××トラップダンジョンでスローライフを!

このトラップダンジョンはちょっと××
松竹梅竹松
松竹梅竹松

第3章 最終話 あなたに

公開日時: 2021年1月23日(土) 17:10
文字数:3,622

「ユリーさん、そろそろ起きましょうよー」

「んー」


「ユリーちゃん、もうお昼よ。いつまでもこんな生活してないで……」

「んー」


「だぁぁぁぁっ! いい加減にしてくださいっ!」

「んー」



 ニェオを倒し、××トラップダンジョンを取り戻した私はスローライフを満喫していた。壊れた家を一瞬で建て直してからは以前と同じ。起きたくなったら起きて、ごはんを食べたくなったら食べて、寝たくなったら寝る。最高の生活だ。



「こんなのスローライフじゃなくてただのニート生活でしょうっ!?」


 ……まぁ、ずっとネグリジェで一日の大半をソファーの上で過ごしている以上そう言われるのもやむなしだろう。でも外の世界に数日いたことで私の身体と心はもうボロボロだ。しばらく何もしたくない。それに、



「別になに言われてもいいんだけどねー」

「ご主人さま、あーんっ」

「あーん」


 ソファーの上で寝そべりながらメイにチョコを口に運んでもらう。んー、幸せだ……。



「ていうかそもそも私たち軟禁されてるってことになってるんでしょ? だったら動くわけにはいかないじゃん」

「そうですけど……そうじゃないじゃないですか……!」



 ニェオを倒した後、すぐにミューとイユは外の世界へと帰還した。××トラップダンジョンのことと、ニェオを討伐したこと。そして私、フィア、スーラの罪を決めなければならないからだ。一応私たち三人はここにいろって言われたが、命令されなくたってここを出る気はない。私は一生ここで暮らすんだっ!



「ユリーちゃんがこんな人だとは思わなかったわ……」

「ユリーさんは元からこんなんだったよ。すごいダメ人間なの。どうしようもないんだよ」

「元からってひどいなー。外の世界にいた時の私はそりゃもう勤勉な人間だったよ。フィアたちにも見せたかったね」

「老人の武勇伝ほど聞くに堪えないものはないわね」

「表出ろおらぁっ!」

「出ないでしょう、あなたは」




 なんてやり取りをしていると、頭の中に通知が来た。誰かが××トラップダンジョンに入ってきたんだ。今ダンジョンはミューの働きによって封鎖されていて、ここ数日来訪者はいなかったのに。ということはあの二人か。



「テレポートゲート」

「邪魔するぞ」

「どうもー、おひさしぶりでーす」


 テレポートゲートを開き、二人の人間が私の家に現れる。勇者のミュート、その秘書官のイユだ。しかもイユはなんか大きなスーツケースを三つも持っている。



「ようこそいらっしゃいました。お荷物お持ちします」

「いえいえ大丈夫ですよー、ただのお土産なんでー」

メイを笑顔で払い、イユは私たち三人にそれぞれ一つずつスーツケースを手渡した。



「どうもありがとうございますっ。って、おもっ。なに入ってるんですか?」

「まー開けてみればわかりますよー。あー、つかれたー。イユちゃんパワータイプじゃないのにー。すいませーん、お茶もらえますかー?」

「はいっ、ただいまっ」

「ちょっと。うちのメイド勝手に使わないでくれる?」


 我が物顔で私の隣に座って脚を組むイユ。ミューはまだ立っているのにずいぶん偉そうだ。



「ひょぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 イユの身体を寝ながら脚で突いていると、突然馬鹿そうな悲鳴が聞こえた。馬鹿といえばフィア。しかしフィアはスーツケースの開け方がわからず苦戦している。となると、



「スーラ?」

「お、おかっ、いっぱいお金、あるっ」


 開いたスーツケースの前で腰を抜かしているスーラ。そんなに入ってるのかと私の分も開いてみると……ひーふーみー……。



「一億、入ってるね」

「なんで平然としてられるのっ!?一億よ一億っ。一生働かなくて食べていける額よっ!?」

 どうやらフィアとスーラのスーツケースにも同じだけの額が入っているようだ。まぁ普通の人はそういう反応にもなるか。



「私は外に出ないからお金あんまり興味ないし……ていうかその気になれば偽札くらいし作れるしね」

「わたしもそんなにですね。この杖10億以上しましたし、まぁそれなりに強いモンスター何体か倒したらこれくらいになりますよね」

「えー、せっかくイユちゃんが三体分の換金してきたのにー」


 なるほど、分け前ってことか。意外とちゃんとこういうことやってくれるんだな。まぁ端数はどこに消えたかって問題に目を瞑ればだが。



「と、とにかくあたしは受け取れないわっ。すごい大金だしそれに……あたしなんにもしてないし……」

「そーですかねー? 貢献度なんて数値じゃ測れないしもらう権利はあると思いますけどー」


 青ざめた顔でスーツケースを遠ざけるスーラ。素朴でいい子だな、ほんとに。



「私の分もいらない。ミストタウンに寄付しといて」

「あ、わたしの分もそれでっ」

 国王軍によって火を放たれたミストタウン。全壊はしていないが、それなりのお金は必要だろう。



「あっ……あたしも……寄付するぅ……」

 流れで寄付するしかなくなったスーラがちょっと泣きそうな顔でスーツケースを差し出した。ちょっとかわいそうだな。



「必要ない。全て私の私財で賄う」

 そう答えたのは全ての元凶、ミュー。


「当然でしょ。ミューが勘違いしたのが原因なんだから」

「返す言葉もない。すまなかった」

 ミストタウン出身のフィアとスーラに深く頭を下げるミュー。ていうか秘書官! なんで主が謝ってるのにあんたは呑気にお茶飲んでるのっ!?これだから最近の秘書官は……!



「それはいいとして、わたしたちの罪はどうなったんですか? もしわたしたちを捕まえにきたのならぶっ放しますけど」

「全て揉み消した。それと青の悪魔のことも国民に伝えた。まだ全ての国民が納得したわけではないだろうが、堂々と表を歩けるぞ、ユリー」

「余計なことを……」


 どっちにしろ私は外を出る気はないんだ。ダンジョンも封鎖されたし、もう外の世界との繋がりはなくなる。



「それとユリーのために仕事を用意したぞ。××トラップダンジョンに囚われた人々を救う仕事だ」

「余計なことをっ!」



 こ、こいつ今仕事とか言ったっ!? 私が仕事っ!?



「私は働きたくないのっ! 死んでも働きたくないのっ! 一生ゴロゴロ過ごすんだから仕事なんて紹介しないでくれるっ!?」

「すごいゴミみたいな発言ですけど大丈夫ですか?」


 ソファーに立ち上がった私にフィアがゴミを見るかのような視線を向けるが、関係ない。せっかく手に入れたスローライフをみすみす手放してたまるか。今までにないほど真剣な顔でミューを見つめていると、なぜだか勇者は慈しみに満ちた顔で私の手を取った。



「お前のことを調べるために当時の文献を調べた。するとどうだ、ユリー。お前はとても勤勉で真面目な性格だったそうじゃないか。人間そうじゃなきゃいかん。私が元のお前に戻してやる。安心して私についてこい」

「「ぷぷぅっ」」


 少し離れたところでフィアとスーラが笑っていやがる。くそ、こんなんで納得してたまるか。昔の私はそうだっただろうが、今の私は自分のダメさを受け入れていて愛している。今さら元になんて戻れない。



「ほら、見てくださいよこのリストー。たった一日二日で、ダンジョンから帰ってこれなくなった人の家族からの捜索願がこんなに届いたんですよー」

「ぁ、あぁ……!」


 イユが何十枚もの書類の束を私にペラペラと見せつけてくる。これ、1000人を余裕で超えてるし……、



「断ったら私悪くないのに嫌な気分になるやつじゃん……!」

「もう諦めなさいよ」

「そうですよ。ユリーさんいい人なんですから」


 フィアとスーラが慰めてくれるけど……。え、ちょっと待って。本気で嫌なんだけど。



「それからこれを」

 まだ追い打ちをかける気なのか。ミューが私に紙袋を手渡してきた。



「これは……? ぁ」

 中を取り出してみると、そこに入っていたのは青い布。そして広げてみると――



「秘書官服――」



 ミューによって汚されたはずの青い秘書官服が、綺麗な姿で畳まれていた。



「特注で作らせた。素材なんかは当時のものだが、大事なのはそこではないよな」


 そしてミューは床に膝をつく。そのまま額まで床に擦り付け、謝罪の言葉を口にする。



「お前と融合した時、お前の想いに触れた。私なんかでは想像もできないほどに大事なものだったんだろう。許してくれとは言わない。だが謝らせてくれ。すまなかった」



 謝られたってノエル様からいただいた秘書官服は帰ってこない。むしろ勇者に頭を下げられたことで罪悪感が溢れてくる。いつだってそうだ。私は勇者に迷惑ばかりかけてきた。



 だから私は着替える。100年前できなかった、勇者からいただいた秘書官服を見せるために。



「どうですか?」



 そして着替えを終えた私は勇者に訊ねる。いつも着てたんだから今さらどうですかなんて訊かれても困るだろうが、それでも答えが聞きたかった。



「――ああ。よく似合っている」

「そうですか。よかった――」



 私はミューの秘書官ではないし、ミューはノエル様ではない。



そ れでも私はその答えに満足し、仕事を始めた。



 全ての仕事を終えた先にある、スローライフを手に入れるために。




第1部・完

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