××トラップダンジョンでスローライフを!

このトラップダンジョンはちょっと××
松竹梅竹松
松竹梅竹松

第1章 第6話 青の悪魔

公開日時: 2020年11月10日(火) 10:33
文字数:2,550

「ん、うぅ……あれ? わたしにわとりさんに食べられて……」

「あ、起きた?」


 卵から出てきたフィア・ウィザーという女の子に治療を施してから数分。彼女は寝起きのように目をこすりながらゆっくりと身体を起こした。


「えと……わたし××チョメチョメトラップダンジョンに入って……それで……」

「モンスターにやられてたところを私が助けたってわけ。まぁ厳密に言えば私じゃないんだけどね、スーナ」

「はっ、はいっ」


 まだ理解が追いついていないフィアに、治癒魔法をかけてあげたモンスターを紹介する。ナース服というらしい丈の短い桃色のタイトワンピースに、妙な形の帽子を被った人型モンスター、スウナ。彼女は治療のエキスパートで、たとえヒットポイントが0になっていようが、死んでさえいなければ数分で全回復させることができる。ちょっとドジで人見知りなとこが玉に瑕だけど。


「その……わたし、回復しかできないのでヌメヌメを取ることができなくて……すいません……」

「いえ、回復していただいただけでもとてもありが……!」

 白身にまみれて動きづらいはずの身体で無理矢理立ち上がり、感謝を述べるために私とスウナを見た瞬間、フィアの身体が固まった。いや、正確には私の身体を見た瞬間、か。目を見開き、ポカンと口を開けている。かと思えば覚悟を決めたように歯を食いしばり……、


 空気がわずかに、乾いた。


「……助けていただいてありがとうございます。お名前を教えてもらってもよろしいですか?」

「――セイバ」

「……そうですか」

 その問いかけに私ではない名前を告げた瞬間、フィアは後方に大きく下がり、手を前に突き出した。


「ではセイバさん、死んでください! 猛火ギガ・エムラ!」


 フィアによる魔法の詠唱と共に魔法陣が出現。そして一瞬猛火が視界を照らすと、次の瞬間には彼女の右腕が身体から離れていた。


「ぐ、ぁあ……!」

 自身の右腕が斬られ、魔法がかき消されたことに気づいたフィアが悲鳴を上げて腕を抑えようとするが、すでに彼女の右腕には傷一つない真っ白な腕が生えていた。だが長袖のブラウスは大きく千切れ、さっきの光景が嘘ではないことを示している。


「お怪我はありませんか、姫」

「うん、ありがと」

 さっきまで鶏の解体作業に勤しんでいたセイバが私の膝元で片膝をつき、刃を振るった後の体勢で構えている。小声だったから不安だったけど、ちゃんと聞こえていたようで助かった。


「なんで……!」

「なんで、が何を指しているかわからないからいくつか答えておくよ。まずあなたの腕が生えたのはダンジョンのおかげ。生死に関わる傷ならすぐ治してくれるんだよね。それとあなたが攻撃してくるのがわかったのは、火の魔法を使う前に現れる空気の変化を感じたから。あぁ、別にあなたに落ち度はないよ。ちょっと私が詳しいだけ」

 現実を受け入れられずいまだ右腕を抑えているフィアに懇切丁寧に説明してあげる。ていうかなんで、って訊ねたいのは私の方だ。


「何で助けてあげた私を攻撃したのかな。しかも至近距離で中級魔法。自滅覚悟だったよね?」

「あなたと話すことはありません! 『青の悪魔』……伝承だと思っていましたが、まさか実在するなんて……! こうなったら命に代えてもわたしが……!」

 青の悪魔……? 知らない単語に胸が躍る。でもこの魔力の揺らめき……すぐに対処しないとやばそうだ。


「姫、私がやりますか」

「いーよ。この程度なら知識だけでなんとでもできる。それよりひさしぶりの遊びなんだから邪魔しないでよね!」

 そうセイバに命じると、私は一気にフィアとの距離を詰める。


「っ! 銃乱火ガーズ・エムラ!」

フィアが放った魔法は火の玉の乱射。突き出した手から浮かび上がった魔法陣から無数の火炎が放たれるが、その軌道は放射線状。故に接近すれば当たることはない。


「このっ……!」

 フィアとの距離が一メートルを切った時、肌が軽くピリついたのを感じた。雷系魔法……でもこの待機時間じゃたいして強い魔法は使えない。かといって直線的な攻撃を選べるほど余裕はないはずだし……初級の全体攻撃かな。少し離れるか。


豪放雷メガ・ラージ・ザーラ!」

読み通り魔法はフィアの周囲に雷撃を起こすもの。でも思ったより威力が高い……下の上レベルか。


 複数の属性と中級魔法を平然と扱える技術……本来ならレベル40を超えててもおかしくないはずだ。それなのにこの子は16レベ。まだまだ発展途上だ。

 余程素晴らしい才能を持っているのだろう。普通に成長できたら上級の魔法使いになれたほどの。


 なのに残念だなぁ。ここで一生を終えることになるなんて。


「くっ……杖さえあれば……!」

「あーどっかに落としちゃったんだね。拾ってきてあげようか?」

「敵の施しは受けません! 猛氷ギガ・ギコラ!」

なんだ、ただの中級魔法か。何の戦略もないようだし、そろそろ終わりかな。


「オープン。アイススライム」

 少し寂しさを覚えながらも本を呼び出し、氷を吸収する特製のあるスライムを召喚して攻撃を防ぐ。


「その力……やはりあなたは……!」

「気になるけど、別の人に訊けばいいかな。ハイウツボカズラ」

 次の攻撃を仕掛けようとするフィアの頭上に巨大なウツボカズラ型モンスターを召喚する。


「ギガ・エむぐぅっ!?」

 ハイウツボカズラは詠唱を口にしようとしたフィアの上半身を大きな口で一呑みする。


「じゃ、残り十五階層がんばってね。テレポートゲート」

「むぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 逃れようと脚をばたつかせるフィアの身体をハイウツボカズラごと転送の魔法陣でどこかに飛ばす。あ、ポーションをもらったこと言うの忘れた。まぁ今度会った時謝っとこ。その時にフィアが口を利けるかはわからないけど。


「姫、大丈夫ですか?」

「まぁ体力も満タンだしなんとか逃げられるでしょ」

「いえ、私は姫のことを心配しているのですが……」

 駆け寄ってきたセイバに軽く冗談を言い、本を投げ捨てるようにしまう。本当にセイバは真面目だなぁ。


「この私が誰かに負けると思う?」


 無限の知識に、無数のトラップ。その力は魔王が如し。敵なんて居ないんだ。


「それよりセイバ、解体終わった?」

「申し訳ありませんっ! 今すぐにっ!」

「いーよいーよ。ゆっくりいこー」


 私の時間に終わりはない。青の悪魔というのは気になるけど、おむらいすを食べ終わってから調べてもいいだろう。


 だってこれは、スローライフなのだから。

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