「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 外出たくないよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「……え?」
抑えきれなくなり117年間の人生で一番の叫びをあげた私を、まるでモンスターの人間では理解できない行動を見たかのような顔で見つめるフィア。そして一度深く息を吸い込み、おかしな人をなだめるような口調で言う。
「あの……わたしの村を助けに行けない理由が外に出たくない……っていうわけじゃありませんよね……?」
「はぁっ!? むしろそれ以外に理由あるっ!? 別に行けば一日で片づけられるよっ! でも行きたくないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
困惑を極めたフィアの表情が、だんだんと怒りのそれに変わっていく。そして私の肩を思いっきり掴んでぶんぶんと振ってきた。
「それくらい我慢してくださいよっ! 村の人たちの命が懸かってるんですよっ!?」
「こっちだって私の命が懸かってるんだよっ! あのね、外に出たら死ぬかもしれないのっ! 事故とか事件とか、どうしても避けられない不運でっ! そんな怖いことあるっ!?」
フィアだって怒ってるだろうが、私だって平常心ではいられない。フィアを離し、ソファーの上に乗って叫ぶ。
「でも家の中にいたら絶対安全なのっ! それなのにわざわざ危険な場所に行くだなんて人間は間違ってるよっ!」
「みんな普通にやってることですよっ!?」
「みんななんて人はいないっ!」
「そういう台詞を使う場面はここじゃありませんっ!」
くそ、この馬鹿ほんっと馬鹿だ! もっとちゃんと説明してあげないと!
「それに私がここからいなくなるってことは誰かがクリアしちゃうかもしれないってことなんだよっ!? フィアも家が危ないかもしれないけど、私だって家がピンチなのっ!」
「100年間そんな人いなかったんでしょうっ!? それに家がなくなったらわたしの家に住めばいいじゃないですかっ!」
「やだやだっ! 働きたくないっ! 一生だらだら過ごしてたいー!」
お金を稼がなきゃ生きられないし、常に命の危険がある。そんなの私には耐えられない。
「……わかりました。じゃあわたし一人でなんとかするのでここから出してください」
「なんでっ!? やだよずっと一緒にいようよっ! ずっとさみしかったんだよ一人っきりでっ! 友だちって言ってくれたじゃんっ!」
「ぐっ……! ならいいですっ! ユリーさんとは絶交ですっ!」
「えーんっ! そんなこと言わないでよーっ! 謝るからーっ!」
「うぅっ……。絶交はなしです。ごめんなさい」
よかったぁー……嫌われなくてすんだ……。
「でも実際のところ困るんです。全部終わったらここに住んでもいいんですけど……どうしても出られませんか?」
フィアの柔らかな手が私の蒸れた拳を包み込む。下を覗けばフィアの不安そうな顔が私を見上げていた。
「……うん、ごめん」
私だってフィアの助けになりたい。何度もテレポートゲートを開いてみたりもした。でもどうしても足が前に進んでくれなかった。身体が震えて仕方なかった。
「怖いんだよ……外の世界を想像すると……。フィアも怖かったでしょ……? ここに入る時……」
「まぁ……まったく未知の場所でしたから……」
「おんなじだよ。フィアからのダンジョンも、私からの外の世界も。知らないものは怖い。怖くて仕方ないの」
私に知らないものは基本ない。この未知のダンジョンのことも九割は把握できている。
でも最初から全部わかっていたわけではない。少しずつ知っていったのだ。野菜モンスターを食用野菜に品種改良したのも、テレポートゲートでどこまで移動することができるのかも。全部慎重に綿密に計算し、ようやく今の知識があるのだ。
でも外の世界はそうはいかない。100年あったら全てが変わる。生きている人間がいないということは、常識だって変わっているということ。さっきはお金を稼がなければ生きていけないと思っていたが、ひょっとしたらそんな時代はもうないのかもしれない。
そんなところにこの身一つで飛び込まなければならないなんてどれほどの恐怖か。想像するだけで震えが止まらない。だがその振動は、物理的に止められた。
「大丈夫です。わたしがいますから」
恐怖で震える私の手を、フィアが力強く握りしめたのだ。そうすれば手は決して動くことができない。
「外にいる間はわたしがユリーさんを助けます。それでユリーさんがわたしの村を助ける。これでイーブンな関係ですね」
イーブンだったら私が助けなくてもいいじゃんと思ったけど、それを口に出すことはしなかった。
「じゃあ私ちょっと準備してくるね」
「はい。あ、それと服も着替えた方がいいです。ユリーさんの秘書官服は現在では使われていないモデルなので」
フィアに説得され、外に出ることを決めた私は一度自室に戻り、どうしても済ませなければならないことをすることにした。
「ミュー様。少しの間家を空けることになりました」
それは、氷に閉じ込められたミュー様への報告。最悪ダンジョンマスターの権利が他の誰かに奪われてもいいが、この人のことだけは別だ。動けないミュー様をここに残すのは心残りだが、連れて行くわけにもいかないのでそこはもう懸けるしかない。
「安心してください、すぐに戻ります。この間にミュー様の考えもまとめていただければと思います」
ミュー様への別れを告げ、私はダンジョンブックを呼び出し、一体のモンスターを召喚する。
「ヤイナ、来て」
「ハイ、お師範っ!」
私が呼び出したのは真っ赤なノースリーブのドレスに、腰の辺りから大きなスリットが開いたチャイナ服という衣装を纏った少女、ヤイナ。
「ちょっとそこ立ってて」
「? かしこまりましたっ!」
別にヤイナに何かやってもらうつもりはない。ただ服を参考にしたかっただけ。魔法が効かないモンスターの討伐ということで、格闘家の衣装とよく似たヤイナの服を着ていった方が都合がいいというわけだ。
「セレクトコスチューム! ……ヤイナ、ありがとね」
「ハイ!」
ヤイナと同じタイプの青色の服に着替え、ヤイナを帰らせる。そしてフィアの元に帰ると、さっそく出発することにした。
「テレポートゲートで行ける場所は基本的に世界の全て。でも正確な地点がわかってないと上手く飛べないんだよね。地図持ってる?」
「はいっ。ミストタウンはここですっ」
フィアが指差したのは、王都から西へ数十キロ進んだ辺りを野原に囲まれた小さな村。……ちょっと待って……これって……!
「どうしました?」
「いや、何でもない。とりあえず行って確認してみよう。テレポートゲート!」
そして私は実に100年ぶりに外の世界へと出ることになる。
それと同時に、112年ぶり、でもあった。
「……やっぱりそうだ」
辺り一面の草原。遠くに見える王都。一キロほど先にある小さな村。間違いない、ここは……!
「私の、生まれ故郷……!」
117年前に私が生まれ、112年前モンスターによって滅ぼされ、ノエル様と出会った場所が、今のミストタウンへと変わっていた。
――――――――――
「――来たね」
ユリーとフィアが王都の西方に広がるエスト草原へと降り立った時、そこから遥か数千キロ離れた地点で一人の少女が口を開いた。
「実に長かった。100年……いや、もっと前からか……。だがまだ覚醒はしていないようだね」
少女は言う。誰に話すでもなく、誰に聞かせるでもなく、ただただ一人で。その幸せを噛みしめて。
「それでも歓迎するよ。ユリー・セクレタリー」
そして、一言。
「さっそくだけど、地獄を見てもらおうか」
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