「一の手・手裏剣――」
そう詠唱すると十手の鉤部分が巨大化し、バツの字を描くように棒身と交わる。
「――鎌鼬っ!」
詠唱と共に十手をミューへと投げつける。だがただの直線状の投擲ではない。操作自在の風の刃を纏った斬撃だ。
「はぁぁぁぁっ!」
「だから話を聞けっ!」
腕を振ることで十手を操るが、ミューに上手く弾かれ攻撃が当たらない。が、想定内だ。
「二の手・二刀流――」
十手をキャッチし、棒身と鉤を分断して二刀にする。
「――斬蟷螂っ!」
そして繰り出したるは単純なる二本の武器による振り下ろし。当然剣で防がれるが、
「なに……!?」
私とミューの間に小さな金属の破片が飛ぶ。この技は斬ることに特化してるんだ。聖剣そのものは斬れなくても、刃こぼれを起こすくらいはできる。
「三の手・棒術――」
そして一度距離をとり、伸びた鉤を棒身の先端に取り付け、一本の長い棒に変化させる。
「――亀刻っ!」
渾身の突きが聖剣の腹に当たり、ミューの身体が軽く後ろに飛ぶ。これでまともに打ち合えるようになった。
「今ここで戦うだけ無駄だ! その武器を斬られたら困るだろう!?」
「残念だけど、しばらくそれは無理だよ。剣を見てみたら?」
さっき私が打った場所。そこには青く輝く亀の甲羅の刻印が刻まれていた。
「それは能力を封印する刻印。一時的だけど、万物を斬り裂く制限呪は使えないよ」
「なっ……! 一体何なんだ、その武器は!」
魔王が使っていたとされている魔道具、千方百計十束剣。その能力は十の魔法の発現だ。
魔力を込めることで十種類の武器に変形でき、それに対応した効果が得られる。
一つ一つはたいしたことはないが、一の手から九の手まで順番に技を使うことで、あらゆる知識を持った私が最強だと確信できるほどの魔法を使うことができる。
「四の手・一刀流――」
棒術モードよりもさらに鉤が短く鋭利になり、通常モードと同じくらいの長さに変化した十手。私はそれを左腰に構え、腰を低くして相手を見据える。これは十手の間合いに入ったものを自動的に斬りつける魔法。映像では待ちの技だったが、セイバの技術なら動けるはずだ。
摺足、というらしい。ケンドーという武術の高速歩行術。足を床に擦るようにして動かすことで、身体を動かさずに構えを継続できる。これで奴を斬りつけるっ!
「――居合獅子っ!」
構えもせず立ち尽くしているミューの身体に、すれ違いざまに一太刀入れる。奴の身体が斬れた様子はないが、手ごたえはあった。そして戦場ではその傷が命取りになる。
「九手まで使う必要もなかったね。あの世でノエル様に詫びてこい。もっともノエル様と同じ場所に行けたらの話だけど――」
十手をしまうために魔法を解こうとした瞬間、ようやく気づく。
「悪いがそれは少し待ってもらおう。この世に悪が残っている以上、私はまだ楽になるわけにはいかない」
私の手から、十手がなくなっていた。振り返りながら見上げてみると、私とミューの中間地点の上空を乱回転しながら飛んでいる。
「まさか……!」
私が斬る寸前。それより先に私の武器を払い飛ばしたとでもいうのか。
「まだだ……!」
「居合とは――」
私にはダンジョンブックがある! これさえ使えれば私は最強だっ!
「オープ……!」
「――こうやるんだ」
私が最後の文字を口にする前に。ミューの剣は私の首を捉えていた。
あと数ミリ手を動かすだけで刃は私の命を刈り取る。それなのにミューは私の首筋を捉えながらそれ以上進ませることはしなかった。
「なんで……!」
所詮こいつはヒャドレッド程度だったはずだ。それなのになんで、私が負ける……!
『姫、全ては私の力不足故です。事が終わり次第腹を切ってお詫び致します。ですがその前に合体を解いてください。このままでは姫は……!』
「いや、いいよ……」
心の中でセイバの謝罪が聞こえてきたが、それには及ばない。悪いのは私だ。最初からダンジョンブックを、いや遠距離系の魂の転職を使ってさえいれば確実に勝てたんだ。
この手でミューを殺すことに拘った私のミス。セイバに責任はない。腹を切るのは私の方だ。
「殺して。今の私にならその刃は通るよ」
私の100年という時間を生きる糧を失った今、もうこの世に未練はない。勘違いだって気づいたならフィアやスーラの罪もなくなるだろうし、生きてやらなければならないこともなくなった。それなのに、
「断る」
ミューは私の死を拒絶した。
「あぁそう。ならいいよ。自分で死ぬから」
剣を首に押しつけるために右手で刃を握ろうとする。少し触れた。痛い。思わず離してしまった。
「くそっ――!」
なんなんだ。死にたいのに死ねない。殺そうとしていたくせに殺さない。もう全部どうだっていいというのに。
「私は」
剣を構えたままミューは言う。
「私は、このダンジョンに巣くうモンスターを討伐しにここに来た」
「それは――」
最初にここに来た時の話だろう。今は私を殺すためにこのダンジョンにいるはずだ。
「お前はなぜここにいる。なぜ再びこのダンジョンに訪れた」
「そんなの――」
ミューを殺すため。ではなかった。それはあくまでノエル様からいただいた秘書官服を傷つけられたからだ。
私の本当の目的。それは、
「××トラップダンジョンでスローライフを――」
何のしがらみもなく、毎日が適当で楽しいスローライフを送るためにここにいるんだ。
生きるために、ここにいるんだ。
「私の標的は人間であるユリー、お前ではない。お前もそうだろう? 今お前の目的を邪魔しているのは私ではないはずだ」
このダンジョンに足を踏み入れ、好き勝手荒らすモンスター。それがお互いにとっての障害だ。
「私一人の力ではトーテンに勝つことはできない。お前なら一人でも勝てるか?」
一人ではできないことがある。フィアとスーラに教えてもらったことだ。
「お互い思うところはあるだろう。だが今、そんなのは些細なことだ。全て終わらせてから思う存分語り合おう」
ミューが右手の剣を首とは逆の方に動かし、私たちの敵に向ける。
「オープン。魂の転職、クローズ。セレクトコスチューム」
私はダンジョンブックを召喚し、ノエル様からいただいた秘書官服と同じものを身に纏う。そして傷ついていない左手で十手を拾い、私たちの敵に向けた。
「にゃはははっ! 喧嘩はもう終わりか? こっちはとっくに準備万端だぜっ!」
私たちの敵、ニェオの腕の間には既に人一人を呑み込めるほどの大きさにまで成長した闇魔法がある。これに触れれば終わりというわけか。
「一つも終わってないよ。私はまだミューを許さないし、許すつもりもない」
「それは私も同じだ。こちらにも非はあるとはいえ、この100年間一般人が苦しめられているのを知りながら何もしなかった罪は軽くないからな」
「はぁ? そんなの時効でしょ、時効。ていうかそんな法律ないし」
「私を傷つけ、兵士たちをこのダンジョンに入れ、イユに拷問したのは誰だ?」
「不可抗力だから無罪を主張するよ。ていうかミューだって私たちを殺そうとしたくせに」
「私は勇者だからな。あらゆる法律が除外される。治外法権というやつだ」
「これだから最近の勇者はっ! ノエル様なら絶対そんなこと言わなかったっ!」
「落ち着け、老害。それにそんな勇者をサポートするためにその秘書官服を着たんだろう?」
「勘違いしないでくださいーっ! これは私の勝負服なだけであなたは関係ありませんーっ!」
「まぁどちらにせよ今その服は着ているだけで犯罪だ。また罪が増えたな」
「まったくやな世の中になったもんだよっ! ていうかさっき私のこと老害って言った? 私17歳! あんた19歳! 私の方が若いんだからっ!」
「落ち着け、117歳」
「きーっ! むかつくーっ!」
「……また喧嘩を始めるにゃら待ってるが?」
あーもうイライラする。こんなのが今の勇者なのか。まぁ、なんにせよ。
「貴様を斬った後思う存分やらせてもらうさ」
「だからささっとテンションフルブーストで終わらせるっ!」
これが私の、秘書官としての初仕事だ。
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