100年ぶりに見る。
私の家。
「ここが××トラップダンジョン……大きいわね」
初めて見る私の家にスーラが感嘆の声を漏らす。××トラップダンジョンは他のダンジョンとはかなり異なる。20層建てで、現れるフロアはランダム。人は死なないし、転送魔法は使えない。そしてもう一つ。
「若くて美しい女性しか入れない」
××トラップダンジョンは首都の近辺にある森の中に存在する。従ってゲートの出口は木々の中。一応ダンジョンの入口からは見えない位置だ。
「これは困りましたね……」
ダンジョンの入口。そこには国王軍が待ち構えていた。人数は15人。しかも全員若くて綺麗だ。××トラップダンジョンの中に入れる資格を持っている。
「××トラップダンジョンは一応複数人同時に入ることができる。時間にして約一秒。同時に入れれば一緒のフロアに行ける。それは次の階層に進む場合も同様ね」
つまり私たちが無理矢理突っ切った場合、追撃も可能ということだ。そのための配置だろう。
「なら全員吹き飛ばしましょう!超――」
「待った。あれはむしろ吉報だよ。これで勝算は九割にまで上がった」
「どういうこと?」
「ダンジョンマスターの能力だよ。この塔の主は一階層に限って、誰がどのフロアに入ったか知ることができる。もっともこれは、私だったらの場合だけど」
「わたし馬鹿なのでわかりやすく説明してもらっていいですか!」
「指導書に置き換えてみて。全部読めば全ての内容がわかるけど、何も知らない場合読んだところまでしか理解できないでしょ? それと同じ」
「つまり誰がどのフロアに入ったか、っていう情報は熟練者じゃないと知りえないってこと?」
「そう。最初は何かがダンジョンに入ってきた、って情報しかわからない。その後一日でどのフロアに入ってきたか。数ヶ月で何人入ってきたか。名前まで把握できるようになったのは一年くらい経ってから。つまりダンジョンマスターが入れ替わってからまだ数日しか経ってない今、あの子たちを囮にしてダンジョンに入ることが可能ってこと」
作戦はこうだ。三人ずつ兵士を××トラップダンジョンの中に放り込む。そうすれば私たちのグループが何番目に入ったのかわからなくなるはずだ。一層目さえ通過できればまだダンジョンマスターとしての練度の低いミュー様の目をごまかすことができる。だが問題が一つ。
「どうしても私たちが最後に入らなきゃいけないんだよね……」
兵士を倒す以上、私たちが入るのは最後。つまりミュー様に私たちの順番が丸わかりになってしまう。
「それならわたしに任せてください! 策がありますっ!」
「フィアの策……?」
なにそれ矛盾してない? いやさすがに失礼か。
「とりあえずその作戦教え……」
「いきますよぉぉぉぉっ!」
うわ、一人で突っ込んでいった! やっぱ馬鹿だ! フィア馬鹿だっ!
「猛風!」
まずフィアは風魔法によって三人をダンジョン内に吹き飛ばす。
「リストにあった子! 勇者様に連絡を……」
「させないわよ」
フィアに続いてスーラがおそらくリーダー的立場であろう子と近くの二人を蹴り飛ばし、ダンジョンの中に叩きこむ。これであと9人。できればそろそろ入り込みたいところだけど……。
「準備完了です!」
いつの間にかダンジョンの入口に待ち構えていたフィアが叫ぶ。足元の地面を桃色に発光させて。
「それなに……」
「ユリーちゃん、こっち来て!」
さらに三人放り込んだスーラがフィアの元に走り、私を呼ぶ。フィアが何をしたかわかっているのだろうか。
「合図したら飛び込んでください!猛銃乱水!」
「防御ぉー!」
フィアの水の散弾に対し、兵士たちは盾を構える。しかし魔法が行く先はその後ろ。私たちの真下にある地面同様、桃色に輝く二本の木。
「ゴー! ですっ!」
木に当たった水の弾がなぜか跳ね返り、兵士たちの背中を押してダンジョンへと押し流す。それを確認したフィアが合図を出し、私たちをダンジョンの中に引き入れた。
「ここは……!」
瞬間木々に囲まれた景色が薄暗い一室へと変わる。隣にはフィアとスーラが。何とか三人同時に入れたようだ。
「ひぃっ。こ、ここっ!」
「あ、そっか。フィアはここで詰んでたね」
私たちの一層目は、鞭や手錠、様々な拷問道具が仕掛けられたフロア。ここでフィアは縄で亀甲縛りにされ、動けなくなっていたことがあった。
「大丈夫。器具に身体が当たらなければ向こうから攻撃してくることはないから。薄暗いから気をつけて進むよ」
出口まで約50メートル。ここを通り抜けさえすれば私たちの勝ちは確定だ。
「ていうかさっきの光、なに?」
「わたしのとっておきです! あんまり使いたくないんですけどね」
拷問フロアを走りながらフィアに訊ねるが、あまり教える気はなさそうだ。見た感じ魔法の軌道を変えるものっぽいけ……。
「嘘でしょ……!」
フロアを半分ほど来た辺りで、目の前にテレポートゲートが出現した。でもフィアの時間差での魔法によって私たちは四番目にこのダンジョンに入ったはずだ。なんでピンポイントで私たちの位置を……!
「あー。最後ではないと思ってたんだけど後ろから三番目だったんだねー。自信満々に後ろから二番目に行けって言っちゃったよー。まーでも、予測の範囲内って感じかなー」
眠そうな声と共にテレポートゲートから現れたのは、現ダンジョンマスターのはずのミュー様ではない。
赤い帽子。赤い制服。白いニーソックス。何から何まで、私の青い制服とは全てが反転している少女。
「どーもー。イユ・シエスタでーす」
眠そうな目を擦り、一丁のマスケット銃を持った少女は言う。
「勇者さんの秘書官をやってまーす。よろしくどーぞ」
100年前の私と同格の存在だと。
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