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「あっけなかったな、青の悪魔」
「ぐっ……」
一定空間内の魔法全てを打ち消すマジックカット。現ダンジョンマスターであるミュー・Q・ヴレイバーが召喚したそのトラップによって、勝負は一瞬にしてついた。
霧霞族は生まれつき常人以上の魔力を有するが、その代わりに身体能力は並以下。それは勉強しかしてこなかったユリーも同様である。勝てないと判断した三人は一斉に次の階へと駆け出したが、ミューが召喚した縛られれば決して解けないカースロープに捕まり、亀甲縛りの状態で床に放られた。
「貴様は既に極刑が決まっている。が、その前にいくつか聞いておかなければならないことがあるのでな。トライデントホース」
ダンジョンブックを手にしたミューがそう唱えると、ユリーの真下から木馬が現れる。
「ゃっ……ぁぁっ……くぅっ……」
木馬の背中に乗せられる形となったユリーは顔を紅潮させて短く喘ぐ。木馬の形は三角形になっており、その頂点部分に座らされたユリーは体重分の刺激を股間部に与えられていた。カースロープがクッションになっているとはいえ、脚が木馬に括られていて逃げ場はなく、とてもではないが平然とはしていられない。
「私は……ころして、いいから……くぅっ……フィアと……スーラは……ぁっ」
「悪いが貴様と話をするつもりはない。用があるのは貴様の魂だ。ブレインテンタクル」
ミューの両脇に二本の触手が現れる。その身体は糸のように細く、先端部分はブラシのようにさらに短く枝分かれしていた。
「それ……! それだけは、ゆるっ、ゆるひっ、やぁっ」
さっきまで殺しても構わないと言っていた人間と同一人物とは思えないほどの変わりようにミューは微かに笑みをこぼす。やはり全ては嘘だったのだ。この選択は何も間違っていない。
「やれ」
ミューの命令に従い、二本の触手はユリーの身体を這っていく。そして顔にまで到達すると、
「やめっ、やぁっ、ぁっ、ぁっ、ごぉっ!?」
ユリーの耳へと侵入していった。
「ごぼっ、ぉっ、ぐぉっ、ぉっ、ごっ!?」
「ユリーさんになにするんですかっ!」
触手に耳の中を犯され、くぐもった声を上げるユリーを見てフィアが悲鳴のような声を上げる。
「いわゆる嘘発見器だ。こいつに脳を犯された者は真実しか話せなくなる、らしい。……そろそろか」
「ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁっ」
触手が見えなくなると同時に、ユリーの声が苦しみから嬌声へと変わる。表情は完全におかしくなっており、白目を剥いて舌を垂らし、涎を垂れ流していた。
「このダンジョン内では完全に気を失うことはない。これでもまだ意識が残っているというのが不思議だな」
「やめてあげてくださいっ! ユリーさんではなくわたしをっ!」
フィアの言葉を無視し、ミューはユリーに一つの質問を投げかける。
「まずイユをこんな目に遭わせたのは誰だ?」
いまだに感電し、床で跳ねているイユを横目で見てミューは言う。それへの答えは半ば反射のようだった。
「フィアがっ、ぁっ、ぁっ、魔力をっ、魔法石にっ、ぁっ、ぁっ、口の中にっ、入れっ、ぁっ、ぁっ」
脳を弄られながら出た教唆犯であるユリーの言葉は、決して自分が助かろうとしたわけではない。あくまで脳に記憶された情報がそのまま口に出た結果、こうなっただけ。むしろ本来のユリーなら全て自分がやったと述べていただろう。
「だ、そうだ。何か反論はあるか?」
「……ありません。わたしが犯人です」
今の自分にできることはユリーの罪を少しでも被ること。拙い頭脳でそう考えたフィアは、ミューへと首を差し出す。が、
「悪いが殺すつもりはない。そもそもここでは殺せないしな。だが貴様も青の悪魔同様極刑だ。カインドエレキ」
瞬間、フィアの身体に電流が流れる。だが、
「ぁっ、くぅっ……あぁっ」
その威力はひどく微弱。イユから食らった電弾よりも弱く、外の世界でも一生死なないレベルの電流。
「やめっ……ぁっ、くっ、ぁ、くぅっ」
それ故に意識ははっきりと残ったまま。微弱な電流を浴びながら短く悲鳴を漏らし、陸に上げられた魚のようにピクピクと跳ねる。
「こんな……こんなので……くっ、やぁっ」
耐えられる。耐えられるが、これが一生続くとなれば、耐えられるというのは悲劇でしかない。
××トラップダンジョン内では死ぬことはない。つまり一生このまま電流に苦しまなければならないということだ。電気に襲われる身体より、その事実の方がフィアを大きく苦しめた。
「さて、次だ」
そんなフィアを一瞥し、ミューは次の質問をユリーに投げかける。
「このツインテールの女は何者だ?」
ダンジョンで出会ったユリー、フィアとは違い、スーラはミュー側が認知していなかった存在だ。彼女の罪を知らなければならない。
「スーラはっ、フィアのっ、ぁっ、妹でっ、チューバをっ、倒したから私にっ、ぁっ、ぁっ、協力してっ、ぁっ」
「ほう、ヒャドレッドを倒したか」
その事実を知ったミューは、スーラへと近づいて座っている彼女と目線を合わせてこう言った。
「つまりこういうことだな。貴様は青の悪魔に騙され、協力させられていた。何か間違いはあるか?」
それはスーラへの情状酌量だった。ユリーは青の悪魔、フィアは勇者を傷つけた罪があるが、スーラには何もない。ミューにとっては無関係の人間なのだ。
青の悪魔に騙されていた。そう答えるだけでスーラは救われる。フィアとは違い頭の回る彼女はすぐにそれを察した。それでも。
「ユリーちゃんはあたしとおねぇの命の恩人よ。たとえ騙されていようが、あたしはユリーちゃんに協力したことを間違いだったと認めるつもりはないわ」
「そうか、それは残念だ。エキサイトフラワー」
スーラの啖呵を聞き、ミューは一輪の白い花を召喚し、スーラの眼前へと差し出す。
「せめてもの情けだ。貴様には終わらない快楽を与えてやろう」
「なっ……! ぁっ、くっ、ぁっ……」
スーラにとって、多少の痛みは痛みの内に入らない。常にカロリーを過剰摂取し、大人モードを維持しているスーラ。その代償として、今フィアを襲っている電流以上の痛みを常に味わっている。その分快楽に耐性はなかった。
「ゃ……くぁっ……あぁ……はぁ……っ」
エキサイトフラワー発せられる花粉には人間を興奮状態にさせる効果がある。それをモロに浴びてしまったスーラは、ものの数秒で正常ではいられなくなっていた。
「残りは貴様自身の罪だ」
そしてミューは最後の質問をユリーへと浴びせる。
「貴様は私の祖母、ザエフ・F・ヴレイバーを騙し、スライムキャットに襲わせた。その事実を認めろ」
それはミューが氷の中に閉じ込められていた一週間の間、ユリーが否定し続けていたことだった。氷の中でひたすら耐えていたミューにその言葉は間違いなく届いていた。
だが受け入れられない。受け入れられるわけがない。
ユリー・セクレタリーという秘書官が勇者を騙し、勇者の純血を奪った。それはミューが生まれてからずっと聞かされていたミューにとっての真実。
それがもし間違いや勘違いだったとしたら。
(私は――!)
ユリーへの言葉は質問というより祈りに近かった。頼むから嘘だったと言ってくれ。全ては罪悪感を紛らわせるための戯言だったと吐き出してくれ。
その望みはあっさりと断ち切られた。
「私はっ、ぁっ、なにもしてなっ、ぁっ、止めようとしてっ、できなくてっ、追放されてっ、ぁっ、ぁっ、ぁっ」
ユリーの状態は正常ではない。断片的で、聞きづらい。それでも。
「全て、本当だったというのか――!」
それだけははっきりとわかった。
それから約一時間後。拷問フロアに三つの影が現れた。
「すげー場所だにゃー。こんにゃに人間がいて、一人も死んでにぇえとは。人が死にゃにゃいって噂はガチらしいにゃぁ」
「食っても食ってもすぐ生えてくる。ここは俺らにとって天国じゃないっすか?」
「私は早く帰りたい。死なない人間なんておもしろくない」
三つの影はゆっくりとフロアを進んでいき、奥の方で拘束されている三人の人間の前で立ち止まった。
「お前がそれを言うかよ! っと、こいつらなんかいんじゃねぇの?」
「いや。こんなの僕にしたっておもしろくない」
「そう言うにゃよ。ここはにゃーたちにとってもやべーところらしいからにゃぁ。盾はいくらあっても困らにぇえ」
「……わかった」
渋々頷くと、その内の一体が三角木馬の上で激しく痙攣する少女の額に黄色い御札を貼り付ける。
「な、にを……したんですか……ぁっ」
「お、話せる奴もいるんじゃねぇか」
その様子を見た傍らでピクピクと痙攣している少女が必死に睨みつけるが、三体とも意に介さず、蕩けた顔で悶えている少女にも同じように御札を貼り付けた。
「や……めてく……あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
最後の電流の少女にも御札を貼り付け、一つため息をつく。
「本当に必要? 私たちにこんなのが」
そして拷問具から解き放たれた三人の少女を一瞥し、こう言った。
「ヒャドレッド二体に、トーテン一体。失敗なんてありえない」
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