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松竹梅竹松
松竹梅竹松

第3章 第24話 勇者と秘書官のやり方

公開日時: 2021年1月23日(土) 15:13
文字数:3,328

「ここは……? あなたは誰……?」

「ダンジョンブックの中。そしてボクは……ダンジョンブックの精霊、とでも言うべきかな」



 突然現れた暗黒の世界。そして私にダンジョンブックの使い方を教えてくれた声と同じ声を持つ謎の少女。


 本当にあったんだ、まだ私の知らないことが。テンションフルブースト! いや、今はそんなことやってる場合じゃない。



「私に力をちょうだい。何でもいい。とにかくトーテンを倒せる力を!」

「まぁ落ち着きなよ。ここは外の世界から隔絶されている。例えるなら君の精神世界。時間は無限にあるんだ」



 不思議と人をイラつかせる微笑を浮かべ、彼女は何もない暗闇に腰かける。



 それにしても……この精霊の服……見覚えがある。大きな襟に、プリーツスカート。そして黒ストッキング。


 あれはそうだ、セーラという人型モンスターが着ている服と同じ。少し頭がいいだけで他に特技はないからもう何十年も呼び出してないけど、確かこんなだったはず。名前は確か……セーラー服と言ったか。この世界には存在しない衣服だ。


 もっともセーラの服は白と紺が混ざったものだったけど、精霊のものは漆黒。腰まで伸びた髪も含め、黒以外見えるものはない。



「それにしても驚いたよ。まさか君の方から訪ねてくるとは思わなかった。というよりできるとは知らなかった、の方が正しいかな」

「どういう意味?」

「いいや、こっちの話だ」



 意味深でありながら、特に意味はなさそうなことを口にし、彼女は黒い瞳を私に向ける。



「さて、それで力の話だったかな」

「うん。ほんとに何でもいいの。少しでもこの窮地を脱せる方法があったりしない?」

「あるよ」


 あまりにもあっさりとそう告げる少女。でもだからこそ、気になる。試してみるか。



「スカート捲って」

「…………。君の趣味にどうこう言うつもりはないが、他人に強要するのはどうかと思うよ」



 やっぱりだ。私は別にこの子のパンツが見たいわけじゃない。この少女が、他のモンスター同様に私の命令に従順であるか確かめたかったのだ。



 そしてそうではないとわかった。そうである以上、頭の隅に留めておかなければならない。



 この精霊は、必ずしも私の味方ではないということを。



「話を続けてもいいかな? と言ってももう答えは出てるよね。君が望むならボクは君に力を授ける。さぁ……」

「待った。どういう能力か教えて」


 虚空から立ち上がって近づいてくる少女を手で制す。この子からは何か別の空気を感じる。××チョメチョメトラップダンジョンとは別種の何か。そう簡単に信用するわけにはいかない。



「単純さ。この窮地を脱する力」

「だからそれが何かって聞いてるんだけど」

「全てを救う力だよ。安心していい、君に危害が及ぶことはない」



 ……曖昧だな。こういう何となくよさげなことを言う人間のことは信じてはいけないとノエル様から教えられた。フィアくらい単純な物言いをしてくれないと到底受け入れられない。かと言って力をもらわないわけにもいかないか。だったら。



魂の転職ユニゾンソウル――」



 正体が何であれ、ダンジョンブックの何かであることに違いはない。だったら融合して私に支配権を――



「っ!」


 彼女の手に触れようとした瞬間、私は大きく後ろに下がっていた。物理的なものではないし、論理的でもない。



 でも生物としての本能が言っている。こいつと融合すれば、私は私ではいられなくなる、と。



「どうしたんだい? 君にできることは一つしかないだろう?」

「はぁっ……はぁっ……」



 彼女の表情はさっきまでと変わらない。ただただ不気味な微笑を浮かべているだけ。そこに敵意のようなものは感じない。それでも、何だこの、圧力は……!



 例えるなら、闇だ。底の見えない永遠の闇。そんな得体の知れない何かが彼女の中を渦巻いている。



 この何かは信用できない。でも力はもらわなければならない。



 だったら、これしかない。私ベースではない、少女ベースでもない、対等な契約。



「あなた、制限呪リミットオーバーは使える?」



 制限呪リミットオーバー。それは呪いの一種だ。自身の能力の一部に制限をかけ、その対価として別の能力を底上げするという呪い。勇者にしか使えないという制限をかけ、あらゆるものを斬り裂ける能力を得た勝者の十字架エクスカリバーや、マスケット銃しか武器にしないことで視力を上げているイユがいい例だ。これさえ使えてくれれば……。



「ああ、できるよ。これでも呪いの類には相当詳しいんだ。王級に相当する武器への呪いも可能だよ」


 再び虚空に腰かけ、楽しそうに微笑む少女。よかった、これなら私とこの子は対等。たとえ何か企んでいたとしても、私にだって呪いの知識はある。途中で異変を感じたら逃げ出すことができる。



「それで、どんな能力にする? まぁスライムから脱出しなくてはならない以上身体能力向上だろうが――」

「いいや、私がほしいのは魂の転職ユニゾンソウルの強化。払う代償はダンジョンブック。10秒間に一度しか使えない制限をかける」



 これは元々考えていたことだ。私の魂の転職ユニゾンソウルは人型モンスターにしか使えない。でも少しでも範囲が広がれば、それだけでできることはぐっと増える。触手、スライム、ゴブリン。あらゆるモンスターの力をこの身に宿すことができる。まぁ制限呪リミットオーバーを使うっていうのはアドリブだけど。



「へぇ……それはまた……」

 私の提案に少女が笑みを深める。だがこれは単純におもしろかったわけではない。予想外の事態に焦り、無理矢理にでも笑みを作っているんだ。


何かは知らないが、私のこの制限呪はこの子にとって不都合なのだろう。そしてそれを隠したがっている。なんとか暴きたいが、それはまた今度だ。



「いいよ。その条件で呪いをかけよう」

「うん、ありがとう」



 私の両手に彼女の両手が被さる。すると黒い靄のようなエネルギーが私の手に流れ込んできた。見た目は不気味だが、知識としての呪いと相違はない。問題なく進行しているようだ。



「ふっ。ははは……!」

 静かに呪いを受け入れていると、突然少女が心の底からの笑みを露わにした。だが私の身体に異変はない。



「何がおかしいの……?」

「いや、君にとっては朗報だね。その契約内容を聞いた時はずいぶん緩い制限だと思ったが、存外中々強力なようだ。君も知っているだろうが、制限が強ければ強いほど得られる能力の振り幅は大きくなる。これは常人に例えるとそうだな、片腕を使用不可にするほどの制限だろう」



 まぁ、そりゃそうだろう。私はスローライフのほとんどをダンジョンブックに依存してきた。しかも100年もの間だ。それだけの時間慣れ親しんだ能力を多少なりとも封じるんだからよほどのメリットがなければこっちが困る。でもそれの何がおかしいんだ。



「わかっていない顔をしているから教えてあげよう。これは君の性だよ。君の本性、魂の現れだ」

「思わせぶりなこと言う癖やめた方がいいよ。満足してるのあなただけだから」

「ははっ。それは失礼した」



 そう言いながら彼女は笑うことをやめない。悪辣で嫌らしい笑みで私の顔を覗き込んでいる。



「ならはっきり言わせてもらおう。君は結局のところ仲間を信じられていない。全部自分一人でなんとかしようとしているからこの程度の縛りで強力な対価を得られている。仲間を頼れるならダンジョンブックが使えなくても構わない、となるだろうからね」



 なんだ、そんなことか。これだけで笑えるなんてずいぶん幸せだな。



魂の転職ユニゾンソウルを強化したところでスライムに口を塞がれている今、私は魔法を唱えることができない」

「そうだね。どうするつもりだい?」


 少女の手が私から離れる。呪いをかけ終わったんだ。そろそろ私も行かなくちゃ。



「つまり、こういうことだよ」


 周囲を覆っていた暗闇の世界が消え、元の水色の液体が私を包み込む。



 だがそれも一瞬のこと。すぐに世界は再び開かれる。



「ユリー、来いっ!」



 私の仲間の手によって。



魂の融合フュージョンソウル――」



 勝者の十字架エクスカリバーによってニェオの腹を裂き、スライムが流れる道を作ったミューの伸ばした手を取り、光に包まれる。



 その姿は以前までのただモンスターの衣服を着ただけのものとは異なる。髪がブロンドに染まり、鎧に包まれ、力が漲り溢れ出す。



「――勇者衣ミューフォームっ!」



 人間と人間の融合であり、秘書官と勇者の融合であり、悪魔と勇者の融合。



「勝負だ、ニェオ。本物の力、見せてやる!」

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