましょ。印南君も覚えてるわよね?」
「え? なにか変なことなんて、ありましたか?」
「ほら、あのクマのぬいぐるみ取ろうとしてた時に、店員の女の子が言ってたじゃない。
昨日2つあったうちの、片方を取った人がいたって話」
「あぁ、そういえば……」
正確には「お見送りした」とか言ってた気がするが、おそらくテーマパークのキャストが「いらっしゃいませ」ではなく「ようこそ」と言うようなものだろう。
つまり「お見送り」も、意味としては取った人が居たってことでいいはずだ。
「それでナトさん、それがどしたの?」
「昨日の開店から再生したのに、その取った人が映ってないのは変よね?」
「あ、確かにそうですね。映像が途切れてる時に取られてたとかですかね?」
「画面の乱れは一瞬だし、考えにくいと思うのだけど……。
少し巻き戻して確認しましょう。時間はお昼頃からくらいでお願いね」
「はいさー!」
気の抜けた返事と共に手際よく操作され、映像を切り替えた。
そして今度は早送りなしで、じっくりとクレーンゲーム周辺を念入りに見る。
それは本当に隅の、隅っこにちらっと映っていた。
「あっ、ほらこれ見て! 画面隅でほぼ見切れちゃってるけど、水色のクマの横に茶色のクマの……耳の部分かしら? ともかく一部が映ってるわ」
「ということは、お昼の時点ではまだあったって事だね」
「でも、映像は途切れ途切れですし、映ってない時に取った人が居たんじゃないですか?」
印南君は映像の乱れで映っていない可能性を指摘したが、それでは説明できないのだ。
けれど、森口君はあのクレーンゲームの仕様を知らないかもしれないし、一から説明しよう。
「印南君、あのクレーンゲーム覚えてるわよね? たこ焼き器の穴にピンポン玉を入れるタイプなのよ?
つまり、当たった事を店員に言いに行く必要もあるの。その上それを確認して、賞品を取り出してもらう必要があるわけ」
「ふむふむ。それはどんなに早くても、数分はかかりそうだね~」
「そうなのよ。だからこのカメラが不調だったとしても、そこまで長く映ってない時間なんてないはずでしょ?」
「それじゃ、このクマの耳らしき何かが無くなる時間まで早見再生しよっか」
早送りされ、三人で画面隅の茶色い欠片を見つめる。
そしてそれは、数度の不調による画面の乱れの後、忽然と消え失せた。
「ここね。画面が消えてた時間は何分くらい?」
「真っ黒になったのは15秒くらいで、その前後の乱れた映像合わせても、1分ないくらいだね~」
「でもこれって、何か関係があるんでしょうか?」
「……映像が細工されてるって、ナトさんは考えてるんだよね?」
「えぇ。昨日私たちの対応をしてくれた彼女が、嘘をついてない限りはね」
「僕、呼んできますね」
誰よりも先に動いたのは印南君だ。彼はこの捜査に賭けているのか、行動に移るまでの間は全く無かった。
そして連れられた商売上手な彼女は、一体何事かといった表情だ。
状況を説明すれば、昨日のぬいぐるみを取った人の事を事細かに話し出した。
「ええと、昨日の2時台だったはずです。
確か、ぬいぐるみを取ったのは、高校生のカップルですね」
「高校生? どうしてわかったの?」
「あぁ、制服でしたからね。なんだかコソコソしてたので話しかけたんですよ。
そしたら彼女の方が男の子の方に耳打ちして、ぬいぐるみが欲しいからやってみたいって話になったんですよ。
二人で何度か挑戦して、結局はその男の子の方が取っていったんですよ」
「すごく細かく覚えてるのね……」
昨日の事とは言え、多くの客対応しているはずの彼女がここまで覚えている事に驚いた。
けれど彼女にとっては普通の事らしく「長くやってると覚えてしまえるものですよ」と笑った。
「その時隣で見てたんですけど、ピンポン玉が外れたかと思ったら、吸い込まれるように当たりの穴に入ったので、特に印象に残ってるっていうのもありますけどね」
「ふーん。それでナトさん、これってどういうことだと思う?」
「話を聞く限り、カメラの不具合で映ってなかったとは考えにくいわね。
何度もやってたって話だし、そのカップルどころか、隣で見てたはずの彼女も映ってないんだもの」
「じゃあ、映像が細工されてると……?」
「でもどうしてかしら? 賞品を取られる映像を見せたくなかった……?」
可能性としては無い話ではない。
景品があきらかに高額で、それを取らせてしまったのだから法律に引っかかると思ったのだろうか。
けれど、それなら逆に取れない景品を飾っておくのは詐欺になってしまう。
「他にこの映像の時間、2時から5時ごろまでで変わったことは?」
「変わったことですか……。いつも通りだと思うんですけど……」
「変わったことって聞かれても、漠然としててわかんないよね~」
私の質問に頭を悩ませる彼女に、森口君はすかさずフォローを入れた。
といっても、私もどう聞けばいいのか分からないのだ。映ってないこと、知らないことを聞くのだから。
「あの……、映像が加工されているのですから、入口付近であったことだけを教えてもらえればいいんじゃないですか?」
「そうね。他のカメラは正常に動いているから加工されていないはずだし、この場であった事が問題なのよね」
「そうは言いましても、いらしたお客様の対応くらいですね……」
「その中で、不審な人とかはいなかったかしら?」
「えぇ……、不審な人ですか……。そんな人居たらオーナーを呼ぶか、警察に通報しますよ」
「それもそうよねぇ……」
「あ、でも、オーナーを呼ぶといえば、いつもの常連さんが来て、オーナーと話をしてましたね」
「常連さん?」
「えぇ。いつもいらっしゃるんですけど、ゲームをするでもなくオーナーと話をしてるんですよ」
「名前や年齢はわかるかしら?」
「えっと確か、オーナーはマコト君って呼んでたような?」
その名前にピンと来てしまった。なぜなら、同じ名前の人に昨日会っていたのだから……。
けれど信じたくなかった。彼が何かよからぬ事に関わっているなんて。
だからこそ私は、同名の別人だと願い、続けた。
「昨日来た時の服装などを教えてもらえるかしら……」
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