チュパカブラのチューバに魔法が効く。フィアのその予想は完全に当たっていた。
巨大ストローを使って吸い込むことで魔法を吸収することはできるが、口以外の部位は完全に無力。もっとも爬虫類のような強固な鱗が並大抵の攻撃を通しはしないのだが、そんなことはフィアにとっては一切問題ない。フィアの魔力なら中級魔法でも当てられれば致命傷を与えることができる。
だがそれを知っているのはチューバだけ。当然フィアにはいまだ仮説でしかないし、どの程度の威力で倒せるかも計りようがない。それでもフィアは笑みを浮かべずにはいられなかった。
(これなら……勝てるかもしれませんっ)
普通の魔法使いにとってはチューバも魔法が一切効かないマジックスライムも同じ。人間の身体能力を遥かに超える威力と効果を持つ魔法はとても強力だが、その分魔力を溜めるのに時間はかかるし、速度も遅い。どちらが相手でも吸収されて終わりという結果は変わらない。
だがフィアを普通の魔法使いと呼べる人間はこの世に存在しない。膨大な魔力、溜めなくても十分な威力、豊富な属性と種類。そして奥の手。これらを駆使すればチューバの身体に魔法を当てるチャンスは一度や二度じゃない。まだチューバに魔法が効くと確定したわけではないが、脚を壊せたのは事実。少なくとももう片方の脚にも魔法は効くと考えていいだろう。
(とにかくあれを配置しないことには始まりません。まずは目くらましを……)
フィアの脳がいつになく活発に動き出す。全ては勝利のため。
だがそれが、フィアにとって悲劇の始まりだった。
「!?」
超級二発と暴級一発分の魔力を回復するためにマジックボールを杖から取り出すフィア。一瞬だが、視線をチューバから外していた。そして口に運びつつチューバの姿を確認したフィアは、思わず硬直してしまった。
「復活してる……いや、それよりも……!」
さっき消し飛ばしたはずのチューバの脚が復活しているのは考えてみればおかしなことではない。超級魔法二発を吸収したエネルギーを使えばそれくらいモンスターならできるだろう。
でも真に不可解なのは、チューバが咥えたストローの形。蛇腹から大きく曲げ、先を後方へと向けているのだ。
「っ、猛――」
いくらフィアでも魔力を回復せずにあれだけの魔法を放出すれば使えるのは中級魔法くらい。だがストローがフィアを捉えていない今がチャンス。マジックボールを口に入れるのを中断し、魔法を放とうとする。その瞬間、
「――が、はっ」
フィアの身体は後方へと吹き飛んでいた。
(な……にが……?)
一瞬意識が飛び、すぐに腹を鈍痛が襲っていることに気づく。凄まじい速度でチューバから離れていく中、怪物がフィアがさっきまで立っていた場所にいることを確認できた。
(まさか……ジェット噴射……?)
勢いよく息を吐き出し、後方へと伸びるストローから風を発し、その勢いでフィアの腹を殴りつけたのだ。頭のよくないフィアがすぐにその結論に達せたのは、自身の妹、スーラが似たような戦法を取っているからだった。
「っ、そ……!」
スーラならここから連撃を仕掛けてくる。それを防ぐために魔法を唱えようとしたフィアだったが、自分の視界に杖が置き去りになっていることを今さらになって気づいた。腹を殴られた際に放してしまったのだ。フィアにとっての生命線を。
だが持ち主の手から放れた杖はフィアへと近づいてくる。いや、違う。自分が杖に近づいているんだ。チューバがこちらにストローを向け、息を吸っている。宙を舞うフィアはそれに巻き込まれているんだ。
さっきは魔法を下に向けて撃つことで逃れたフィアだが、乱回転するフィアの身体ではどちらが下なのかもわからない。そして何より杖を持っていないフィアでは自身の身体を大きく浮かせるほどの魔法を使うことができない。つまり、
「ごめ……な、さい……」
フィアはチューバに敗北した。
もう後数秒すれば自分はあの大きなストローに吸い込まれ、醜く膨らんだ腹に収まることになるだろう。その間フィアが思ったことは、ユリーとスーラへの謝罪と、なぜ自分が死ぬことになったのかの反省。
勝てる勝負だった。でも油断してチューバに先手を許してしまった。それがまずフィアに浮かんだ敗因だった。
でもストローに顔が埋まる寸前、そうじゃなかったことに気づく。それは結果として、もっと遥か前。大前提として、フィアは間違っていたんだ。
フィアの目的はチューバに勝つことではない。チューバを遠ざけることだった。
でもフィアは勝とうとした。初志貫徹を軽々と捨てた。
使えない頭をフルで使い、都合のいい仮説に縋り、慣れない戦い方をした。それでは勝てないからユリーに助けを求めたのに。
そもそも戦う前からフィアは負けていたのだ。
自分の力でみんなを助けたかった。
散々迷惑をかけた住民のみんなに恩返しをしたかった。
ユリーにみんなとごはんを食べる幸せを思い出してほしかった。
スーラに無茶をさせたくなかった。全部自分一人で何とかしようとしていた。
自分一人では無理だと、本当はわかっていたのに。無理をして、欲張ってしまった。
その敗因に気づいた時、フィアはもう一度謝罪の言葉を口にしようとした。
でもそれはもう叶わない贅沢だった。
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