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松竹梅竹松
松竹梅竹松

第2章 第15話 餌

公開日時: 2020年12月7日(月) 13:23
文字数:2,858

 フィアが死を覚悟した時、チューバは全く別のことを考えていた。当然のことである。吸引の風に巻き込めた時点で勝負は決まっているのだから。


 どう殺すかは、勝者次第だ。


「むぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 吸引の風から抜け出せなかったフィアは、ストローの中に頭から呑み込まれる。それで終わりだった。

ここまではフィアでも想像できた。その後はストローの中を通過し、あの醜悪な大きさの腹に収められ、少しずつ消化されていくのだろうと思っていた。そうだったらどれほど幸せだったか。


「むぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 フィアが呑み込まれたのは腰の辺りまで。下半身と手の先はストローから露出している。まだ逃げられる可能性があると考え必死に脚をばたつかせるが、フィアの凹凸の激しい身体にストローがぴっちりとくっついており、僅かでも動く気配はない。


「むぁっ……あぁ……!」

 ならば魔法をと考えたが、顔が完全に覆われてしまって術を唱えることも、そして息をすることも叶わない。


「ぁがっ……ぁ、ぁ、ぁ……」

 呼吸ができなくなり、激しく動いていた脚も数十秒後にはピクピクと痙攣するしかなくなる。半透明のストローから見えるフィアの顔は白目を剥いており、溢れる涙は垂れることすら許されなかった。


「ぶっ」

 その様子を満足気に眺めると、完全に脚が止まる前にチューバは息を吐き出した。風と共に動かなかったフィアの身体が排出され、仰向けに地面に転がる。


「ぉ……ぁ、は……はぁ……!」

 解放されたフィアは痙攣する身体を必死に動かし立ち上がろうとするが、息を吸うことも満足にできない身体は思うように動いてくれない。


「ぁあ……はぁ……お、ごぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 それでも何とか立ち上がったフィアだが、その身体は再び風と共にストローの中に収納された。しかも今度は全身。指一本も動かすことはできない。


「ぁあ……あぁぁぁぁっ」

 かと思えばチューバは小気味よく息を吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返す。それに従ってフィアの身体も頭から下が解放されたり、また呑み込まれてを繰り返す。


 遊ばれている。その事実にフィアの魔法使いとしてのプライドと人間としての尊厳が傷つけられるが、だからといって反抗することはできない。また息が限界へと達し、意識が薄れていく。だが完全な死を迎える直前、チューバはまたもフィアの身体を吐き出して息をさせる。


 それが十数回繰り返された段階で。フィアか完全に折れてしまった。身体も、心も。


「ぁ……ぁ……ぁ……」

 地面にぺたりと座り込み、俯いたまま呼吸ができる幸せを噛みしめるフィア。解放されて一分ほどが経つが、深く息をするために肩を上下させるだけで、その場から逃げようとしない。ただ涙と涎が混ざった液体が顔から零れるだけ。もうフィアは限界を迎えていた。


 殺してほしい。死にたくない。相反する感情が脳を支配するが、どちらにせよもう体力は残っておらず、一歩でも進むことはできない。完全にフィアの生殺与奪の権利はチューバに握られていた。


「ふっ」

 その心の折れた一人の少女の姿に至福の表情を見せたチューバは、軽く息を吐き出した。


「んっ」

 その息には攻撃の意味はない。チューバの唾液がただフィアの全身にかかるだけだ。髪や顔、服や肌を白く粘ついた体液に汚されたフィアは一度悲鳴を漏らしたが、表情に不快の色を混ぜることもできない。もうそんなことに意識を向ける余裕はないのだ。だがそれを上位者は許さない。


「それは私なりのマーキング。これがかかった場所ならどこにいたとしても見つけることができます。たとえ助けが来て逃げられたとしても、次の夜には必ずあなたは今と同じ目に遭うでしょう。わかりますか? あなたはもう私からは逃げられないんですよ。たとえ私が死んでもその液体は永遠に残り続ける。その身体ではもう恋人と結ばれることも今まで通り仕事をすることも普通に生きることもできない。つまりあなたの人生はこれで終わりということです」


 ねっとりとした口調でそう語りかけたが、フィアの身体に動きはない。

(思っていたより脆かったですね)

 もうこの女の反応を楽しむことはできない。そう判断したチューバは、フィアの髪を引っ張って顔を上げさせると、


「ぶぐぅっ!?」

 涎が垂れ流しになっている口にストローを挿し込んだ。今まで反応がなかったフィアだが、脳が危機を感じたことで自然と声が溢れた。


「ごぼぉぉぉぉぉぉぉぉっ! おごぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 普段のフィアからは想像できない野太い悲鳴を上げるフィア。今彼女の身体からは急激に魔力が吸い取られていた。


「おぼごっ、おぉぉっ、おぉっ」

 ビクビクと激しく痙攣しながらフィアの身体がどんどん小さくなっていく。そしてその動きが止まる寸前で動かないように後頭部を掴んでいたチューバは手を離す。


「ぁあ……ぁああ……」

 今までの心を折る手段とは違う生命を奪う行為を受け、解放されたフィアは脚を大きく広げて地面に倒れる。瞳は上を向き、舌が出た口からは白い泡が溢れていた。


「まだ終わらせませんよ」

 吹き飛ばされた時に落としたマジックボールを拾い、フィアの汚い口に無理矢理突っ込むチューバ。するとフィアの身体は煙に包まれ、魔力が十分に詰まった元の身体へと戻った。


「さぁ、全部吸わせてもらいましょうかぁっ!」

 そして再びチューバはフィアの魔力を吸っていく。空になっては杖からマジックボールを取り出して回復させ、また吸収する。それが四回ほど続いた時、チューバはついにストローから口を離した。

 フィアのためではない。完全に自分のため。もうチューバも限界だったのだ。


「馬鹿な……この私が……満腹になるなど……!」


 チューバは人生で初めてその感覚に襲われた。別に獲物が取れなかったから常に空腹だったわけではない。ただ何十人と一気に吸収しても満腹にならないほどにチューバの胃は底なしだったのだ。


 それなのに極上の獲物を前にしてももう身体が動いてくれない。脳がこれ以上はやめろと指示を出してくる。まだマジックボールは半分近く残っているのにだ。


「この女……化物か……!」

 さっきまでとんでもないご馳走だと思っていた女が途端に恐怖の塊へと変わった。気味の悪いものを捨てるようにチューバはフィアの身体を投げ捨てる。


(ここで殺しておくか……いや……!)

 何を恐れる必要がある。この女は相性的に絶対に勝つことはできない。ならばいくら強くても餌であることに変わりはない。しかもいくら食べても死なない至高の餌。これを殺すほど馬鹿なことはない。


 思い込むようにそう考えると、チューバはストローを手に収める。本当なら持ち帰りたいところだが、チューバが住むチュウチュウトラップダンジョンにはフィアの膨大な魔力を回復させるほどの食料はない。


「マーキングは残しました。これからは毎日、あなたには私の餌になってもらいますよ」


 大の字になって気絶する通常モードのフィアにそう言い残し、チューバはこの場を後にする。


 そんなフィアが住民に発見されたのは、それから五時間ほどが経った後だった。

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