ダンジョンマスターの朝は特に早いわけではない。
起きたくなったら起きて、眠くなったら寝る。ただその繰り返しだ。
「んー……」
よく寝た。今何時だ? おっといけないいけない。100年前の癖が出た。ダンジョン内にいる限り外の時間なんて何の関係もないんだった。
××トラップダンジョンの最上階。常に夜空が輝くこの広大な部屋に私の家があった。この階だけは何のトラップもなく、突破しない限り誰かが来ることもない。つまりこの世で最も安全な場所なのだ。
当然元々家があったわけではない。かといって材料も知識もないのに家を建てられるわけがない。そこで私はダンジョンマスターの力でニンゲンホイホイを召喚した。
外観、内装共に王族しか住めないような荘厳な城は、一歩踏み入れば床に敷き詰められた粘液に捕まり動けなくなってしまう。しかし水と油を混ぜれば簡単に剥がせるので、ウォータードラゴンとハイオイルを使ってただの城へと変えたのだ。
「とりあえず起きるか……」
そうつぶやくと、対象に安楽の時間をもたらすヒーリングベッドが反応を見せた。私の四肢を拘束していた手錠が外れ、寝ている間常にマッサージしてくれていた機械の管が収納される。
起床の直後私が向かったのは、バスルーム。ネグリジェを着たまま大きなバスルームの中心に立ち、本とモンスターを召喚する。
「オープン。クリーンテンタクル」
そう唱えると、極太の触手が現れる。そして大きく開いた口から大量の白濁液がシャワーのように私に降り注いだ。
液体は服だけを溶かし、私の身体を清めていく。この液は人体には有害だが、別に死ぬことはない。ただ穢れを落とし、人間の本性を露わにさせるだけだ。もっとも、私が召喚したモンスターは私の命令に従順。その害すらも出さないでいてくれる。
それにそもそもこのダンジョンにいる限り人が死ぬことはないんだ。
若く美しい女性しか入れない××トラップダンジョン。おそらく女性を若く美しいままに保つためだろう。このダンジョン内では歳もとらないし、怪我や病気にもかからない。そして何より死なない。
文字通り不老不死。いつの世も人が求めるものがこのダンジョンにはあった。
「クリーンテンタクル、クローズ。フルバキューム、オープン」
濡れても燃やしてもダメージを負うことのないダンジョンブックに命令し、触手を消すと同時に大きく穴の開いた円柱の機械が現れた。そしてその機械は私にへばりついた白濁液だけを吸い込み、私の身体を完璧に綺麗にしてくれた。
「セレクトコスチューム」
そう唱えると私の身体が煙に包まれる。この煙には浴びた人の服をランダムに変える能力がある。私が召喚した場合は、私の任意の服に。これでいつもの秘書官服に早着替えだ。ノエル様からいただいたオリジナルを大切に保管しておくための策だったが、これに慣れると普通の着替えの方法もわからなくなってしまいそうになる。
「イボイボテンタクル」
髪を軽く整えながら、現れた細い触手にお願いして歯を磨いてもらう。ちょっと纏っている粘液が多くて口から零れてしまうころもあるのが難点だが、普通のブラシなんかよりこっちの方が綺麗に掃除してくれて有用だ。
「ぺっ。……イボイボテンタクル、クローズ」
そして口の中に溜まった白濁液を吐き出し、さっそく朝食の準備に取り掛かる。と言ってもやるのは私じゃないんだけど。
「メイ、お願い」
「かしこまりましたご主人さまーっ!」
私が召喚したのは、人型のモンスター、メイ。黒のミニ丈のドレスに、白いエプロン。同じ色のカチューシャと、黒いニーソックスを身に纏っている。彼女が言うにはメイド服、というものらしいが、私の知識にはない概念だ。おそらくモンスター側の文化なのだろう。
「適当に朝ごはんつくって」
「はーいっ。何かご注文はありますかーっ?」
「ううん。メイの作ってくれるごはんなら何でもおいしいから」
「きゃーっ。ご主人さまに褒められたーっ!」
寝起きにこのテンションと関わるのは少しイラっとするが、これでも炊事選択の腕前は人間を遥かに凌ぐ。食事をとらなくても生きていけるダンジョン内でもお腹がすいてしまうのは、メイの料理に胃袋を掴まされたからだろう。
「それにしても……」
リビングのテーブルに座り、テキパキと料理を作るメイを見ながら思う。彼女は一体何者なのだろうか。
ダンジョンブックに書かれているからモンスターなのだろうが、見た目は人間とまったく変わらない。しかも元々私の知識にはなかったモンスターだ。挑戦時に彼女と当たったらおそらく私は脱落していただろう。こればっかりは運がよかったと言う他ない。
しかもメイと同じ、人型のモンスターが数十体いる。話を聴いたりして素性を調べてみたけど、いまだわからないことだらけだ。
「お待たせしましたーっ。メイのご主人さまへの愛情がたっっっっぷり詰まった特製オムライスですよーっ」
「何これっ!?」
運ばれてきた黄色い楕円形の食物。こんな料理見たことない!
「まだレパートリーあったんだねっ!?」
「はいっ。ご主人さま知らない物を見せると悦んでくれるじゃないですかっ。だから小出しにしてるんですよーっ」
メイの言っていることは完全に当たっている。12年間ひたすら知識を詰め込んだ癖が100年経っても消えず、知らないものに出遭うとひたすらに興奮してしまう。今も抑えられずによだれが垂れてしまっていた。
「ねぇっ! 食べていいっ!?」
「おっとまだまだ料理は完成していません。これをこうして……」
メイが容器から赤いドロッとした液体を綺麗な黄色の上に垂らしていく。せっかく光り輝いていたのに……あれ? 文字になってる? えーと……、
「ご主人さまへ♡……?」
「はいっ。そして最後に呪文を唱えます。ご主人さまも続いてくださいねーっ」
そしてメイは両手の指を合わせて桃の反対のようなマークを作ると、何やら楽しそうに歌い出した。
「おいしくなーれっ、萌え萌えキューンっ」
「キューン……?」
何だかわからないけど、メイのやることだから確実に何かの魔法を使ったのだろう。
「じゃあ、いただきまーすっ。……もぐもぐ。おいしいーっ」
100年間のダンジョン生活。案外めちゃくちゃ楽しく送れていた。
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