「ママ、ただいまっ」
「ただいま」
「フィア、スーラ! お帰りなさいっ」
村の入口から十五分ほど歩いた中心地に近い一軒家がフィアたちの実家だった。入るなり母親と一年ぶりの再会を喜ぶ二人。その姿は見た目以上に子どもに見えた。もちろんとても、いい意味で。
「そちらの方は?」
「ユリー・セクレタリーさんっ。わたしの命の恩人なのっ」
「まぁ! この度は娘がご迷惑をおかけしました」
「いえ、私もフィアさんには助けられたので。それより急にお邪魔しちゃってすいません」
丁寧にお辞儀するお母さまに私も深々と頭を下げる。こういう礼儀はノエル様に嫌というほど教わった。
それにしてもお母さま、若いなぁ。まだ二十代中盤くらいに見える。年齢の割に幼げなフィアといい、その逆のスーラといい霧霞族は年齢詐欺が得意な一族なのだろうか。
「いえいえいいんですよ。あ、そうだ、ごはんにしましょう! フィアたちもおなかすいてるでしょう?」
「うんっ。ひさしぶりにママのごはん食べたいなーっ」
「あたしは普通。ユリーちゃんも食べてくでしょ?」
「うん、そうだ……」
私がスーラの誘いに頷こうとした時、その声をかき消すような鈍い鐘の音が鳴り響いた。家の中からじゃない。外……村全体への連絡か?
「まさかモンスター……!」
「正解。中々冴えてるじゃない」
「うわー、ひさしぶりですっ。ぶっ放しますよーっ!」
警戒して本を強く握りしめる私をよそに、一人盛り上がっているフィアと、つまらなそうに髪をいじっているスーラ。これはどういう反応だ?
「あ、ユリーさんは知りませんでしたね。ミストタウン最大のイベントであり観光の目玉、空飛ぶスライムが見られますよっ」
「空飛ぶ……スライム……?」
気になるワードを口にし、私を引っ張って外へ連れ出すフィア。スーラやお母さまもついてきてるし、それどころか住民や観光客のほとんども私たちが向かう先に駆け出している。一体何が起きるんだ?
「到着ですっ」
そして辿り着いた場所は、村から北方面に出て数分歩いたただの草原。私たちが降り立った場所とほとんど同じ何もない場所なのだが、住民のほぼ全てが北方面に向かって並んでるし、観光客もすぐ後ろで溢れんばかりに溜まっている。
「これってなに? コンサートでもやるの?」
「まぁしばらく待っててくださいっ」
私も住民の輪に入ってフィアに訊ねるのだが、興奮している様子のフィアは何も答えてくれない。
まぁ待てと言われれば待つけど……ここも懐かしい景色だ。子どもの頃目の前に見える壁のような坂を大きな葉っぱの上に乗って滑り下りて遊んだものだ。結構角度があって今私たちが立っている場所にまで転がっちゃうんだよね。
でも今はちょっとできないかな。私の身体じゃなくて、坂のコンディション的に。見える地面の至るところに何か刃物を当てたような傷がついてる。これで滑ったらでこぼこしすぎてお尻が壊れちゃうよ。
「! 来ましたっ!」
フィアの大声に歓声と共に私以外の全ての人が坂の上を見上げる。そこには……!
「マジックスライム!?」
さっき見たマジックスライムが坂から転げるように落ちてきていた。しかも一体や二体じゃない。数十……数百……いや千にまで届きそうなほどの大群! 中には進化種であるハイマジックスライムも混ざっている。
「フィア、これって……!」
『風っ!』
住民全員でのモンスターの討伐。その結論に辿り着いた私がフィアに確認を取ろうとすると、左右両方から住民たちによる魔法の詠唱の声が響いた。
「うっそでしょ……!」
魔法が通用しないマジックスライムに対し、地面に風の魔法を当てて吹き飛ばす住民たち。これにより千近いスライムは全く降りてくることができず、空を舞って坂の頂上へと戻っていく。
「すごいでしょうっ!? これが空飛ぶスライムですっ!」
魔法と地面が衝突する轟音に混じり、まだ魔法を使っていないフィアが楽しそうに語りかけてくる。
「でもここからが本番っ! みなさんも見ててくださいっ! 成長したわたしの力をっ!」
そしてフィアは一歩前に立ち、唱える。
「月喰いの杖! 超嵐っ!」
あまりにもオーバーキルな、最強魔法を。
「どーですかっ! これからはわたしがみなさんを守っちゃいますよーっ!」
坂の中心に渦巻く風を押し当て、巨大なクレーターを作り上げたフィアが高らかに叫ぶ。その爆風に巻き込まれ、ほぼ全てのスライムが坂から姿を消していた。
「ふふーん。ユリーさん、いかがでしたか? これがミストタウン最大の目玉、空飛ぶスライムですっ。おもしろかったですかっ!?」
「――か」
「へ?」
住民や観光客から大量の歓声を浴び、これ以上ないくらいの笑みを浮かべるフィアに私は答える。
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
それすらも上回る、渾身の大声で。
「ば、馬鹿ってなんですかっ!」
「馬鹿だから馬鹿って言ったんだよっ! なんで倒せてないのにそんな誇らしげなのっ!? こんなのやってるからモンスターの数が増えてるんでしょっ!? 国に助けてもらうとかギルドに依頼して討伐しないと意味ないからっ!」
「でも退治できてますし……」
「ひとまず退けたから安心、ってわけじゃないの! いい!? スライム系の寿命は約一年! すなわち人間より早く進化するってことなのっ! よりこの吹き飛ばされる環境に適応するため足をつけて、身体を変形させて空気抵抗を増やして、知能をつけて! つまりハイマジックスライムが生まれた原因はこのイベントだったのっ!」
「…………?」
「なにそんな馬鹿みたいに首傾げて……! こんなの続けてたら数は減らないしいずれもっとやばいのが生まれるっていうのがわからないかな……! ていうかそう思ったから旅に出たんじゃなかったっけ……?」
「それとこれとは話が別ですっ! このイベントがないと観光客さんは来てくれませんから。わたしはチューバを倒せればいいんですっ」
「チューバは倒せてもこのスライムたちを倒せなきゃ平和は来ないでしょっ!?」
「じゃあ観光はどうすればいいんですかっ!?」
「私に聞くなーっ!」
なんでこんな馬鹿一族に私の思い出の地が壊されなきゃいけないんだっ! もういいっ! 私はフィアとの約束通りこの村を助けるだけだっ! 後は知らないっ!
「マヨセフレグランス!」
私は××トラップダンジョンから一つの瓶を召喚して封を開ける。
「それはなんですか?」
「モンスター寄せのトラップ。この匂いが吹き飛ばしたスライムたちを引き寄せるはず……ほら来た!」
いやにしても早すぎないか? やっぱりモンスター側だって対策してるんだ……。馬鹿なのはこの一族だけ……! 私が何とかしないと……!
「よくやったわ、ユリーちゃん」
モンスターを召喚するわけにはいかないのでトラップを召喚しようとすると、スーラが腕で私を制す。そして、
「起動」
その一言と共に、彼女の身体は宙に浮かび上がった。四肢の防具に描かれた魔法陣からブースターのように火を上げて。
「あたしは他のみんなとは違う。全て倒すために、ここに帰ってきたのよっ!」
そしてスーラは、千の怪物に単身飛び込んでいった。
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