「ゆ……勇者さんが指示したってどういうことですか……?」
「単純な話。私たちに恨みがあり、私たちがどこにいるかを知っていて、私の現状も把握しているのは私とフィア、ミュー様しかいない」
さっき言えなかった仮説をフィアに伝える。いや、もう確定的か。ミュー様以外にこれはできっこない。
「でも勇者さんは氷の中に閉じ込めたはずじゃ……!」
「可能性としては最初から考えてたんだけどね。確かに氷の中に閉じ込めた。ただし剣を振りかぶった状態で。勝者の十字架は触れたもの全てを斬り裂く剣。氷の中は完全に結合してたわけじゃなかったんだよ」
氷の中で剣を振りかぶったまま我慢し続け、私たちが××トラップダンジョンから出たタイミングで自重に任せる。それだけで氷は中からスパッと割れるはずだ。おそらく私の家にあった便利な薬なんかを持ち、再度ダンジョンに挑んだ、ってところだろう。これはフィアを責められないな。可能性を知っていながら無視した私の落ち度だ。
そして何より、ミュー様に私の想いは伝わらなかった。毎日毎日話しかけ、弁明していたのに聞き入れてもらえなかった。今はそれが一番悔しい。
「それでどうするの? 直接勇者を叩く?」
「いや、××トラップダンジョンに行く。今は詳しく話せないけど、勝算はある」
私とミュー様のことを聞き伝えでしか知らないスーラにそう伝え、改めて最後の隊長、イチョウに向き合う。
「その前にあなたたちの処遇を決めないとね」
もちろんこのまま帰すわけにはいかないが、殺すつもりもない。まぁ全てはこの子次第だけど。
「作戦と首謀者を教えて。さっきのことでわかっただろうけど、私に嘘は通じないし、青の悪魔の能力も六割程度は残っている。嘘だった場合部下を一人ずつ殺していくから。さぁ、どうぞ」
「…………」
イチョウの心の中を読むことは簡単だ。彼女の顔を見れば想像だけで全て補える。
まず表情。困惑一割。躊躇三割。恐怖六割といったところか。完全に引きつっていて、隊長としての立場も忘れているようだ。
そもそも他の隊長に比べてイチョウはかなり若い。私やフィアと同年代……おそらく実力だけでのし上がったタイプだろう。他と比べた時、使命感なんかはかなり薄そうだ。
つまり、付け入る隙しかない。
「トウコ、ちょっとこの子を運んで」
「? はいよ」
トウコに頼み、イチョウ一人を他の兵士からは見えない家の陰に連れて行く。これで国王軍としての意識はさらに薄くなっただろう。
「正直な話、私はあなたを殺すつもりはないんだよ」
「……え?」
フィアたちを残りの兵士の監視に回し、完全に二人になったタイミングで耳元にそう囁く。
「あなたがかわいそうになってね。他の隊長からは見下され、部下からは馬鹿にされ、仕事を辞めようと思ったこともあるでしょ?」
「なんでそれを……!」
「言ったでしょ? 私に嘘は通じない。つまり人の心を読めるんだよ」
もちろん嘘だ。普通若い子は上から見下されるし、部下から慕われてるだけの上司なんて存在しない。仕事を辞めたいだなんて誰だって一度は思うだろう。
「あなたはこんなところで死ぬべき人間じゃない。もっとあなたの価値を正しく認めてくれる場所に行くべきだよ」
簡単に言えばアメとムチ。死を感じさせる恐怖を与えた後に、全てを見透かしたようなことを言ってイチョウの自尊心を満たす。後は罪悪感を消すだけだ。
「大丈夫。あなたが私の味方になってくれたら部下のみんなも殺さないし、勇者にだって害を与えることもない。私はただ話し合いたいだけだから」
「ほ……ほんと……?」
「もちろん。私は正しいことをしたいだけだから。さっき他の隊長を殺したのは、あいつらが部下を見捨ててでも助かろうと思っていたから。でもあなたはそうじゃなかったでしょ? みんなを助けようと思っていた。あの状況で他人のことを想えるなんてすごいよ」
さぁて、そろそろか。思っていたよりちょろかったな。
「さぁ、一緒に正しいことをしよう? 世界を救おうよ!」
「は、はい!」
「村長さん、いいですか?」
イチョウから作戦の全容を聞き出した私は、住民たちが××トラップダンジョンへの転送魔法を準備してくれている間にこの村で一番偉いおばあさんに話しかけた。
「国王軍の幹部をこっちに引き入れました。『ユリーとフィアが逃走した。私たちはそれを追っている』、と本部に伝えさせました。それと念のため冒険者のみんなにこの村を守ってもらうよう頼んだのでしばらくは安全だと思います」
「そうか……どうもありがとう」
国王軍の作戦はとても単純なものだった。私とフィアを捕まえる。そのためならどんな犠牲を出しても構わない。逐一連絡し、現状報告をする。それが青の悪魔討伐作戦の全容だ。
「イチョウが国に嘘の連絡をすることになってます。ですがもし不審な動きを見せた場合は殺して構いません。その場合はチュウチュウトラップダンジョンに避難してください。モンスターは全て駆除したので安全です」
「殺すとは……穏やかじゃないですな」
「私の優先順位の頂点は私を助けてくれたみなさんです。そのためならどんな犠牲を出しても構わないと思っています」
「殺すつもりはありませんが……頭に入れておきましょう」
よし、これで村は安心。後は私が××トラップダンジョンをクリアすれば全て上手くいく。
「そうだ。これをあなたに」
村長さんが懐から何か銀色の武器を取り出す。大きさは拳二つ分ほど。長い棒の根本に鉤がついていて……これは……。
「十手……?」
「さすが青の悪魔様ですな。名称不詳のこの武器を知っているとは驚きました」
誰も知らないなんて当然だ。こんなもの、××トラップダンジョンにしか存在しない。正確に言うなら××トラップダンジョンにいるモンスターしか持っていないものだ。
人型モンスター、ケイ。婦警服と言うらしい紺色のタイトスカートの制服を纏ったモンスターの武器だ。攻撃力はないが、敵の武器を抑えることに特化した武器らしい。
「なんで村長さんがこれを……」
「これはかつて魔王が武器にしていたという逸品です」
「魔王!?」
霧霞族は魔王によって滅ぼされた。とされていた。その昔魔王から奪取していたのだろうか。それにしてもなんで魔王がケイの武器を……。
「何らかの魔道具だとは思いますが、いまだ能力は解明できていません。ですがあなたほどの人ならばもしかしたら……」
「どうですかね……。とりあえず受け取っておきます。ありがとうございます」
本来ならテンションフルブーストで調べたいところだが、そんな時間と余裕はない。太ももにベルトで括り付けて外からは見えないようにする。
「ユリーさん、準備できたそうですよ!」
「うん、今行く」
転送魔法。それは魔法の中でも習得難度の高い魔法だ。場所から場所へ、一瞬の内に移動する。初級魔法なら物を少し離れた場所に移動させるだけだが、魔法のレベルが上がると物から者に。距離もどんどん長くなっていく。
今回の場合は私、フィア、スーラの三人を五十キロほど移動させなければならない。超級クラスの力が必要だが、いくら霧霞族とはいえ超級なんてほとんど使えないし、攻撃魔法しか使えないフィアは完全に役立たず。そこでこの魔法だ。
「猛結!」
集まった十数人の足元に魔法陣が出現する。これにより、この空間にいる人間の魔力が一つになった。一人一人は貧弱でも、これだけ集まれば。
「超移!」
何もない空間に黒いゲートが出現する。ここを通れば××トラップダンジョンの手前まで一瞬で移動できるというわけだ。
「フィアもこういう魔法使えるようになったらいいのに……」
「? 大丈夫ですよ! わたし一人の方が魔力ありますからっ!」
「そういうことじゃなくてね……」
何はともあれ。
「二人とも、行くよ!」
「はいっ!」
「ええ」
これでようやく帰れる。
私の家に。
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