「それじゃあマジックスライムの討伐を祝して乾杯っ!」
『かんぱーいっ!』
マジックスライム、ハイマジックスライムの群れを全滅させた私は、住民たちに誘われて村一番の大きさを誇る食堂にやってきていた。乾杯の音頭を取った村長さんが言った通り祝勝会ということらしい。
「にしても人来すぎでしょ……」
村一番の大きさとは聞いていたが、ここまで大きな食堂だとは思っていなかった。具体的に言えば、住民全てプラス観光客。つまり今この村にいる人間全てが参加しているのにまだ席に余裕がある広さ。まぁ霧霞族の特性的に食事に比重が置かれるのは仕方のないことか。
「おいひいっ、おいひいっ、おいひいっ」
霧霞族はカロリーを消費して魔力を回復させる一族。胃の大きさはそのままその人の強さに直結しているし、空飛ぶスライムの光景を見る限り全ての住民が魔法を使えるし、普通の人間よりも魔力が多い。テーブルに上がって周囲の料理を食べ尽しているフィアがそこまで異常に見えないくらい全員食事に対する執念が半端なかった。そんな中、霧霞族なのに食事に手をつけない人が一人。
「スーラは食べないの?」
「食べるわよ。……でも少しずつ食べないとおなか壊しちゃうの」
先の戦いでほとんどの魔力を使い果たしたスーラは綺麗な女性という感じから一転、ただのかわいらしい10歳の子どもになってしまっていた。だがこれがスーラの本来の姿。普段は魔力を身体の許容量より多く抱え大人の姿になっているが、身体に負担があるらしいので慎重にカロリーを摂取しなければならないのだろう。
「取り置きしてあげようか?」
「……自分でできるから大丈夫」
周りとの熱量が違いすぎて私とスーラで会話するしかないのだが、当のスーラは大きな丸い瞳で私を睨んでいる。元々どこか私を敵視している節はあったが、私の戦闘を見たことで疑りも合わさってより厳しいものになっている。
「それにしても観光資源が壊されてよくこんな大騒ぎできるよね」
仕方ないので返事をせざるを得ない話題を口にする。なぜかなんてわかりきっているのに。めんどくさくて仕方ない。
「結局のところ何も変わっていないもの。少し遠くに行けばまだマジックスライムはいるだろうし、チュウチュウトラップダンジョン内には今回とは比にならない数のスライムがいるって噂も聞いたことがある。ヒャドレッドのチューバを倒さない限り何も終わっていない」
ヒャドレッド……ねぇ……。100年前には存在しなかった役職だ。現在の勇者……つまりミュー様と同等レベルの力を持っているという話が本当だったら霧霞族に未来はないだろう。
ミュー様を圧倒したフィアは相性的に勝ち目はないし、唯一戦えるスーラは正直実力不足。速さこそ目を見張るものがあるし、そこから繰り出される蹴りの威力はそこそこだが、所詮それだけ。防御不可の斬撃や全てを滅ぼす魔法には遠く及ばない。それに戦闘可能時間の短さも致命的だ。ダンジョンに挑むのに絶望的に向いていない。ま、だからこそ私がいるんだけど。
××トラップダンジョンの外に出た今不死身で無敵な存在ではなくなったが、あらゆるモンスター、トラップを操る力は健在。相手がどんな攻撃をしてこようが確実に有利な戦闘に持ち込むことができる。祝勝会が終わったら一人で行ってちゃちゃっと終わらせてこようかな。
「それよりあんた。一体何者? 変な機械を呼び出したり、妙な薬を注入したり。真っ当な格闘家、ってわけじゃないわよね」
「あぁ私魔導格闘家なんだ。転送魔法とパンチが得意なの」
「そんなので騙せるつもり?」
もちろん思ってない。適当にはぐらかせればそれでいいんだけど……この子面倒だな。フィアより頭がいい。いや子どもらしいと言った方がいいか。一度疑ったらたとえ自分が間違っていたとしてもそれを認めようとしない。そういう危うさをひしひしと感じる。理屈が通ってないから話し合いの余地がないんだよな。
「悪いけどあたしはあんたを信用してない。チューバを倒すのはあたしよ。あんたの助けなんて必要ないから」
「はいはい、どうぞ」
もうフィアからお願いされた分は終わっている。スーラが何を言おうが私が今夜チューバを倒せばいいだけだ。チューバが現れるところには見当が付いている。あーあ、早くフィアと一緒に××トラップダンジョンに帰りたい。
「ユリーさんっ、スーラちゃんっ、たのしんでますかーっ!?」
いい加減愛想よく振る舞うのも疲れてきたなと思っていると、遠くのテーブルまで料理を漁りに行っていたフィアが両手に黄金色のドリンクを持って駆け寄って来た。
「フィア、私そろそろ行ってくるね。祝勝会が終わるころには帰ってくるから」
「そんな急がなくても大丈夫ですよ。それよりほら、これあげますっ」
私とスーラに渡してきた二つのドリンク。これって……。
「お酒だよね?」
「はい。わたしはお酒よりもごはん食べる方がいいのでお二人にあげちゃいます。これ飲んだら難しいことは全部忘れてたのしくなっちゃいますよーっ」
フィアはそれだけ言うとさっさと食事に戻ってしまった。もう今日消費した超級魔法二つ分のカロリーは補給できただろうに。
「お酒かー……」
最後に飲んだのは初めて飲んだ時と同じ。私の17歳の誕生日にノエル様と二人きりで食事をした以来だ。あの時はとっても高い赤ワインを開けてくださったようだが、口には出さなかったけど正直あまりおいしくなかった。だからダンジョン内でもアルコールを嗜むことはなかったんだけど……100年経った今味覚が変わってるかもしれない。
「いただきます……にがっ」
なにこれっ!? ひとっつもおいしくないっ! 喉はイガイガするし、泡は変な味するし、臭いはきついし……普通の炭酸の方がずっとおいしいよ……。
「うぅ……」
ちらっと隣を見てみるとスーラも渋い顔をして苦しんでいる。これフィアが仕組んだ悪戯なんじゃないの……?
でもせっかくフィアがくれたんだし、全部飲まないと……!
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